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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
溺れた靴職人
11/43

(4) 工房の秘密



     4


 リーファが氷室にこもっている間に、カナンはイクスの工房とシャーディン河の間にある酒場を重点的に、熱心に聞き込みをしていた。

 とは言っても、努力と成果が簡単に結びつくなら苦労はしない。

 一夜明けてリーファが二番隊の詰所に行くと、どうやらカナンは昨夜から泊まりこんでいたらしく、部屋の隅のベンチに横たわったまま、片手を上げて「よぉ」と挨拶した。

「そっちは収穫あったか?」

「そう訊くってことは、手がかり無しかい。オレの方も大してないよ。凶器は多分、楔か何かであって、その辺に転がってる石や木切れじゃない、ってことぐらい」

「むー……」

 カナンは頭を掻きながら起き上がり、欠伸をした。

「こっちも、歩き回った割に収穫は乏しかったよ。何軒かはイクスの顔を覚えていたが、三日前……もう四日前か、その晩に来たかどうかまでは、はっきりしないな。ちょくちょく店を変えていたようだ。しょっちゅうあちこちで揉め事を起こしていたらしい。一軒、確かに四日前にイクスが来たって証言した店はあったが、時間が早いんだ」

「ああ、ラスタが言ってた、いっぺん帰ってきて口論になって……っていう、その前に飲んでた店だな」

「そういうこと。その時は大人しかったらしい。一人陰気にぐびぐびやってたらしいが、問題は起こさなかったと言っている。ふぁぁ……くそ、酒場の終夜営業なんて禁止すればいいんだ。あんな店があるから、酒浸りになる奴は増えるし、風紀が乱れる」

「夜勤の警備隊員はサボって一杯ひっかけるし?」

「そうそう、あれが楽しみで……って、何を言わせるんだ」

 カナンは自分で言っておきながら、べしっとリーファの腕を叩いた。リーファは笑って相手の頭をはたき返してやる。

「飲んだくれが増えるのは確かに困りもんだけど、盗人にしてみりゃ、明かりのついてる店があるだけで、仕事がやりにくいもんだよ。押し込み強盗しようってんならともかく、ただのこそ泥はね。だから一長一短さ」

「まあなー……ぁふ。うう、とにかく顔を洗ってくる。それから、ラスタ嬢にもう一度、話を聞きに行こう」

「ああ、オレもそのつもりだったんだ」

 リーファはうなずき、のそのそ手洗いへ向かうカナンの背中に向けて、せめて髪に櫛を入れろよ、と忠告した。

 カナンの見栄えは大して良くならなかったが、ともあれ二人は揃って職人街へと向かった。

「近所の人はなんて言ってる?」

 歩きながら、カナンが聞き込みの成果を尋ねた。リーファは肩を竦め、山ほど聞かされた噂話をうんと簡略化して答えた。

「ラスタには同情的で、イクスには容赦ないね。昔から飲んだくれの父親のせいで、ラスタは苦労してきたみたいだ。酒をやめろと忠告したお隣さんもいたんだけど……あ、噂をすれば」

 行く手の往来で立ち話をしている女二人を見つけ、リーファは苦笑しながらカナンにささやいた。

「右にいるのが、ラスタのお隣さんのエラおばさん。覚悟しときなよ」

「……おう」

 意味を察してカナンが暗い顔になると同時に、向こうが二人に気付いた。

「あ! 来た来た、あんた昨日の子だよね。どうだい、犯人は見付かった?」

「全力で捜査中です。エラさん、こちらは私の先輩で二番隊のカナンです」

 今後また話を聞きに来るかもしれないのでよろしく、とリーファが紹介すると、カナンが会釈する間もなく、エラは顔をしかめて「まあぁ」と声を上げた。

「なんだい、小汚いねぇ。そんななりでラスタに会いに行くのかい? あの子はね、今までもさんざん苦労してきてるんだから、もっと敬意ってもんを払って欲しいね。本当にいい子なんだよ、あの馬鹿な父親のせいでそりゃもう、こんな小さい頃から本当にしっかりしててね、涙ぐましいほどだったんだからさ」

「はあ、すみませ」

「あんたらもしっかりしとくれよ、さっさと犯人を見つけてお葬式を済ませて、あの子を自由にしてあげなきゃ罰が当たるってもんだよ。もう父親のせいで苦労するのは沢山だよ。あたしだってどれだけ迷惑したか知れやしない。死んだ人の悪口は言うもんじゃないけど、あれだけは別だよ。まともに仕事してた頃は、荷運びにうちのロバを何度も貸してやったってのに、恩知らずだよまったく! 酔っ払って夜中にがなり立てるわ、ロバ小屋の壁を蹴飛ばして穴を開けるわ、ろくでもない!」

「それはまた……」

「そのたんびに謝りに来たのは、ちっこいラスタだったんだよ。信じられるかい、親の不始末を娘が詫びるんだよ。可哀想で可哀想で、よっぽどうちで引き取ろうかと思ったよ。一時はあたしも、酒をやめて真人間に戻らせようと頑張ってみたよ。こんこんと諭して、それでうまく行きそうだったこともあったんだ。だけどすぐにまた、ちょっと気に食わないことがあったら癇癪を起こして酒に手を出す。その繰り返しさ。はぁ、まったく神様も、あんな良い子になんであんな駄目な親を与えなさったのかねぇ」

「お話はよくわかりました」なんとかカナンは割り込んだ。「我々も、一日も早くラスタさんが肩の荷を降ろせるよう、力を尽くします。ご協力感謝します」

 では、と頭を下げて、急ぎ足でその場を立ち去る。次の辻まで逃げてから、やっとカナンは息をついた。

「いやはや、恐れ入った……。商売やってる女将さんだけの特技かと思ってたが、職人の女房にもすごいのがいたもんだな」

「職業は関係ないと思うよ」

 リーファは同情的に苦笑し、ほらこっち、とラスタの工房の方へと道を曲がった。

 しばらく行くと、昨日訪れた工房が見えてきた。あれだよ、とリーファは指し示し、次いで目をぱちくりさせた。

「なんか、人が出入りしてるな。何かあったのかな」

 はてと訝りながら行ってみると、数人の男が工房に大工道具を持ち込んで、何やらわいわいやっていた。

「ラスタ!」

 リーファが呼ぶと、男達に指示していたラスタが振り返り、ちょっと待って、と手で合図した。二言、三言、男達に言い置いてから、小走りにやってくる。

「ごめん、忙しそうだね。何やってるんだい?」

「床板を一部、張り替えなくちゃいけなくって。ばたばたしていて、ごめんなさい」

「張り替え? どうして」

 カナンが不審げに眉を寄せた。まだラスタの嫌疑が晴れたわけではないのだ。何かをごまかすための細工ではないかと、疑っても当然だろう。だがラスタは目を伏せ、言いにくそうに答えた。

「……あの晩、父が……その、少し、荒れまして。床板の一枚に、穴が開いてしまったんです」

 リーファとカナンは顔を見合わせた。最前、お隣のロバ小屋に穴を開けたと聞いたばかりだ。その場面は容易に想像がつく。カナンはばつが悪そうに言った。

「そりゃ、大変でしたね」

「怪我はなかったのかい? 悪いけど、先にちょっと中を見せて貰ってもいいかな」

 リーファが言うと、ラスタは曖昧にうなずいた。

「もう作業を始めて貰ってますから、散らかっていますけど。それで良かったら」

 答えながら、無意識にだろうか、両手を背中に隠す。リーファは目敏くそれを見つけ、ちょっと失礼、と言いながら素早く彼女の腕を取った。ラスタは反射的に振りほどこうとしたが、カナンに厳しい目で射られ、諦めて両手を差し出す。リーファは思わず息を飲んだ。

 てのひらから肘まで、大小の切り傷が何本も走っている。新しいものも、古いものも。驚く二人に、ラスタは苦笑して言った。

「昨日ご説明した通り、これは仕事中についた傷です。ご心配なく」

「あ……そ、そっか。ごめん」慌ててリーファは謝り、手を離す。「確かにこれは隠したくなるよなぁ……大変なんだな。今度から靴は大事にするよ。いや、今も大事に履いてるけど、もっと手入れとか、ちゃんとする」

「そうして貰えると、作り甲斐があるわ」

 ラスタは微笑し、リーファを中へ招じ入れた。大工達の邪魔にならないよう、工具や木材を避けて中に入ると、確かに派手に傷んだ床板が見えた。どうやら靴作りの道具を投げつけたらしい。丸い穴や細長い割れ目など、様々な形にえぐれている。

 その道具類は、今はきちんとまとめて箱に整頓されていた。いくつかは作業台の上に出ているが、そのどれもが革を切ったり削ったり、細工したりするためのものらしい。

 リーファは一本のナイフを手に取り、これで切ったら痛そうだ、などと考えながら訊いた。

「親父さんと口論したっていうのは、ここで?」

「ええ。この辺りだったと思うわ。私はまだ作業をしていたから。父が外から入ってきて、確かそこの台によりかかって……また飲んで来たの、となじったわ。あんな事、言わなければ、今頃はまだ……」

「それはもうしょうがないよ」リーファはラスタの肩を叩いて慰めた。「それで、親父さんは怒って暴れたのかい」

 ラスタは黙ってうなずき、大工達が床板を剥がしにかかっている方を見た。小さく震えたのは、その時の恐怖を思い出したからだろうか。

「最初は怒鳴り合いだけだったんだけど。じきに、父が……そこらのものを投げつけ始めて。ナイフを取ったから、怖くなって私、上に逃げたの」

 振り向いて、奥にある狭い階段を目で示す。リーファもそちらを一瞥してから、質問を続けた。

「親父さんは追いかけて来なかった?」

「ええ。しばらく一人で喚き散らしてたわ。それから静かになって、出て行った」

 そこまで答え、ラスタはぎゅっと我が身を抱き、唇を噛んだ。リーファはかける言葉が見付からず、ただ無言で、彼女の背中をさすってやった。

 と、そこへ、

「ラスタ! こりゃまた何の騒ぎだ、大丈夫か」

 表から男の声が呼んだ。ラスタは緊張した表情を消し、素早く愛想の良い微笑を装うと、急いで応対に出る。変わり身の早さにリーファが驚いている前で、彼女は来訪者に朗らかな挨拶をした。

「こんにちは、ピウスさん。お騒がせしてすみません。ちょっと床が傷んだので、張り替えを頼んだんです」

「床を? それでなんで警備隊員がいるんだね。邪魔しに来たんなら、わしが話を通すが……」

「いいえ、大丈夫です。ちょっと話を聞きに見えられただけ。本当に、いつも気にかけて下さってありがとうございます」

「礼なんか要らんよ。……おまえさんも大変だろう、わしに手伝える事があったら、何でも言ってくれ。何でもだぞ」

 我が子を案じる父親のような口調だった。リーファは工房の奥から様子を観察し、ふむと思案する。どうやらあれが、イクスが唯一付き合いのあった職人仲間らしい。カナンが「失礼」と声をかけ、ピウスにも一通りの質問を始めた。

 そちらは相棒に任せておいて、リーファは工房の中をじっくり観察することにした。

 古い木型、何種類ものナイフやこて、リーファには用途の想像もつかない道具。

(この辺のどれかでザクッ、てことも考えられるよな)

 憂鬱になりながら、先端の尖った道具はないか、それとなく探してみる。が、その途中で、

「うわあっっ! なんだこりゃあ!!」

 大工の悲鳴が響き渡った。全員がぎょっとなり、そちらを振り返る。床板を剥がした大工が腰を抜かしていた。

 一瞬リーファの脳裏をかすめたのは、剥ぎ取った床板が血に染まっていたのか、という考えだった。この工房でイクスが殺されたのだとしたら、そしてラスタがそれをごまかすために張替えを頼んだのなら。

 だがそうではなかった。大工が指差しているのは、床下だ。

 リーファとカナンは急いで駆けつけ、揃ってウッと呻いた。

「なんてこった」

「ラスタ、見るな!」

 咄嗟に制止したものの、間に合わなかった。二人の背後から覗き込んだラスタが、よろめき、倒れかかる。危ういところでピウスがそれを支えた。

「まさか」

 血の気の引いた顔で、ラスタがつぶやく。

「……母さん、なの……?」

 床下の土から、白骨化した手と頭蓋骨が覗いていた。


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