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渡時過行  作者: いせゆも
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エピローグ

「こっちみたいだぞ」

「ああ本当だ」

 手書きのメモを頼りに、私たちは電柱に書かれている住所を辿っていく。

「……な、なあ。もう、手を、離さないか?」

「離したいの? 『守さん』は」

「…………」

 困ってる困ってる。人目を気にしているけれど、私がこう言ってしまえば、後はもう板挟み。羞恥と愛情とは、どちらを優先すべきなのか。

 守さんは手を普通にだらんと落としているというのに、私は手を肩と同じ高さまで挙げなければ手を繋ぐことすらままならない。そうしてなんとか繋いだものの、なんだか握手をしているみたい。身長の比率的に、親と子供が手を繋ぐのとなんら変わらないこの光景。なんだろう、この遣る瀬無い思い。本当は恋人繋ぎとかしてみたいのに。物理的な不可能っていうのも滅多にいないであろうカップルな私たち。五十センチ差は伊達ではない。

「その……行喜名も、随分、大胆になったな」

「そう思う?」

「久しぶりにサッカー部に顔を出して、そう言えば行喜名って、こういう性格だったって、思い出した」

「もう。少し前みたいに、嫌いでもないけれど好きではないって方が良かったの守さんは」

「いや……そういうわけじゃ……ないん……だけ、ど……」

 昔から全く変わらない、恥ずかしがり方と赤面の仕方。成りはあんなに違うのに、子供の頃と一緒。私はそんな守さんが可愛くて、同時に、愛おしい。

「ふふ。ならよかったよ」

 兄に告白され、私がオーケーを出したあの日以来、私の性格は変わった。こうやって自然に笑うことも出来る。……とは、守さん・談。けれど、誰かに指摘されなくとも、私はすでに自覚している。

 変わりたいと努力すれば、人は変わることができる。自分自身ですら分かってしまう。

 確かにサッカー部では変わらずに部員達と接触しているけれど……それはあくまでも恋愛対象としてはどうでもいい相手だからであって、大好きな守さんを前にして、棘のある態度をする理由が全く見当たらない。

 この後に控えている泥沼を理解していながらこんなにも心が晴れやかなのは、私のこれまでの人生では考えられないことであった。常に曇っていた私。照らしてくれたのは守さん。私の大好きな人の片割れ。

 ならば雲を吹き飛ばしてくれた風は?

 そんなもの、言うまでもないだろう。

 血が半分しか繋がっていないとはいえ、兄の告白を受けた私は、曲がっているのかそうでないのか。例え私が間違っていたとしても、それを咎められる筋合いはない。当の本人はもう、この世に存在しないのだから。

「はて、この辺のはずなんだけれど……」

 迷った私たちは、近くにあった案内板を見てみる。住宅街だから同じ風景が連続しているせいで、土地勘のない私たちには地図が必須。交番とかで聴ければいいんだろうけれど、プライバシーの問題とかで教えてくれない時代になってしまったから。

「何所に行くんだ?」

 私は守さんに、目的地に何があるのかは教えていない。守さんが持っている情報は、紙に書かれている住所、それだけだ。

「んー、ヒントとしては、守さんの初恋の人、かな」

「……? 師匠がどうして?」

 ちなみに守さんは、未だに私イコール師匠ということに気が付いていない。まあ、当たり前といえば当たり前か。そんな非現実。

「……師匠の……家?」

「なんとなくだけど、とんでもないことを想像してる気がする」

 そりゃ守さんからすれば、私と守さんの初恋の女性は恋敵、みたいな扱いになっているのだろうけれど。

「……分からない。行喜名と……師匠? どう繋がってる? この鍵くれた人は……誰」

 守さんはそう言って、胸元から例の鍵を取り出し、うんうんと唸っている。

「そう言えば訊いてませんでした。その鍵を守さんに渡した人って、どんな人だったんですか?」

 もっとも、想像は限りなくついているけれど。あんなふざけた問題を掲示したからには、生前にそれなりに仕込みをしたはず。どうやって実行に移したのか。

「いつだったかな、俺が中学生だったと思うけど……有る日部活をしてると突然、高校生が来たんだ。OBとかいう話だったけど、サッカー部じゃなかったみたいで……よく分かんない人だったんだけど、俺を見て、『俺はお前の師匠の恋人だ。伝言がある。これを受け取れ。将来好きな子が出来て、この鍵をくれって言ったら渡してやれ』って。なんか、そんな感じ」

 恋人って。私は、兄の彼女になることができないというのに、当の本人は、もう恋人気分でいたのか。早い、早すぎる。

 それ以前に、それだけの不審者が、堂々と学校に入ってきて摘まみだされないなんて。

 ……ん、OB?

「あれ、守さんって、どこ中出身?」

「裁可中」

 ……ああ。そうか、そうだよね。当時は、近所といえば近所に住んでいたわけだし。

「その時に、これ、教えてもらった」

 私の手をぎゅう、ぎゅう、ぎゅうと三回握る、守さんが私を信頼してくれる証をした。

 本当、卵が先か鶏が先か。

 守さんが私に教えたから、私は栗林さんにこのおまじないを授けた。それを見ていた兄が、今度は守さんに授けた。そうして、また私に。

「そんな正体不明の人の話を、今でもずっと守ってんですか」

 流石は、水城守。一見軟そうだけれど、鉄壁。

「だって、俺にとって、師匠は、絶対だし」

 これを言い切った時の守さんの目は、初恋の人を偲ぶ……というよりは、ただ純粋に、尊敬を向けているものであった。

 しばらく無言で歩く。

「…………」

「どうしたの?」

 身体が少し横に捻っているように感じたので、私は守さんを見上げる。いちいち首が痛くなるような角度にしないといけないのが手を繋ぐ時のネック。案の定、明後日の方向に顔が向いていた。守さんはサッカーをしていない時は、身体と首の向きが連動している。

 厚い胸板が邪魔をするせいで、顔を見るよりも身体の筋肉を見た方が、手を繋いでいる際は素早く守さんがどこを見ているのか確認できる。他の女の子を凝視した時にすぐ気づけるようにするためにつけたテクニックだ。まあ、このテクニックを身に付けたところ、守さんはあんまり他の女の子に興味がないと分かったのは大きな収穫だった。私を(というよりは、頭頂部だけれど)を凝視していることが多い。私を見てくれて、嬉しい。

「あそこにいる人たち、なんか、俺たちみたいなことしてるなあ、って、思って」

「私たち?」

 守さんが指差した先には、道の真ん中、なにやら言いあいをしている二人の男女がいた。

「――そのシーンは赤だったって言ってるだろ!」

「なによ! 青だったに決まってるでしょ!」

 下らない言い争い。地図を目で確認しながら耳で内容を聴いていると、どうやら昨日の推理ドラマで、重要な伏線に使われたハンカチの色を主張しているようだ。

「じゃあ確認しようか!」

「ええ! 望むところ!」

 ……確認? 街中でどうやって? と思って横目でちらちと野次馬する。男はおもむろに携帯を取り出した。嗚呼、文明の利器。ちょっと疑問に思ったことでもすぐ調べられる。携帯だってネットは使えるこの時代。八年前と比べれば、十分未来の世界に生きているのだなと実感する。

「……ほら! 赤だったってよ!」

「嘘! 有り得ないでしょ!」

「だってよ、青だったらそもそも、主人公が犯行を閃かないだろうが!」

「あっ……」

 しまった、という女の表情。思い出したようだ。みるみるうちに劣勢となる女。

「おら、謝れよ。俺のが正しかっただろうが」

「くっ……」

 そういって呻いた女は、「ごめん、なさい……」と、さきほどの威勢の割にはやけにしおらしく受け入れる。

「だから言っただろ。俺の言ったことに従っておけば、それでいいんだって」

「…………」

 まだ納得はしていない様子ではあるけれど、女は男に両手を重ねさせて、自分は更にそれを包むようにした。そして、ぎゅ、ぎゅっと二回握る。

 そうする二人の左手の薬指には、銀色の輪が嵌められていた。

「ほらね」

 なるほど。つまりさっきも、あの女の人は男の人の手を、ああして握ったというわけか。

 安息の日々とはほど遠いだろうけれど、随分あの人たちも自分に素直になったことだ。前言は撤回しておこう。心境の変化だけでなく、時が流れるだけでも人は変われる。

「――さ、行こう守さん。どうやら、こっちの方らしいよ」

「そうなのか?」

「うん。間違いない」

 中てられたのか、守さんまで私の両手をぎゅっ、ぎゅっ、と二回握った。一蓮托生、

守さんは私を信じて付いてくる。

 さて。目的地まではもう少し。

 父を裏切り、私を裏切って、あの男の元へ行ったあの女の家へ。

 この心に残った最後の膿、どうせなら今日、全て吐きだしてやる。

 そのためには、まず、どんな風に切り出そうか。

 私はせいぜい、恨みつらみを考えておくのであった。


・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・


これにてこの話しは完結します。もしもここまで読んでくれた読書がいましたら、感謝を申し上げます。

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