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渡時過行  作者: いせゆも
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九月二十一日(土)・2

 入場口には、~中学校、~年、~組、氏名、と一通りの情報を書く出席表がある。これによって、説明会や文化祭の見学をしたことの証明になるのだ。そしてそれは、推薦入試の得点に関わる。第一志望の推薦したい学校なら、行事ごとに出れば出るほど、情熱があると見なされる。だからこそ、受験生なら記入しなければならない。兄も自分のもてる限りの丁寧な字で必死に記入している。父は『保護者・その他』が記入する別の欄に記入。

 さて、私はどちらに属すればいいのだろう。兄よりも年上だが別に受験する気はないし(というか、それだけ長い期間留まることも出来ない)、その他の扱いになるのだろうか。けれど一応、兄と同じ中学校の制服を着ている上に、栗林さんの制服だから校章が三年生のものになっている。受験生の方がいいのだろうか? もし万が一、調べられたらどういう風に処理されるのだろう。どうせ私が去った後のことだからどうしようもないのは分かっているのだけれど、これが私の性格なのか、どうでもいいことが気になって仕方がない。

「ユキの分も書いておくぞ」

 そう悩んでいると、自分の名前をしっかりと書き遺した兄は、当然の流れのごとく私の名前も書き残す。まあここは素直に兄に委ねよう。

 裁可中学校、三年、D組、川西行喜名。

 ちらっと兄の手元を確認すると、確かにそう書かれていた。

「はい、こちらがパンフレットになります。足りない物がないかお確認ください」

 休日だというのに駆り出された菜瀧の在校生が、少なくとも愛想を振りまいているのではない、自然な笑顔で私たち家族にB4版の封筒を渡してきた。なかなかいい対応だ。菜瀧にしようか悩んでいる生徒がいたら、この学校っていい学校だなと思わせることができるだろう。良い人選をするものだな、教師陣は。

 在校生は私と兄を見ながら少なくとも、恋人同士かちくしょう中学生のくせに……と考えていないのは確実だ。せいぜい、『二卵生の双子なのかな』と見ていればいい方かな。――それが、妥当。私と兄は、兄妹の他、なにものでもない。

 私たちは表玄関から入り、スリッパを履いて体育館へ向かう。

「へえ。随分綺麗」

 表玄関の扉を開けて中へ入ってみると、なんとも清涼な空気が私たちを包む。多少残暑で火照っていた身体を、冷房もないはずなのに適度に冷やしてくれる。これが、菜瀧高校。毎朝のように、私を向かい入れてくれる場所。

 そのはずなのに。

 どうしてこんなにも疎外感を覚えるのだろう。

「ねえお兄ちゃん。ちょっとだけいい?」

 そう言ったものの、確認もとらずに私は勝手に横道に逸れる。

 少し気になった私は、部外者立ち入り禁止のテープが張られているのを無視して、玄関にある自分のロッカーの場所を覗いてみる。当たり前だが、私の使っているロッカーとは同じ物だとしても、所有者が違う。私の使っているダイヤル式の鍵ではなく、南京錠が掛けられている。……ああ、やはりこの学校に、私の居場所はない。私だって、菜瀧高校の生徒なのに。私を水城先輩と引き合わせてくれたこの学校でさえ、私を拒絶するか。

 時の流れ。それは、あくまでも人間に残酷。異物は排除されるもの。イレギュラーな存在である私のような者は、そもそも時代に適合していないのだ。私はこの時代にとって異物でしかない。私と兄は今日でお別れ。その現実を、菜瀧はまざまざと私に見せつける。

「どうしたんだよユキ」

 兄だけが追いかけてきた。

「――ん、ごめん。私のロッカーがどうなってるのかなって思っただけだから」

「ここをユキが使ってるのか?」

「未来で、だけどね」

 あまり変な行動をして兄と父を困らせてはいけない。私は自分の行いを反省して、素直に元来た道を戻ろうとする。その途中、私の目には一つのロッカーが目に映る。

「……あれ。『開かずのロッカー』に鍵がない?」

「なんだそれ?」

「いや、菜瀧七不思議だったかな。なんかそういうのがあんの。未来のここのロッカーは知恵の輪みたいなのが掛けられてんだけど、解かないと開けられないように細工されてんの。なんか凄く堅い金属で作られてるみたいで、ペンチとかで無理やり切ろうとしても、ペンチの方が欠けちゃうという始末。だから学校側としてもどうしようもなくて、放置してるっていう、そんなロッカー。私もその知恵の輪を解こうとチャレンジしてみたけれど、とうとう無理だった」

 さらに付け加えれば、その中に入っている物は、十年以上昔に、この学校で起きた自殺で発生した証拠を隠蔽するために、教師が絶対に解錠されないようにした、とかそんな根も葉もない噂も付加されている。そんなものが実在したとしたら、こんな生徒の興味の渦中に放置するなんて不用心にもほどがある。現に、私だって開くかどうか試してみたぐらいだ。間違って知恵の輪が解かれたらどうする。証拠を隠したいのなら、山奥にでも埋めればいいのだ。

 意外なことに、水城先輩はこういう話が大好きだったりする。未来の我が菜瀧高校の生徒で、七不思議全部を言えるのはあの人だけではなかろうか。この七不思議のひとつを私に教えてくれたのも、もちろん水城先輩だ。嬉しくないけれど。

「ふうん。知恵の輪ね」

「好きなんだよね」

「ああ。是非とも、対決してみたいものだ」

 そう言われても、まだこの時代には『開かずのロッカー』は存在していないのだから無理な話だ。というか、七不思議の中では十年以上昔となっているのに、八年前の現在にはまだ『開かずのロッカー』自体が存在していない。尾ひれってつくものだなあと、私は人の純粋なる、面白さを追求する興味に感心する。

「遅かったな。どうしたんだ行喜名」

 父は立ち入り禁止のテープ前に立っていた。ぼおっとただ立っているだけのように見えて、きょろきょろと辺りを注意深く観察している辺り、もしかして教師が来ないか見張ってしてくれていたのかもしれない。

「ちょっとユキがホームシックにかかっちゃってさ」

 おどけて言う兄は、私の悩みを全てを吹き飛ばした。

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