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渡時過行  作者: いせゆも
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九月二十一日(土)・1

 今日で、最後の一日。渡時月下が本当ならば、本日二十四時。私は未来の世界へ帰れる。

 一週間お世話になった川西家とも、今日でお別れ。家族四人揃って朝食を取るのは、今日で私の人生、最後となるであろう。昼食と夕食も残っているが、そのうちの片方は、父と兄と三人で、何所か外食することになるだろうが。

 ……それにしても、この一週間、本当に父との接点はなかったなあ。リビングで寛いでいる父を見ながらそう思う。仕事をする大人だからいきなり有給を入れるわけにもいかず、しかも大事なプロジェクトがどうたらこうたら。やっと手に入れた休みが、私がこの時代に留まっていられる最終日だなんて。父の人生はとことん運がないのだなあと。そう、横目で母を見ながら思う。せめて私ぐらいは、父の思うようになりたいなあ。

 兄は、土曜日ではあるが第三土曜日なので学校がある。とは言え午前中で終わるので、昼頃に駅前で合流するつもりだ。従って、兄が学校へ行っている間、私と父は暇を持てあます。リビングで二人で時間を過ごした。母は掃除をしていて、リビングに入ったり出て行ったりと忙しない。まあ三人で過ごしたくはないので、その方が都合よくはあるけれど。

「行喜名はこの映画は見たか?」

 父は近所のレンタルビデオ屋から、ビデオを借りて映画を鑑賞している。私には分からないような、見るからにB級映画だ。見たか? と言われても、見ているはずがない。

「見てない」

 私は知恵の輪を解きながら答える。ここ数日、暇な時はやっているおかげか、既にいくつかは解くことができた。一度コツを掴むと、後はパターン化して案外できたり。……と、調子ついたところで、今までの経験が全く活かせないような知恵の輪にぶち当たった。兄曰く、これは『俺が解くのに三日かかった』だそうだ。兄でそれなら、私なら一週間はかかりそうだ。少なくとも、今日中に解ける気配が全くしない。

 そうやって時を過ごすと、いい時間になった。

「うぅん、やっぱり、随分大人っぽいなあ」

「これでも私って年下に間違えられたこと、実はあまりないんだけれど。未来の世界では」

 父にとって大人っぽいとは、制服を着ていることが第一条件のようだ。そして子供っぽいとは、背が低いこと。私服の私は子供っぽく、制服の私は大人っぽいというわけだ。

 私たち親子は、兄と集合場所に設定してある、最寄りの駅前へ行く。とは言っても電車を使うわけではない。ただ、ちょうど家と裁可中学からの中間地点にあるからに過ぎない。

「お、二人とも」

 無事、兄と合流。

 私は一昨日も着た栗林さんのセーラー服に袖を通し、兄は自分の学ランを着て、父はエリートサラリーマン風情なびっちりとしたスーツ姿。そんな一行が、菜瀧高校へ至る道を行く。……徒歩で。電車に乗った方が早く着くのは自明だけれど、語り合いながら歩こうじゃないか! と言う父の意見を尊重した。

「……お父さん」

 年頃の娘として、このぐらいの発言は許してもらいたい。一応今まで我慢していたが、限界にきてしまった。

「そんなに張り切らなくてもいいってば。説明会なんて、お兄ちゃんの顔を覚えてもらうことが一番重要なんだし。推薦狙いならね」

 父は興奮すればするほど堅苦しくなるという性質を持っている。私がこのように言って釘をさしておかないと、まるで重要な会議に参加するかのように受験概要を聴いたりするだろう。そこまで堅くなられても、子供である私たちには窮屈なだけだ。フランクすぎるのは困るけれど、もう少しぐらいは柔軟になってもらわないと。

「だってな。まさか多喜良と行喜名と、一緒に出かける日が来ようなんて」

「……ああ、そういうことか」

 兄は父の言葉に、何か納得した様子。

「まあ確かに俺も、ユキと一緒で嬉しいな」

「なっ……」

 何を言い出すか、この兄は。

 ……俺『も』。どうしてこの二人は、ここまで私のことが好きなのだろう。

「そういえば訊いてなかったな。行喜名はどこの高校なんだ?」

 その質問は数日前に兄が通った道。こんな簡単な質問さえ出てこないほど、私たちの接点は薄かった。別に母に対するように意図的に離れていたわけではなく、本当、縁がなかったと表現する他ない。……それに『どうせ父なら未来の世界に帰ればいくらでも会えるし』という考えも、なくもなかった。だからこそ、この時代の父と何かをしよう、という考えには及ばなかったのだ。この時代では、兄の優先度が何にもまして高かったから。

 渡時月下が本当ならば、私は父に母が浮気していることを話さないはずだし、事実私は、父に真実を話すつもりは一週間前も今もない。父が全てを知るのは、兄の死の数日後となるだろう。

「菜瀧」

「……え? 行喜名で菜瀧にいけるのか?」

「で、って何。で、って。十七歳のあなたの娘は、菜瀧高校で学年成績二位ですよ」

「マジ! ユキが菜瀧なのは知ってたけど、そこまで頭よかったの!?」

「ははん、読めたぞ父さんは。未来の菜瀧は、評判が今よりも落ちて中堅ぐらいってところだな?」

「いや、菜瀧は今も昔も評判は大して変わらないけど」

 まったくもう。私のことが好きなくせに、私の変化を信じられないのか。……それもそうなんだろうな、と思う。私とチビ私では、あまりに違いすぎる。思春期は多感な時期だから……など、そういうくくりには決してできないほどの変化が私にはある。

「……ということは、行喜名は本当に賢い子になったのか?」

「穿った言い方をすれば」

 自らを賢いと自負できるほどナルシストでもないから、消極的に肯定しておいた。

「私の時代だと、レベルの高い高校はこの辺だと菜瀧か桜花ってところかな。偏差値でいうと、菜瀧の方が少し上だけれど。桜花の方が部活は盛ん」

 私も中学生の時、教師にこの二つを勧められた。どちらも敷居は同じ程度に高いし、校風に違いを見出すとすれば、菜瀧は真面目、桜花はノリがいいということぐらい。あと、家からの距離。私が住むことになるアパートは、菜瀧の方が圧倒的に近い。

「桜花……?」

「父さんも聴いたことないな」

「あれ、そうなの? ……ああ、まだ甲子園に出てないんだ」

 もともと桜花高校はレベルは高くあったが、五年ほど前(この時代からだと三年ほど後)に野球部が甲子園へ出場、しかも優勝してしまったことで、翌年から倍率ドン、超難関校となった。それ以来、ずっと倍率は激しい。

「じゃあどうしてその桜花高校とやらにしなかったんだ行喜名は?」

「まあ色々と」

 私は別に野球部には思い入れはないので、交通費やその他もろもろのかかる費用を考え、菜瀧にすることにした。――そう、私は私に言い聞かす。


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