九月十六日(月)・8
「お、ユキ。ここにいたのか」
「ああお兄ちゃん」
私が手取り足取り少年に、某女の子対策を伝授しているうちに、荷物を両手に持った兄が私の前に来た。
「すまん、ユキの存在すっかり忘れてた」
かかっと機敏な動作で私の前に頭を垂れる。……まあそんなことだろうと思った。私と少年がボールを蹴り合ってたのは、下手をすると一時間弱。その間、兄はあの中学生カップルに思う存分秘密を聞き出したのだろう。一度なにかに熱中してしまうと、周りが全く見えてこない。
「ごめん、お兄ちゃんの存在すっかり忘れてた」
むっとした私は、兄の謝罪の言葉をほとんどそのまま瞬時に返す。
と言っても、あながち冗談というわけでもないのだけれど。少年と話をしている間は、ついつい時が経つのを忘れてしまったし。……私も人のことを言えないな本当。
「誰だその坊主? 知ってる子?」
兄が少年の顔を覗き込む。すると、少年は私の後ろにささっと隠れてしまった。
「あ、なんだてめこのガキ、ユキに触っていいと思ってんのかこのヤロ」
「子供相手になに剥きになってるの」
呆れ返ってしまう。いつまで経とうが、どんな私であろうが、兄は私を川西行喜名という一人の妹として扱ってしまうのだなあ、などと、感激なのか感涙なのか憤慨なのかよく分からない感情が襲ってくる。
「まあ、ちょっと教えてたの。サッカーのことを」
「……ははあん」
――ぞくっと。私の背筋に、何かが伝った。少なからず、いい感触ではなかった。
「そういえば付き合ってる彼氏はサッカーをしてる先輩だって……こりゃ今日の夜、いやいや、帰り道にでも詳しく――」
「そんな話は後で」
やばい。兄の琴線に触れた。もしかしてバレた?
「それじゃあね、君」
兄の前でボロを出す心配をする時は、何かを犠牲にすることが一番だ。いわゆる、トカゲの尻尾切り。今回のその行動は、一刻も早く、少年から離れることだ。そうすれば不必要に情報を流出させる恐れを、チビ私ならできなかったけれど、今の私なら防げる。
「あ、の、師匠! また教えて!」
恥かしそうにもじもじとしながら言う少年を見ていると、なんだか私の心に眠っているなにかが刺激されて……
「また今度、縁があったら」
そう、私は答えていた。




