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プロローグ4


「はあ~、おなかいっぱい~しあわせ~」


 夕食後、俺の部屋にやってきた透は幸せそうに寝転がった。

 既に着替えていて寝転がっても大丈夫なパジャマだから文句は言わないが普段スカートでもこいつは同じようにごろごろする。

 その度に節度について説教しているのだが全く聞きはしない。


「うんうん、隠れた名店ってかんじで雰囲気も良かったし美味しいし、当たりだったよね」


 同じく部屋に来た鏡花も満足そうに頷く。

 夜こうやって3人集まるのが習慣になっていた。

 毎日会っているけど話す話題も尽きないし、一緒に遊ぶことに飽きたりもしない。

 恥ずかしいから2人には口が裂けてもいえないが、何より俺自身がこの二人との時間を心地よいと感じている。


「今日はどうする、昨日の続きでゲームする?」


「ん~、今日は疲れたからもう眠いかも……」


 透の目は既にうとうととしだしていた。


「ほら透、寝るならちゃんと布団敷く、風邪引くよ」


「わかった~」


 鏡花に背中を押されて、ふらふらしたまま立ち上がって押入れを開ける透、そこに詰め込んである布団を引きずり出す。


 そう、俺の部屋の布団を。


 同じように鏡花も俺も布団を敷き、ドアの方から鏡花、透、俺の順で川の字に並ぶ。

 3人で一緒に寝る、これもいつの間にか習慣になってしまった。甚だ不本意ではあるが。


「それじゃ、電気消すぞ」


「は~い」


 既に布団に潜り込んでいる二人を尻目に明かりを落とし、まだ早い時間ではあったが俺は布団に入った。

 この状況、傍から見ればうらやましい男の状況なのだろう。透も鏡花も水準以上の美少女だし。


「ねえ……、景起きてる?」


「ん、ああ起きてるぞ」


 透の声に顔を向けると、闇の中で透がじっと俺を見つめていた。

 しばらく沈黙が続く、どうかしたんだろうか。

 ちょん、と布団の中の俺の手に触れるものがある。

 最初は恐る恐るといった感じで、少しずつ触れる面積が増えて、最後にはしっかりと握りしめられる。


「えへへ~」


 透が笑う。

 俺に比べるとちょっと体温が高い。


 その柔らかさにどきどきして。


 その暖かさに安心する。


 矛盾しているけど、どっちも感じている。


「景、わたしね、今とっても幸せなんだ」


「そりゃあこれだけ食っちゃ寝していれば幸せだろうよ」


「そうじゃなくって」


 暗闇の中で透は首を振る。

 本当に幸せそうな笑顔をして言う。


「わたし、ここに来て毎日が楽しくて。やっと、ああわたし生きてるんだなあって思えるようになったんだ」


 それは、どんな想いが元になっているのだろう。

 ここに来るまでにどんな生活をしていればそんな台詞が出てくるのか。

 不自由なく生きてきた俺には、確かな現実を伴った想像は出来ない。


「だからさ、ずっと続くといいなって思うんだ。こうやってみんなで、景も、鏡ちゃんも、綾さんも、治樹さんも、……私も、みんな一緒に」


 それは、終わることを知っているからこそ出てくる言葉ではないのか。


「ああ、そうだな。いつまでも続くといいな」


 でも、それは俺にとっても間違いなく本心からそう思っているから。

 だから俺はそう返事した。


「えへ、景もそう思ってくれてるんだ、うれし……い……な……」


 暫く待つと、小さな寝息が聞こえてくる。

 手は繋がれたまま、放してくれる気配はない。


「もてもてですな」


「茶化すなよ、恥ずかしいんだから」


 透の向こうにいるもう一人、鏡花が寝入った透を気遣って小声で話しかけてくる。


「……いつまで続けるつもりなの?」


 その声は、昼間とは一線を画した真剣味を帯びていた。

 鏡花の言うことはもっともだ。

 こんな状況、いつ間違いが起こってもおかしくない。

 それが無いのは俺が紳士という名のヘタレで、透が子供で、鏡花がお姉さんをしてくれているから。

 バランスが崩れれば容易く壊れる。


「わからない」


 嘘をついても仕方がないので正直に答える。

 俺には透を突き放すことは出来なかった。

 だから今こうやって流されている。

 決して良い事ではないのはわかっているが、だからといって透を見捨てるような真似は出来ない。

 板挟み、雁字搦め。


「まあいいや、しばらくはこのままで。時間しか解決しないこともあると思うし」


「ありがとうな、お姉ちゃん」


「……ふん」


 それきり途切れる声。

 鏡花は俺を責めているわけじゃない。彼女も今の生活を楽しいと感じている、そのはずだから。


 俺は目を閉じる。

 何も見えなくなった世界で、手のひらに暖かさを感じながら、祈る。


 この幸せが、続きますように。


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