プロローグ3
屋根の上に気配は無くなっていた。どうやら障害物のほとんど無い屋根での鏡花との1対1は流石の綾さんも避けたいらしい。
代わりに家の中から走り回る音が聞こえてくる。
「それじゃ、手筈通りに」
「うん!」
「良い返事だ」
俺は音のする方へ向かうため家の中に飛び込む。
「景!」
「なにさ」
「どっちが勝っても恨みっこなしだからね!」
「もちろん」
透の声に片手を上げて答える。
残り時間は10分を切った。ここからが正念場だ。
音を辿って行けば程なく追いかけっこ真っ最中の二人を発見することが出来た。
「新手ですか」
綾さんは正面に現れた俺に対して慌てることなく脇の道に入る。
鏡花はかなり後ろで綾さんの操る障害物に苦戦していた。
「鏡花、お先に失礼!」
「ちょっと、行くならせめてこの縄跳び解いていってー!」
助けを呼ぶ声はこの際置いておく、勝負の世界は非常である。
決して鏡花が縛られている姿がなんというかエロむにゃむにゃな姿だったため尻込みした訳では決して無い。……本当だ。
第一俺紳士ですから、見られるのは恥ずかしいだろうときちんと目を逸らしましたから!
……威張って言うようなことではなかった、反省。
とにかく現在の状況は綾さんとの一騎打ち。
最初のときと同じような近づかず離れずといった膠着状態に陥るのはすぐだった。
ただし、最初と違うのは俺が綾さんをあるところへ少しずつ誘導していること。
俺の考えた作戦は単純明快、透と俺による挟み撃ちである。
しかし、透と綾さんでは運動能力に差があるため、まともに正面対決になっても軽くフェイントをかけるだけであっさり透を素通りしてしまうことは想像に難くない。
そう、まともにやるなら。
追い込んだ長い一本道、その中央には透が仁王立ちして待ち構えている。
透の体にほのかな光が纏わりついて、まるで透自身が発光しているように『俺には見えている』。
長い廊下を真っ直ぐに進んでいく綾さん。
まるで、透などそこにはいないかのように。
俺は、タイミングを見計らって透に対してだけの魔法の言葉を発する。
「透、『見っけ』」
その瞬間、透から光が剥がれ落ちる。
後姿なので見えないが、おそらく綾さんは驚愕の表情を浮かべているだろう。彼女には透が何もない空間からいきなり現れたように見えているはずだ。
透はそのまま手を伸ばし、綾さんに触れた。
「捕まえったああああああ!?」
「きゃああああああ!?」
全速力で走っている人に正面からぶつかった場合、慣性の法則が働く。
結果勢いを殺しきれず、二人とも廊下を転がっていき壁にぶつかってやっと止まった。
「あう~」
「きゅう」
「おーい、大丈夫か?」
声を掛けても返事はない。
「どうやらけりがついたみたいだな」
「治樹さん、いきなり後ろから声掛けるの止めてくださいよ」
「その割には驚かないな、景は」
「見えてますから」
「そうか」
転がったままの二人に近づき、綾さんの肩に触れる。その手のひらが淡く光るのが『俺には見えた』。
「んっ……」
ほどなく目を覚ます彩さん、起きたばかりのせいか目がとろんとしている。
「ふにゃ……ハル様?」
綾さんは治樹さんのことを様付けで呼ぶ、本人曰く雇っていただいてる身として当然のことらしい。
「ハル様……」
普段の冷静な様子からは想像できないうっとりとした声を出した綾さんは幸せそうな笑顔のまま治樹さんの腕に顔を埋める。
おそらく寝ぼけているんだろう。
普段は美人系だが治樹さんに関わるときだけ歳相応の女の子に見えるから不思議だ。
「…………はっ!」
「あ、目を覚ました」
「はははははる様!?」
「ぐえ」
自分が何をしていたのか気付くや否や直立不動で立ち上がる綾さん。
その際思いっきり透を踏みつけているが本人は気がついてない。
「いいい今のはですね気の迷いといいますかちょっとした願望の発露と違いまして別にハル様に対して何か思うところがあったりなかったりしなくてですね、その……忘れてください!」
顔を真っ赤にしたまま脱兎の如く逃げていく綾さん、先ほどの当社比1.5倍の速度は出ていそうだ。
「…………まあいいか」
綾さんの奇行を軽く流す治樹さんは流石だと思う。
未だ目を回したままの透の腕を掴み、高く掲げさせる。
「勝者、金子透」
治樹さんは淡々と勝者を告げた。