キミとの出会いが水着の悪夢を上書きしてくれる
「クソガチャ死ね!」
社会人生活二年目の水島 優斗は、スマホの画面を見ながら声を荒げる。
スマホゲーム『ジャブットファンタジー』のガチャで、合計200連回してもお目当ての新キャラを引けなかったのだ。
無料配布の石も含まれているとはいえ、200連は現金に換算すると8万円に相当する。
しかも新規実装されたキャラはいつも通り二人いる。
両方出るまで回すなら天井二回分──つまり最大で16万円の課金が求められる。
今は6月の下旬。
ソシャゲに親しんでいる人ならば、この時期に天井を叩くのはやばいと察するかもしれない。
そう、限定ガチャラッシュの季節だ。
6月はジューンブライド。
花嫁衣装に身を包んだキャラが前半、後半に分けて実装される。
7月上旬は七夕。
もちろん実装されるのは浴衣衣装の新キャラだ。
7月下旬と8月上旬は水着。
花嫁ガチャと同様、前半、後半に分けて実装される。
汗水垂らして働いて得た収入が、数分のうちに溶けていく。
それでも水島はガチャを回す衝動が抑えられない。
推しキャラ、人権キャラが実装されたら尚更だ。
ジャブットファンタジーの水着ガチャは、人気キャラを人権性能で実装することが多い。
そのため、特に多くのユーザーが警戒している。
去年実装されたのはアイリーンとアウローラ。
どちらも元々人気キャラで、実装後は各属性の人権キャラ筆頭とまで言われた。
水島は当時そのガチャで大爆死。
貯金がないのに回し続けた結果、消費者金融に駆け込む事態へと発展した。
あの時のこと、特にアイリーンの件は忘れられないトラウマを植え付けた。
水着ガチャ前半で実装されたキャラは、超低確率ながら後半でも排出される。
恒常キャラと同じ確率、当時は0.015%だったと思う。
アイリーンはあろうことか、その超低確率で二体も出てきたのだ。
被りは完凸への近道となるが、基本的に喜ばれない。
毎日コツコツとピースを集めていれば、石を消費することなく完凸できるからだ。
水島は消費者金融に駆け込んでからの数ヶ月、食費を極端に削る生活をしていた。
仕事中は上の空で、同僚には迷惑をかける日々。
物忘れは増加。
当然、社会的評価は下落。
この時期に天井を叩いたことで、去年の二の舞になるのではないかと不安だった。
「ふて寝だ!ふて寝!」
そんな不安を覆い隠すため、ベッドで横になる。
よくある光景だ。
「こんなクソゲーさっさとやめたら?」と笑う人は大勢いるに違いない。
それは水島自身も思っていた。
でもやめられないのだ。
これまでに課金して集めたキャラクター。
これまでに時間を費やして得たレベル。
その軌跡を描いてきたアカウントは、紛れもなく自分の資産だった。
引退はその資産を自ら放棄してしまう。
水島はそれが耐えられなかった。
デイリー消化は日々のタスクでしかない。
イベント攻略は使いもしないイベキャラの回収作業。
ストーリーは全てスキップ。
それなのにガチャは欠かさず回している。
日常ルーティンに組み込まれた作業を淡々とこなすだけ。
文句を言いながら、惰性でいつまでも続けるプレイヤー。
それが水島 優斗という男だ。
コンコルド効果に支配された人間の典型だ。
◆
浴衣ガチャはスルーすることに成功した。
新キャラ二人はどちらも水島の守備範囲外。
性能も目を引くほどではなかった。
安堵していた水島だったが、再び彼の心を蝕む事態が起きた。
それは7月13日に行われたジャブットファンタジーの公式生配信がきっかけだった。
配信の後半、水着ガチャの告知が行われた。
「は?」
その開示情報を見た水島は呆然としていた。
性能が凄まじかった、というわけではない。
問題は新要素となる『所有バフ』だ。
新たな育成コンテンツが実装されたと言っても差し支えない。
「ふざけんな、引退だ!」
水島はその育成要素がガチャに盛り込まれたことに発狂した。
なお、生配信のコメントはそこまで荒れていない。
いつもの運営としか思われていない証だ。
水島が「クソアプデ死ね!」とキレて、引退を試みるのは初めてではない。
今回で八回目だ。
過去にはアプリをアンインストールしたこともある。
でも数日後には再インストールしていた。
もはやヘビースモーカーの禁煙宣言と変わらない。
それでも水島にとっては本気だ。
だからなんとか引退しようと、度々行動を起こしてきた。
奇行と言い換えることもできる。
アンインストールしたのも、引退するために絞り出したアイディアの一つだった。
公式生配信の翌日。
水島は海水浴場に車を走らせていた。
水着キャラに金を突っ込むくらいなら、水着のお姉さんを眺めたほうが有意義。
ガチャを回すよりはよっぽど安い。
海で泳げば、運動不足も解消される。
という、突拍子もないアイディアだ。
衝動のままに動く、水島らしい行動だ。
水島はこのアイディアを閃いたとき、「俺は天才かもしれない」と自画自賛していた。
同調する人がいるとは思えない。
それでも本人にとっては、素晴らしいアイディアだったのだ。
海水浴場に辿り着くと、水島はささっと水着に着替えた。
そして迷わず海へと駆けていく。
当初の目的を忘れたのではない。
勿体ない精神が発動したのだ。
海水浴場には約一時間かけてやってきた。
駐車料金だって支払っている。
だから海で泳がないのは損した気分になる。
……という行動原理だ。
浪費家でありながら貧乏性。
そんな一面が垣間見える行動だ。
海で約一時間泳いだ後、水島はようやく水着の美女を探すことにした。
目の保養になるような子はあまりいない。
そんな中、ある一人の女性が水島の視界に飛び込んできた。
小柄だけど胸は大きい。
ツインテールの金髪美少女。
しかも近くに彼氏らしき男はいない。
見惚れた水島はその女性を凝視していた。
もはや不審者だ。
「えっ?」
水島の視線に気づいた女性は、ゆっくりと彼に近づいてきた。
咎められると感じた水島は咄嗟に視線を逸らす。
「ねぇ、水島くんだよね?」
彼女は水島のことを知っていた。
「は、はい」
「私のことを覚えている?」
「えっ……?」
水島は彼女のことが記憶になかった。
「あー、覚えてないんだ!」
「ごめん」
「唯華だよ。相園唯華!」
「えぇっ!」
相園 唯華は高校時代の同級生だ。
最後に会ったのは高校3年生、すなわち6年ぶりの再会だ。
水島は相園と特別仲が良かったわけではない。
それでもオタク趣味を共有する者同士、たまに雑談する機会はあった。
水島はそんな相園のことを忘れていたわけではない。
雰囲気が変わり過ぎて分からなかったのだ。
相園はあまりはきはきと喋るタイプではなかった。
どちらかといえば、水島と同じ陰キャ側の人間。
容姿も芋っぽかった。
目の前にいる水着美女とは、似ても似つかない。
「水島くんは一人?」
「ああ」
「相園さんは?」
「うん、私も一人だよ。傷心旅行のつもりで海に来たの……」
「似たようなものだな」
ソシャゲでアプデ情報に発狂して海に来た。
なんて言ったら、相園は乾いた笑いを浮かべるだろう。
だから水島は具体的に話そうとは思わなかった。
「水島くんは今、何をしてるの?」
「会社員をやってるよ」
「彼女はいるの?」
「いや、全く縁がない」
水島には出会いが全くない。
……というか、出会いのきっかけを作る気がない。
それなのに彼女なんているはずがない。
「ほんとぉ?」
相園は疑いの目を向ける。
水島はその気持ちが分からなかった。
「本当だよ」
ジャブットファンタジーのアプデ情報に一喜一憂し、ガチャ運に明日の生活を揺さぶられる男だ。
どこに疑う要素があるのか?
水島は疑問に思う。
「相園さんは今何してるの?」
「声優の仕事だよ」
「人気アニメのキャラに声を当ててたりするの?」
「ないない、売れっ子じゃないんだからさ」
相園は6年前から声優になりたいと言っていた。
どうやら、その夢を叶えられたようだ。
当時の水島は相園が声優になれるとは思っていなかった。
喋るのが苦手で、人見知りがち。
才能以前に性格が向いていない。
でも今の相園は全然違って見えた。
もっともっと輝ける。
そんな雰囲気があった。
「御園 唯って名前でやってるんだけど、聞いたことないでしょ?」
「えっ……」
水島はその名前を知っていた。
ジャブットファンタジーの人気キャラ、アイリーンを演じる声優だ。
「あっ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」
御園 唯の名前を聞いた水島は、相園の返事も待たずに走り出した。
水着を悪夢の象徴に変えたアイリーンと、相園がリンクしたことに耐え切れなくなったのだ。
しかも今の相園は水着姿だ。
なおのことアイリーンを思い出してしまう。
水島がアイリーンに向ける感情は一言で言い表すなら『愛憎』だ。
「ふぅー」
その感情を相園にぶつけないよう、水島は深呼吸をして心を落ち着けた。
そして、再び相園の元へ戻ることにした。
「ねぇ君、どこから来たの?」
相園に言い寄るチャラそうな男。
水島が離れていた隙にやってきたようだ。
「え、えーっと、そういうのは……」
相園は嫌がる素振りを見せるが、あまり強くは否定できずにいた。
ナンパに慣れていないのは明らかだ。
「あー、ちょっといいですか?」
水島は二人の間に割って入る。
「弟さん?」
チャラ男が疑問を口にする。
「いえ、唯華の彼氏ですよ」
水島は彼氏を気取るため、あえて相園を下の名前で、かつ呼び捨てにした。
不快にさせてしまうかもしれない。
それでもナンパ避けに必要な方便だと思ったのだ。
「おいおいお前さぁ、もうちょっとマシな嘘をつけよ」
この二人が釣り合うはずがないと思ったチャラ男は水島の嘘を笑い飛ばした。
「本当ですよ」
だが、相園は水島の言葉を肯定した。
「はぁーっ、マジかよ。お前、見た目に寄らず結構やるな」
水島が相園を口説き落とした──そう解釈したチャラ男は水島を褒め称えた。
「それじゃ、後は上手くやれよ!」
チャラ男は水島にエールを送りながら去っていく。
相園を困らせていた男だが、根っこは好青年だったようだ。
「守ってくれて、ありがとね」
相園は水島に感謝の言葉を口にする。
水島はそれが嬉しかった。
アイリーンはプログラムによって、決められた通りにしか言葉を話さない。
相園がアイリーンとは違うと実感した瞬間だった。
「知らないフリをするのは後悔しそうだったし」
「主様ありがとうございます。私はこれからもあなたと共に……」
声を作って、キャラを演じる相園。
そのセリフは水島が聞き飽きるほど耳にしたアイリーンのセリフだ。
「やっぱアイリーンの声優だったんだな」
「知ってたの?」
「去年の今頃、俺を消費者金融に走らせた女だからな。忘れるはずがない」
「ご、ごめん」
「俺が自滅しただけだ。相園さんのせいじゃない」
自制心が欠けていただけ。
その自覚はあるし、声優が確率を設定することはないと知っている。
だから水島は相園に他責しなかった。
「うん、そうだよね。ありがとう」
相園は落ち着きを取り戻す。
「ねぇ水島くん、さっきの続きを話してもいいかな?」
「何の話だ?」
「元彼と別れた話」
「ああ」
「彼ね、私に色々買ってくれたし、色々なところに連れて行ってくれたの」
「良い彼氏じゃん」
「でも段々、私の態度が気に入らないと文句を付けるようになったの」
金で心を買った気になるモラハラ男だったらしい。
別れて正解だ。
「小さい男だったんだな」
「水島くんは大きい男だもんね」
「はははっ、どうだろな……」
水島は相園の言葉に困惑する。
自分はガチャで爆死する度にキレ散らかしている。
器が大きいと評するのは、明らかな過大評価だ。
でも、その元彼よりはマシだと思っていた。
「じゃあ、確かめていい?」
「えっ?」
「水島くんの器」
「どうやって?」
「私と付き合わない? せっかくこうして巡り合えたんだもの。これも何かの縁じゃないかなって」
「は、はい!」
水島は迷わず返事をした。
これだけ美人になった相園に誘われたのだ。
断る理由がない。
「これからよろしくね」
「ああ、よろしく」
相園は水島を好きになったわけではない。
でも興味を持ってくれた──つまり好いてくれる導線は引けたのだ。
「じゃあ今年の夏は相園さんに課金させてもらうよ」
「もう、課金はほどほどにね」
「ははっ、やばくなったらブレーキを頼むよ」
水島は恋のブレーキを自分で踏みたくなかった。
盲目的な恋に走ることこそ、ジャブットファンタジーへの依存心を断ち切る刃になると思ったからだ。
相園はアイリーンの声優として罪悪感を抱いていた。
そんな彼女ならば、きっと依存心を断ち切ることにも協力してくれるはず。
水島の期待は止まらない。
去年の夏は水着が悪夢として植え付けられた。
でも今年の夏は、水着が良い思い出に上書きされると信じている。
アイリーンではない、相園 唯華によって──




