17 聖女は等しく救う
聖都の東部にある森はうす暗かった。
聖火をいれた角燈を提げたエリュシアは森を踏みわけて、ハルモニアを捜す。
ハルモニアは三年前にも一度、森のなかで失踪したことがある。そのころは女神の光にあふれる聖域だった森は昨今急激に聖なるちからが衰えて、瘴気が蔓延していた。
「ハルモニア! 何処にいるのですか!」
声をかけながら、捜し続けていると「お姉さまっ、お姉さまですか」と何処からか声が聴こえてきた。髪に葉っぱをつけたハルモニアが繁みからぴょこんと頭を覗かせる。
「あ、あぁぁ、お姉さまっ、わあああん」
ハルモニアはエリュシアをみるなり、声をあげて泣きだした。
「なぜ、誰にも声も掛けず、こんな危険なところにきたのですか! アルテミス司祭や私がどれだけ心配したと!」
「だ、だってぇ」
エリュシアが叱咤すれば、ハルモニアはしゃくりあげながら言い訳をする。
「ぜんぜん役にたてないのに、薬の壺まで壊してしまって! これいじょう、迷惑をかけたくなかったんですもの! で、でも昼なのに、魔物がいて怖くて怖くて!」
「この頃は魔物が増殖していて、真昼でも関係ないと聖騎士様がたが話しておられたではないですか!」
「しっ、知らなかったんですもの、そんなのっ」
幼い娘のように泣き続けるハルモニアにあきれつつ、抱き締めてなだめる。
「とにかく帰りましょう、ね?」
そろそろ日が傾きかけている。黄昏を過ぎると魔物が凶暴になるため、聖火を持っていても心もとない。
「……いつだって、わたしを助けてくださるのはお姉さまですね」
泣きやんだハルモニアは苦笑するようにか細くつぶやいた。
ふたりして、聖都にむかって森を進む。何処からともなく敵意を感じ、エリュシアは咄嗟にハルモニアをかばうように身を乗りだした。
「危ないっ」
飛んできた矢がエリュシアのわき腹をかすめた。
「お、お姉さま」
「逃げてください!」
なにごとか理解できずに慌てているハルモニアに聖火を渡す。ハルモニアは「で、でも」と震えていたが「私は聖女ですから」と微笑みかけた。
それを聴いて、ハルモニアは後ろを振りむかずに逃げていった。エリュシアは胸をなでおろし、振りかえる。
「狙いは私ですね?」
続々と姿を現したのは刺客というには荒れた身なりをした男たちだった。なめした革の服を身につけ、鉈をさげている。
紛れもない盗賊だ。
「こんなところで聖女様に逢えるなんてな」
「ひと儲けできそうだ」
盗賊にかこまれたエリュシアはキリエを喚ぶべきかと想いかけて、頭を振る。
彼ならば、エリュシアを助けてくれるだろう。盗賊たちをせん滅して。
彼は命を奪いすぎる。
エリュシアは敢えて抵抗せず、盗賊たちに捕らわれた。
ꕥ
盗賊の隠れ家は森のなかにある洞窟だった。
洞窟のなかはうすら寒く、かび臭さが充満している。瘴気こそ噴きだしていないが、清浄にはほど遠かった。
「聖女様か、こいつは高値で売れそうだな」
男たちは縄で縛られたエリュシアを値踏みするように眺めまわす。
「教会に身の代金を要求するのもいいだろうな」
「それか、東のエデンに売るかだ」
碌でもない話を聴きながら、エリュシアは冷静に盗賊たちを観察する。
盗賊といっても屈強な男ばかりではなかった。年老いたものもいれば、赤ん坊を抱き締めた女もいる。十五歳に満たない少年までいる。少年の側には筋骨隆々な大男が腕を組んで控えていた。
エリュシアはその少年に視線をあわせ、語りかける。
「解放してください。聖女に害を及ぼした異教徒は例外なく死刑となります」
「俺らをおどしているつもりか? 立場が解っていないみたいだな、聖女様よぉ」
少年の側にいた大男がこぶしを振りあげ、凄んできた。
「違います、私はあなたがたの身を案じているのです」
エリュシアは僅かも臆さず、玲瓏たる眼差しで訴えかけた。大男には視線をむけず、少年だけを見据え続ける。
「まもなく聖騎士隊が動きだすでしょう」
ほんとうは嘘だ。
聖騎士隊はおそらく聖女を助けにはこない。《《盗賊如き悔悛させられない聖女》》は《《聖女ではない》》からだ。
「聖騎士が怖くて盗賊なんかやってられるかよ」
「どうせ俺たちは女神様にも見捨てられてんだ」
盗賊たちは嘲笑ったが、少年が眼を細める。
「おまえ、なんで僕が首領だとわかった?」
男たちが終始少年に神経を遣っているからだ。
例えば、あの大男。鉈を右側の腰に提げていることから左利きだと推測される。だが、振りあげたのは右腕である。左側にいる少年の視線を遮らないよう、意識して左腕はあげなかったのだ。
だが、エリュシアは敢えて訳を語らずに微笑む。
「なぜ、このような危険な森のなかで盗賊をなさっているのですか? 戦争続きとはいえども、神聖アルカディアはそれほど貧しくはないはずです。職を捜せば」
「はっ、こんな腕のやつに働きぐちなんかねぇよ」
首領が袖をまくりあげる。
彼の腕はあろうことか、骸骨になっていた。
「獄死病――」
魔物に負わされた傷から稀に発症する奇病で、生きながらに躰が死んでいくという恐ろしいものだ。
みれば、赤ん坊を抱いている婦人は髪に隠れている頬が剥きだしの骨になっており、大男も革靴とズボンのすきまから骸骨になった足が覗いていた。
「聖女様だって獄死病は癒せないだろ」
首領が鼻を鳴らす。言葉の端から暗い諦念が滲んでいる。獄死病はその異様さからまわりから恐怖され、差別される。都はおろか、集落にも受けいれてもらえず、盗賊にならざるを得なかったのだ。
「わかったか? 僕たちはこうやって他人から奪いながら生き続けるしかないんだよ。だから、あんたも売る。教会より敵さんに売っ払ったほうがよさそうだ」
エリュシアは唇をかみ締めた。
「抵抗するなよ、逃げだそうとしたら脚を折る」
少年の声の後ろで男の嗤い声が聴こえる。舌の表が微かにちりちりと燃えた。
(俺を喚べ)
悪魔が誘っている。
「いえ」
振りきるようにエリュシアは声を張りあげた。
「女神の祝福をお借りすれば、獄死病は治癒できます」
盗賊たちの眼が変わる。
「なんだと」
「そんな話は聴いたことがないぞ」
エリュシアもまた、獄死病を癒した経験はなかった。
聖女の奇蹟は傷を癒すことはできても、病を治癒させることはできない。病は天命であるというのが聖ロクス教会の教えだからだ。聖女は天命に非ざる死だけを遠ざけることができる。
だが、獄死病は傷から発症する。
これが天命であるはずがなかった。
ならば、癒せる。
「かならず癒します」
癒さなければ。
「縄をほどいてください」
首領は考えこんでいたが、椅子から腰をあげ、まだ動くほうの腕で短剣を抜いた。剣をかざしてエリュシアにせまり、彼は思いきり短剣を振るった。
「っ」
エリュシアを縛っていた縄がはらりとほどける。
「だったら救ってみせろよ、聖女様。癒せなかったら、僕たちを騙したその舌を斬りおとしてやる」
慈愛よりも死を薙ぎはらう強さを感じさせる微笑を振りまいて。
彼女は骨になった腕に触れた。
「女神ロクスに誓いましょう、あなたがたを救うと」
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