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12 虐められる聖女と悪魔の優しさ

「聖女様のお陰で、神聖アルカディアは安泰です」


「聖女様、どうかこれからも私たちをお救いください」


 教会ではエリュシアが廊下を歩くだけでも修道女や神官たちが声をかけ、祈りを捧げてくる。ひとりひとりに「祝福あれ」と微笑みかえすのもまた聖女の役割のひとつだ。


 聖ロクス教徒は一様に聖女を崇拝している。

 だが、貴族令嬢から聖女候補となり、いまは修道女としてつかえるイオアンナ゠シャ・サモスだけは違った。


「王子様がお可哀想ですわ。聖女だからって、あんな卑しい捨て子の娘を皇后に迎えないといけないんですから」


 イオアンナは度々教会の掃除をさぼっていたが、この日もほうきも持たず、取りまきの修道女たちと一緒に裏庭で談笑していた。薬草ハーブを摘んで、裏庭を通りがかったエリュシアを振りかえり、イオアンナはわざと聴こえるように声を張りあげる。


「サモス卿がイオアンナ様のためにあつらえた絹の服を盗みだして、ぼろぼろに破いたとか」


「やっぱり、貧乏人の根性が抜けないんですね」


 まわりにいる修道女たちも声をあわせる。

 絹の服については司祭が全額弁償してくれた。


 エリュシアは給金のようなものはもらっていないので、お詫びのしようがなく頭をさげるほかになかった。司祭の手前、イオアンナも強くエリュシアを糾弾することはなかったが、後になって陰口をささやかれている。

 聖女たるもの噂や陰口にいちいち心を揺さぶられるべきではないと、微笑をかえしてすれ違おうとした。


「なによ、へらへらしちゃって」


「っ……きゃっ」


 後ろから思いきり、突きとばされた。


 エリュシアは階段から転落する。

 幸いにも高さのある階段ではなかった。落ちたのも三段ほどだ。だが強い衝撃があった。

 薬草ハーブが散らばる。


「あら、ぶつかってしまったかしら」


 落ちたエリュシアを睨みおろして、イオアンナが唇をゆがませ、笑う。


「でも、残念だわあ。聖女様は女神様の庇護を享けているのだから、ふわりと舞いおりるとおもっておりましたのに」


 ほかの修道女たちが一緒になって、くすくすと声をたてる。


「不格好ですこと」


「ほんとうにねぇ」


 悪意の嵐が吹きすさんだ。


 エリュシアは降り続ける嘲笑と侮蔑にぼうぜんとなる。幼少期に「捨て子だ」と後ろ指を差されたことはあったが、ここまであからさまな敵意に晒された経験はない。


「あなた、聖女にふさわしくなかったのではなくって?」


 とどめとばかりに落ちてきた言葉にエリュシアが唇をかみ締め、ほどいた。


「女神ロクスの選択が誤っていたということですか?」


 こればかりは看過できない。

 彼女が馬鹿にされるだけならばまだ。

 だが、女神の選択を疑われるのは聖女としての誇りに泥をぬられるようなものだ。

 冷静な問いかけに修道女たちは頬を強張らせ、身を退いた。「そんなつもりは」と顔をみあわせ、ごまかそうとする。だが、取り巻きたちのあいまいな態度がよけいにイオアンナの対抗心に火をつけたのか、彼女は眉を逆だてた。


「ねえ、知っておられるかしら? 五年前に薨去こうきょされた先期の聖女は暗殺されたという噂がありますのよ」


 聖女暗殺という言葉にエリュシアが眼を見張る。


 先期の聖女は敵兵に斬られたと聴いている。ちょっと前までならば「なんて不敬なことを」と反論することもできた。


 だが、今は疑ってしまう。


 だって争いのさなかであれば、暗殺されていてもわからない。


「誰かに死を望まれる段階で聖女失格ですもの。最期さいごは女神からも見捨てられて惨めに死んだとか。あなたがそうならないことを祈りますわ」


 呪いのように言い捨てて、イオアンナは背をむける。修道女たちは青ざめていたが、むちのしなるような声で「いきますわよ」と急かされ、いそいそと後を追いかけていった。


 酷烈なまでの敵意をむけられ、エリュシアのなかに疑念が湧きあがる。


「まさか」


 服を取り換えて、刺客を差しむけたのはイオアンナではないか。


 彼女ならば、莫大な金貨を都合することもできる。また、聖女候補は儀式の時に振り香炉をつかうこともあった。

 なにより、聖女暗殺の首謀者がイオアンナであれば、エリュシアは傷つかずに済む。そんなことを考えてしまったことに呆然とした。


(証拠もなく憶測できめつけるなんて)


 だめだ。絡まる思考を絶つ。

 起きあがらないと。


「っ」


 足がずきんと痛む。


 横転事故の時に負傷していたのもあって、変な落ちかたをしてしまった。無理やりにでも立ちあがろうと試みていると、後ろからひょいと抱きあげられた。


「これはまた、酷くやられたねェ」


「キ、キリエ」


 神官に扮したキリエが髪をなびかせ、エリュシアを抱きかかえていた。いわゆる、お姫様抱っこというものだ。


「あ、あの……だいじょうぶですから」


 神官や修道女たちにみられたらと慌てたが、彼は長椅子ベンチまで連れていき、エリュシアをすわらせた。

 靴をぬがせて、足を確かめられる。

 聖女は素肌をそらすことのないよう、厚めのタイツをはいているが、それでも隠せないほどに左の足頚あしくびが腫れていた。


「痛みには慣れていますから、このくらい、たいしたことではありませんよ」


 強がって微笑をかえす。


「……へェ、そうか」


 優しげな微笑が陰る。


「強いねェ、キミは」


「っ」


 彼はなにを想ったのか、腫れた足頚あしくびを強くつかんできた。

 しなやかな指が蛇のように絡みつき、締めあげられる。激痛に堪えかねて、エリュシアが悲鳴をあげた。


「な、なにをなさるんですか!? ほっ、ほんとうに痛いですって、やめてくださいっ」


「たいしたことないんじゃないのか?」


「あなたのせいでたいしたことになりましたっ」


 不満をぶつければ、キリエは腹を抱えてけらけらと笑った。


「しかたないだろう? キミをみていると傷つけたくなるんだよ。あばいて、えぐりだして、キミはこんなに傷だらけなんだと教えてやりたくなる」


「……やさしいですね、あなたは」


 想っていたことが言葉になってこぼれた。

 キリエは虚をつかれたように瞬きをする。


「今のが?」


「ええ」


 彼は暗殺者で、地獄にすら受けいれられず、人に非ざるものになって彼女に契約を持ちかけた恐ろしいひとだ。


 いまだって彼がなにを考えているのかは理解できない。

 それなのに、彼はやさしかった。

 悪魔アクマにやさしさを感じるなんて罪だ。だから、今だけは女神が午後の日差しに微睡んで、眼をつむっていることを祈りたかった。


お読みいただきましてありがとうございます。

もしも「おもしろい」「続きが読みたい」「キリエ格好いい」とおもっていただけたら、ぜひともブックマークやお星さまをいただければ、作者のモチベーションアップにつながります。応援いただければ幸いでございます。

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