口を利くなと言われたので、嘘つきなあなたの後ろで静かに真実を伝えることにします。
「よっ、よろしくおねがい、しま、しまっしゅ」
シンシアは、初めて婚約者候補と対面して盛大にどもって、噛んでしまった。
十歳にもなるというのに、なぜか緊張するとこうなってしまうのだ。
それにただでさえ、お見合いというだけでも緊張するのに、当時のシンシアの目にはお相手のアルヴィンがとても格好いい大人の男性に見えていた。
そしてそれが更にシンシアのあがり症を加速させていた。
しかし何とか挨拶はすることはできた。ぎこちないながらも淑女礼をしようとするとその前に彼は声をあげた。
「ブハッ、ハハハハッ、え、ええ?? なんて? なんて言ったんだ?! なんだ? 共通言語で話してるか? どこの言語だ?」
盛大に笑いだして、矢継ぎ早に言われる言葉に、シンシアはぽかんとしてしまった。
「よ、よよよ? よろしくお願いしましま?? うはっははははっ、はぁ~、腹痛い! 声も裏返ってて、変だったぞ!」
「……」
「気持ち悪いなぁ! 普通にしゃべることもできないのか? 頭どっかおかしいのか?」
「……」
「勘弁してくれよ! ほぼ決まってる婚約なんだから、うわぁ、恥ずかしい、見てる俺まで恥ずかしい!」
彼は、シンシアが今まで失敗して言われた言葉の中でも一番酷い言葉を投げかけた。
今日のために必死になって選んだドレスも、侍女たちとともに美容に励んだ日々も、たくさんのものが無駄になってガラガラと崩れ落ちていく。
「顔は悪くないんだから、お前もう喋るなよ。それがいいな、そうしよう。お前口を利くな、俺は笑ってやれるからいいけど、他人から見れば酷く滑稽だ」
「……」
「喋んなよ? 分かったな? お前みたいなのは口を利かないのが一番だ!」
彼はそうして勝手に決めて、シンシアは目を見開いて、瞳から涙がこぼれないように必死になって耐えていた。
誰かの前で泣くなんてそんなのは貴族らしからぬ行いだ。
絶対にダメだ。
そう思いつつも、嗚咽を飲み込んで返事をしたせいで「ひゃい」と裏返った声が出た。
「うわ! しゃべるなって言ってんだろ! 頭も悪いのか?」
そう言われて、シンシアはぶるぶる震えて俯いた。
そんなこんなで彼、アルヴィンとは婚約者になり、シンシアはそれ以来ほぼ口を開くことが無くなった。
ということはシンシアにとって遥か昔の出来事ではあったものの、鮮烈な事件であるため深く心に刻まれていた。
今では彼も幼く、言っていいことといけないことの区別がつかない年頃だったからだと思うことができているが、あれからシンシアは彼とは話をしていない。
両親も子供の相性など気にするたちではなく、実力重視の人々なので、なにがあってシンシアが黙っているのか、などという個人的なことには興味を示さなかった。
ではどうしているのかというと筆談や、魔力を使って文字を書くことが多かった。
「それで、難しい顔をしていますが、なにが書いてあったのですか?」
従者のエリオットに問いかけられて、シンシアは机の上に置かれているペンを取ろうとした。
しかしたまたまインクが切れそうだったことを思い出して、紙の上に手をおいて、キラキラと光る魔力を配置していく。
書くよりも少し時間がかかるが、物があればどこでも記載することができるのでそれなりに重宝している伝達手段だった。
『私のことについて……おもに声についてを引き合いに出して、父は母に講義をするそうです』
持っていた手紙をそっと置いて、どうしたものかと困り顔をして見せた。
文字だけではなく身振り手振りも、人にものを伝える上では大切な要素だと思う。
「抗議……というと、結婚条件の変更などでしょうかね」
『そうだと思います。もう長いこと人前で話をしていないので……引き合いに出して、彼らに有利な条件を引き出そうとしているのかもしれません』
あたらしい紅茶を淹れながら言うエリオットに、シンシアも魔力で筆記して答える。
魔力の筆記はこれでも昔に加えて随分と早くなった方だ。
まったく魔力を使わない人と比べるときっと何倍も速いことだろう。
それは、アルヴィンが唯一シンシアに与えたメリット? ではあるのだが、あれ以来、話をすることが難しくなったので、正直デメリットの方がとても大きい。
「アンブロス公爵も、公爵夫人もお忙しく実力重視の方々ですし、お嬢様が話さなくなったこともいい意味で気にせずやってきましたが、傍から見た視点が抜けている方々というわけでもありません」
『……』
「それを指摘されて、不安視していると言われれば何かしらかの答えを出すと思いますね」
エリオットはアルヴィンの抗議にシンシアの父と母がどんな答えをだすか明確には言わなかったが、アルヴィンが狙っていそうなことはわかる。
シンシアは跡取りであり彼は入り婿だ。
シンシアのことで心配する特徴があるからmできる限りエリオットの実家への配慮を増やしてくれと言われたら、現実的に見て父や母はそうするだろう。
『……』
それは、シンシアからすると横暴なことだと思う。
彼がああして言ったせいで、どもりが酷くなってしまったというのもあるし、あまりに非道だと思う。
けれども、同時に、そもそもシンシアがこんな体質でなかったらこうはなっていなかったという思いもある。
「まぁ……それは公爵家にとって些細なことと言えばその通りですね。俺はその程度でアンブロス公爵家がどうこうなるとは思いませんけど」
『そうですね』
だからこそ、今回もアルヴィンが言ったように黙っていれば、多少の損失と引き換えに、平穏が手に入るかもしれない。
シンシアには支えてくれる従者もいるし、シンシア自身もアンブロス公爵家の生業である魔法についての才能がある。
特に魔法具の制作についてはそれなりだ。
領地の収入もあるし、不安に思わなくても、彼とはそれなりの距離感を持ってやっていったらいいのかもしれない。
派手な不貞行為をするわけでもないし、ただシンシアの持っている特性の中の一つを嫌っているというだけで、悪い人ではないのかもしれない。
「……でも、間違いなく、お嬢様が黙っているのは、あの方の責であり、とてもお嬢様を幸せにしてくれる人ではないと思います。それでも使用人一同あなたを守りますが」
そんなシンシアの気持ちを否定するように彼は、きっぱりという。
「気のいいことではないのは、お嬢様と同じで確かです」
エリオットの目には、怒りがにじんでいて、少しだけ声が硬かった。
その様子を見て、やっとシンシアは傷ついているのは自分だけではないのだと思った。
アルヴィンとの関係が悪化していくごとに、彼がシンシアをないがしろにしていくごとに、シンシアを大切にしている彼らもつらく思っている。
『私と同じ……ですか』
「はい」
ゆっくりと問いかけつつシンシアはやっとどうにかしなければと思った。
たかがあざ笑われた程度のことで、どもりが酷くなって黙ってしまうことになったのはシンシアの責任だと思っていたが、彼が黙っていろと言った事によって黙っている事もまた事実。
そのうえで、それを利用して自分の益を増やそうとしている彼は、明らかにシンシアのことなど道具ぐらいにしか思っていない。
そんなものを受け入れてしまったら、シンシアを大切にしてくれている人たちにつらい思いをさせることになる。
それだけはダメだ。
けれど、突然、話し合いの場で巧みな話術を披露してうまく話を持っていくことはシンシアにはできない。
この件に限っては事前に父や母に話を通しておくということもできるけれども、これはきっと課題でもある。
これからも自分はきっとこのままだ、こうして人前では話をすることが難しいまま。
そんな時、勝手に話を進められて話をできないのをいいことに、好き勝手にされることもきっとある。
そこを解決しないことには、シンシアはこれからもこのアンブロス公爵家の跡取りとして多くの人に支えられてやっていくには不十分だ。
だからこそ、自分の欠点を補う何かができないか、得意なところで埋め合わせる方法を考えたのだった。
エリオットは少し、笑いをこらえているような顔をしていた。
しかしシンシアは真面目だった。
言葉にはしないものの、彼に『お願いします』という意味を込めてこくんと頷く。
「はい、しかと賜りました」
彼はきちんと了解し、本を開いた時ぐらいのサイズの額縁をキッチンワゴンの一番下に忍ばせて話し合いに望んだ。
話し合いはアンブロス公爵家の応接室で行われた。
アルヴィンとその父のフューラー伯爵、シンシアとその両親のアンブロス公爵と公爵夫人。その五名が集まって顔を突き合わせる。
シンシアとアルヴィンは隣り合って座っていて、向かいにはシンシアの父と母、テーブルの短辺の一人かけのソファにフューラー伯爵という並びだった。
一応の世間話を挟み、それから、父が重たい表情で話を切り出した。
「ところで、アルヴィン君、早速だが、折り入っての相談というのを聞いてもいいかね」
父の問いかけに、フューラー伯爵はアルヴィンへと視線を移し、彼は少し考えるように指を組んでそれから、真剣な表情で言った。
「はい、話というのは……シンシアさんのことです」
「シンシアの事……ですか」
母は彼の言葉に呟いてシンシアの方を見る。
アルヴィンはチラリともシンシアのことを見なかったし、こうして話し合いに入る前にも気にかける様子は一切なかった。
「アンブロス公爵も公爵夫人もわかっている事とは思いますが……シンシアさんは、誰とも言葉を交わさない」
彼の横顔はとても深刻そうで、自分が言ったことでそうなっているとは微塵も思っていないような様子だった。
しかし忘れていることはないだろう。
彼は初対面の時以外でも、意図的にシンシアは話さないものとして接していて、シンシアに手紙はよこすが、返信をしてもそれに対する答えが返ってきたことはない。
彼はシンシアに、恥ずかしいから口を利くなと言った時に、その主張もまた受け入れないと決めたのだと思う。
「ふむ、それについてはおおむね同意しよう」
「そうですね……」
「今でもこうして黙っていて……それについて俺はこう考えています。彼女にはなにかの欠陥があるのではないかと」
……なるほど、そう話を持っていきますか。
シンシアは彼の言葉を意外に思って少し目を見開いた。
話ができることを知っていつつ、口を閉ざせと言っておきながらそういう彼はとても白々しい。
しかし、父も母も端からそれを否定することはできない。
重たい言葉に緊張が走って、アルヴィンの言葉に皆が注目している。
「もちろんそれで見捨てるというわけではないんだ。俺はただ……そう、ただ、婿に入る身として己の身を護るためにも、いつか戻ることになっても問題がないように多少の配慮をしてほしいと思っているんです」
「……配慮、か」
「はい。アンブロス公爵、我が、フューラー伯爵家はアンブロス公爵家に比べて歴史も浅く、国にとって比較的新しい貴族です。だからこそ大きな蓄えもない」
「……」
「結婚して親族になり、アンブロス公爵家の伝手をえてより良い、収益をあげる場を提供していただけるだけでもとても助かります」
「……」
「ただ、それだけでは不安がぬぐいきれない。こうして口を利かない女性の夫になって、どんないさかいがあるとも知れない。突然、欠陥が悪化してなにか起こったら?」
彼は可能性を提示していく。
それは、正当な主張に見えないこともないけれど、つまるところ、彼自身が手にする何らかの安心材料が欲しいということだ。
「そう考えてしまうのもわかっていただけると思う」
「……」
「……」
「配慮とは、具体的にはなにを望む」
沈黙の後、父は聞いた。
「……もし、何らかの理由で離縁することになっても、俺が貴族らしく生活するための生活費を約束してはいただけないだろうか」
……踏み込んだことを言いましたね。
もう少し、遠回しなことを提案すると思っていたが彼の要求は案外わかりやすく、そしてその提案の思惑が見えてきた。
何らかの理由で離縁することになっても、と彼は言ったが、彼からすればシンシアは物言わぬ道具と変わらない。
結婚生活を終わらせる理由などいくらでも作り上げることができる。そうすれば彼はその約束通りの金額をもらうことができるだろう。
必要最低限の当面の費用ではなく、正当な別れる事象に対するシンシアが悪かった場合の慰謝料の支払いでもなく、貴族らしい生活の費用を望んだのが得にわかりやすかった。
「…………簡単には承諾しかねる申し出だな」
父は眉間にしわを寄せて、少し渋る。
するとアルヴィンはここぞとばかりに、前のめりになって口を開く。
「それは重々承知しています、しかし長年待っていても彼女は口を開くことはない、なにかを考えているのかもわからない」
「言いたいことはわかるけれど……意思疎通は取れているもの。それにシンシアは家臣たちからの信頼も厚いですし……」
「それは素晴らしいことですが、社交界でも噂になっている。俺自身も何度も会話を試みてみましたがそれでも━━━━」
そうして彼はペラペラとありもしないことを話し始めた。
黙れと言われてから彼に話しかけられたことなどまったくない。
そしてこれがきっと彼のやり方なのだろう。シンシアは十二分に彼のことを彼の言葉で理解して、後ろに向かって少し手をあげた。
ごそごそと音がして、肩がポンと叩かれる。
同時に父と母、それからフューラー伯爵の視線が微妙に上を向いた。
彼は言葉を続ける。
「昔は話をしていたのに、突然話をすることが無くなったということは進行性の病気と言う可能性もあるのでは?」
シンシアは背筋を伸ばして、小さく息をついて少し念じる。
ちらりと背後を見ると、エリオットがしれっとした顔でガラスだけがはめられた絵の入っていない額縁をしっかりとシンシアの後ろに掲げていた。
そこには光る文字で『私の方からも事情を説明させてもらいます』と浮かんでいる。
うまく魔力が移動して筆記するよりも早く言葉をしゃべるのと同じように文字を浮かべることができる。
……大丈夫ですね。
この額縁は魔法具だ。ガラスは二枚配置されておりその間にはシンシアの魔力で満たされている。
魔力を捻出して配置するのではなく、意識して魔力を動かし微細な光を集めて文字にするので、ただ魔力で筆記するよりずいぶん早い。
大きさも自由に素早く切り替えられるので、会話に特化したシンシアの意思表示の方法だ。
なにもない所に文字を書くよりもずっと早くそして、声を出せない代わりにパッと目を引くインパクトがあるだろう。
安心しつつ、シンシアは前を向いて、彼らに視線を向けた。
「それでほかの部分が不自由になるという可能性も考えられると思うんです。アンブロス公爵」
『まず、第一に、私は話をすることができます』
「幼いころにも、言葉がうまく出なかったり変になったりしていたと聞きました、それがきっと兆候だったんです」
『ではなぜ、口を利かないのかというと。それは、初対面の時にこの方から、見苦しいので口を利くなと言われたから。それに尽きます』
彼らは、シンシアの後ろに掲げられている額縁と、ペラペラと妄言を話しているアルヴィンのことを交互に見る。
どうやら混乱しているらしい。
『自身でもたしかに聞き苦しい声をしていると思っていましたし、長いことそうして話すことを拒絶された影響で今でも、どもりもしますし、声も裏返ってしまう時があります』
「そう考えれば、俺に対する保障をしてほしいというだけの言葉がどれほど譲歩したものかわかっていただけると思うんだ」
『ですが、声も出せます。疾患ではありません。そしてこのように主張もできます。まったく不便なくとはいきませんが、彼が考えているような諍いは起こるとは決めつけられません』
彼と同じようにシンシアも次々と言葉をつづっていく。
彼らはもはやシンシアの額縁しか見ておらず、その主張にくぎ付けだった。
「そんな母親の生む子供が果たして、まともな子供か? そうであっても母親の影響を受けてなにかあるかもしれない」
『疾患ではないので受け継がれない特性と考えています。なにより、私が黙った一番の原因は彼の「口を利くな」という命令にあります』
「そうなれば俺の立場がどうなるか、ああ、考えるだけでも恐ろしい。だからこそアンブロス公爵には、考えていただきたい」
『そのうえで言います。彼は自分で口を利くなと言っておきながら、それを逆手にとって、アンブロス公爵家から金銭をかすめ取ろうとしている』
「その保障さえあれば俺は彼女と結婚をする。それがどれだけ幸運なことなのか」
『私と話をしようとしたなどすべて妄言です。話をするなと言った張本人なのですから、当然です』
シンシアは自分でしゃべるよりもずっとすらすらと言葉が出てきて、言わずとも溜まっていた気持ちがたしかにあったのだと思う。
『自分で非道な行いをしてこの状況を作りつつも、それを批判して金銭をかすめ取ろうとするのは……詐欺と何が違いますか?』
問いかけて首をかしげる。
『結婚相手の両親を騙して、こんなことを平然とやってのけるような人は果たして、アンブロス公爵家の配偶者にふさわしいでしょうか?』
フューラー伯爵の顔は真っ青で、息子に声をかけることも忘れている。
「ぜひ、ご一考を。アンブロス公爵、俺はこの家の未来の為にも必要な存在だと自負しています」
『少なくとも私は、こんな蛮行を許さずに告発できるだけのきちんとした手段を持っています。不安に思われずとも、当主の使命をまっとうする所存です』
「……? アンブロス公爵?」
自分の言葉に誰も反応していないことにアルヴィンはやっと気が付いた。
そして父に呼びかける。
『この婚約を考え直すべきだと思っています。こんな人をアンブロス公爵家に入れるべきではない。家族の……そして私たちに仕えてくれている大切な人々のためにも』
そう締めくくるのと同時に、彼は向かい合っている彼らの視線の先を追うように後ろを振り向いた。
「は?」
疑問の声を上げる彼はとても間抜けな顔をしていて、やっとシンシアの主張を見た。
『やっと気が付きましたか。アルヴィン』
「な、なんだこれ」
『あなたがしゃべるなと言った結果ですよ』
彼の口から自然とこぼれ出たつぶやきに、シンシアはきちんと答えた。
「は?」
『あなたの私に対する行動のすべてをきちんと伝えておきましたよ。あなたが私の声を笑ってしゃべるなと言ったこと』
「……」
『あなたがそれを逆手にとって、アンブロス公爵家を騙そうとしていたこともきちんと伝えておきました』
シンシアがにこりと笑うと彼は、やっとシンシアのことを見つめて、そしてひくりと頬を引きつらせた。
それから、恐る恐るアンブロス公爵の方へとゆっくりと視線を向ける。
彼はその間にも何か必死になって考えているような様子だった。
しかし、アルヴィンが言葉を発する前にフューラー伯爵が口を開いた。
「私は! 私はやめておけと言って行ったんです! 公爵閣下!」
その言葉は息子を守るものではなく自身の保身だった。
「それをこの愚息は突っぱねて、こんなことをしてああ! わかっていたんです本当はこうなることなんて! 公爵家跡取りであらせられるシンシアさんがこんな間抜けな手法を見過ごすはずがないと! 言ってあったんです!」
すり寄るように笑みを浮かべてシンシアのことを持ち上げながら、フューラー伯爵は、父の機嫌を必死になってうかがって言葉を続ける。
「まったく馬鹿な息子です。まったく本当にどうしようもない! 人を傷つけ欲をかいてまったく、本当にっ、私もアンブロス公爵家の味方です!」
アルヴィンは父の言葉にどんどんと追い詰められていく。
フューラー伯爵が言った言葉によって、アルヴィンはシンシアの言葉を否定することができなくなった。
まだシンシアが彼のことを告発しただけならば、アルヴィンはシンシアの言葉を否定する余地があった。
しかし、彼の仲間であるべきフューラー伯爵は、計画の破綻とみてすぐさま息子を切り捨てた。
そしてアルヴィンは父と相談し止められたにもかかわらず、シンシアに黙れと命令をしたうえで、それを理由に金銭を要求した非道な人間であると証明されてしまった。
アルヴィンは途端に追い詰められたような顔をする。
それからぐっと拳を握って、どういう意図かこちらを見た。
その様子にシンシアはエリオットを振り返ると、彼は今まで持っていた額縁をすぐにシンシアに手渡す。
それを受け取ってシンシアは自分の膝の上に置いて彼に言った。
『もう、言い逃れもできませんね』
「…………」
『あなたの企みは幼稚で杜撰なものでした、当然の結果ですよ、アルヴィン』
「ふ、ふざけたこと、しやがって……こんな、馬鹿なこと……」
彼は絞り出すように言う。
『あら、私から見れば愚かだったのはあなたです。自分で言った言葉にずっと従う私を見て、なんでも好き勝手出来ると思ったのですか?』
険しい顔をしてぐうの音も出ない彼に、シンシアは続ける。
『私の行動一つで簡単に破綻することも忘れて、欲を欠いて大切なものを失う。とても理性的とは言えませんね、そんなあなたと私もやっていきたいとは思いません』
「くそっ……」
『この婚約、無かったことにしましょう。あなたのような人と結婚するぐらいなら一人でいた方がずっとマシです』
自分の言葉で彼に伝えると、父は重たい声で「話は決まったな」と短く言った。
「アンブロス公爵閣下、どうか、どうか後慈悲を! 今で良い関係を続けてきたではありませんか!」
「この者どもを追い出せ、慈悲などいらぬ」
縋りつくフューラー伯爵に父は厳しく言い、彼らは問答無用で屋敷から追い出される。
アルヴィンは途中で、自身の父の胸ぐらをつかみ『なんてことをしてくれたんだ』と責めたが、どうかんがえてもフューラー伯爵のせいではない。
一番悪いのは彼で、フューラー伯爵は協力者に過ぎないはずだ。
そのうえで責任転嫁し、自らの父を責めるその様子にシンシアはこうして決断したことを正解だったと思ったのだった。
後日、伯爵家とは婚約破棄について争うことになると思っていたが、フューラー伯爵からアルヴィンを貴族としての地位をなくし修道院へと入れたことが報告された。
それから彼らにしては大きな金額の慰謝料が支払われ、フューラー伯爵はアンブロス公爵家との関係をどうにか修復しようと計っている様子だった。
しかし、そもそも婚姻がなければまったく関係のない間柄であり、今まで通りの配慮をするつもりは毛頭ない。
それどころか上級貴族の間でフューラー伯爵家の杜撰な計画を広め、彼らに対する警戒心を強めていくつもりなのだそうだ。
父や母はシンシアのことを忙しさにかまけてきちんと知ろうとしなかったこと、自分たちの都合で決めた婚約者でつらい思いをさせたことを謝罪した。
そして、シンシアが望む相手を選ぶべきだと考えていると言い、意見を聞いてくれた。
それはとても嬉しい変化であり、シンシア自身も黙っているばかりではなく自分で行動を起こすことが改めて大切だと考えた。
そうして気が付いて、一番にした行動は額縁の魔法具の小型化だった。
大勢と話をするときはあのぐらいのサイズ感が必要だけれど、普通に人と話をするときには少し大きすぎる。
なので、手帳ぐらいのサイズに作り直して、シンシアは両手でそれを持って、ぱっとエリオットの方を見た。
やっと、うまく文字が表示されるようになったので、これが出来たら伝えようと思っていたことを表示する。
『エリオット』
「はい」
『ずっと言おうと思っていたのですが、結婚相手について私が選んで━━━━』
彼は途中まで目で追う、しかしそのガラス面を片手で押さえて隠してしまう。
そうするとシンシアは続きを言うことができなくなって、なにも主張できない。
彼はそんな様子の困り顔のシンシアを見て少し笑った。
「便利な魔法具ですけど、俺の前でも一切喋らないつもりですか? ここ最近ずっとお嬢様の声を聞いてないですよ」
丁度、侍女たちも出払っていて彼以外は誰もない。
シンシアは喋ることが苦手というだけで、喋れないわけではない。この状況ならばさほど緊張せずに声を出せる。
けれども、まさかこのタイミングでそれを言われるとは思っていなかった。
「俺も、侍女たちも誰もお嬢様のことを笑ったりしないですし、したこともないです。話をしなくてもいいですが、俺はお嬢様の声も好きなんで、まったくでなくなったりしたら困ります」
続けて理由を言って促す彼に、シンシアはやっと観念して喉に手を当てて少し咳ばらいをする。
はなそうとすると顔が熱くなって、心地が悪い。
それに、筆記して言うのも決意のいる言葉だったので、尚更言うのが怖かった。
でも彼の笑わないという言葉は嘘ではない。
シンシアのことを笑って貶めて、一つの欠点で見下して好き勝手しようとする人間が世界のすべてではないということはずっと前から知っている。
そしてだからこそ、それを一番最初に教えてくれた彼がいい。
「…………、……エリ、……ぅ」
「ゆっくりでいいです」
「……エリオット……」
「はい、お嬢様」
「わた……私、結婚相手を、自分で、え、選んでいいって、言われてるんです」
「そうですね」
当たり前のように頷く彼は、何とか声を出して恥ずかしい告白をしようとしているシンシアと違って、平然としていた。
手に持っていた魔法具を置いて、それからそんな彼も少しはこの言葉を聞いたら驚くだろうと予測しつつ、前置きは短く口にした。
「あ、あなたに、します。あなたを指名します」
きっと驚いて、俺を?と戸惑うだろうとシンシアは考えた。
しかし彼だって伯爵家の出身で、事務仕事が得意だ。
元々、シンシアを補佐するために事務長となるべく小さなころからこの屋敷で経験を積んでいたのだ。
けれども、その意思が彼の中でも固まったころに実家の方から戻るように言われた。
跡取りの件でとかいろいろと理由をつけていたが、それを彼は受けたくなかったのだ。
だから、ただの事務官ではなく側近として替えの利かない存在になっていると示すために従者になった。
そういう経緯がある。
だから、彼だってもちろんふさわしい。この家でこれからも彼には、内側のことを支えていってほしい。
きちんと考えて出した結論だ。彼が戸惑って混乱したら伝えようと考えてシンシアはじっとその表情を見ていた。
しかし、エリオットはいつものように目を細めて小さく小首をかしげて「構いませんよ」とくだらない仕事でも引き受けたかのように言った。
「……」
「なにを驚いていらっしゃるんですか。お嬢様が言ったことですよ」
「そっ、それは、そ、そう。ですが、その、え、エエト」
「それに、また見知らぬ誰かにお嬢様が傷つけられないとも限りませんから、むしろ俺が適任だと侍女たちにも言われていますし」
「え」
「俺の気持ちに気が付いてないのなんてお嬢様ぐらいだって話なんです」
「きき、気持ち?」
「それはもう、爆発寸前の重たい恋心ですよ」
「ここここ、恋!?」
「なんて、冗談です」
そうして彼はなにはともあれシンシアの願い出を承諾した。
何処までが冗談かわからないまま、シンシアは耳まで真っ赤になって、混乱してしまい、碌に言葉が出てこないのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
下の☆☆☆☆☆で評価、またはブクマなどをしてくださると、とても励みになります!




