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最終日

2022年 11月7日

私の部屋には、ある日記がある。


木でできた古びた部屋に、テーブルと椅子とベット。

それと、部屋に入って正面には、今はもう古くて、換気をするにも一苦労する窓がある。


私はミニマリストだったので、日々の生活をするにはこれらの必要最低限の家具と、料理をするためのキッチンとトイレとバスルームがあれば十分だった。

それと、私は毎日日記を記すようにしていた。


始めは、精神疾患の治療として精神科医に勧められ始めたものだったが、ある日を境に疾患が完治して以降も、こうして続けていた。

飽き性で三日坊主な私が数年日記を続けられたのは、もう一つのこの日記の役割にあったとのだと、思う。


この日記帳を買う際私は、書店で一番分厚く、長持ちする日記帳を探し購入した。

そして、私は決めていた。この日記帳の全てに自分の記録を書き記した時が、私の最後の一日になると。

そう、私は、死ぬ為にこの日記を記し続けてきたのだ。


私は自室のドアを締め、ゆっくりと日記帳が置かれているテーブルの元まで歩んだ。

改めて見ると、随分と使い古された日記帳だ。端はボロボロに折れ、所々が破けて穴が開いてしまっている。古い紙独特の匂いが、鼻孔を刺激する。

何か、歴史に隠された豪族や、亡くなった偉人が書き残していった、世界の根幹に関わる秘密が書き記されていそうな予感がする。


ゆっくりと日記帳を開き、数ページずつ中を確認する。

中にはそんな大層な事は書かれておらず、私がその日何をして、何をされてどう思ったかだけが、詳らかに書き記されているだけだった。

途中、何十ページか、何百ページか飛ばして最後、今日の分の日記を描くスペースの部分まで到達した。


最後のページを開いたとき、目に映ったのは、真っ白な空白のページではなかった。

真っ白の空白のページの一番上部、書き始めの部分には、私の字だろうか。一文、こう書かれていた。


「朝起きて、日記を見返す。」


文字は、私の字だとは思えない程丁寧に書かれていて、私にも日記を丁寧に記そうと、そう心に誓った日があったのだなと思った。


私はテーブルの正面に置かれている椅子に深く腰を掛け、日記帳を閉じる。表紙には、『日記』と、淡泊に記されていた。

しかし、この量の日記を一日で読み返すのは正直骨が折れる。

途中途中書いてない部分や、要らないと判断した所を端折りながら読めば、日を跨ぐまでには間に合うだろうか。


時計に目を配ると、長針と短針で丁度、時計を半分に隔てていた。

6:00 ピッタリだ。


時計から日記に目線を戻すと、私はゆっくりと日記の表紙をめくり、1ページ目を読み始める。




-


2019年7月19日 晴れ


どうやら、私が日記を描き始めたのは約3年前らしい。


精神科の医師に勧められ、今日から、日記を記していく。どうやら、PTSDの治療に有効であるらしい。

半信半疑ではあるが、特にしない理由もない為記してみようと思う。


私は現在、強い希死念慮に襲われている。視界に映る全ての物質が敵意を持ち、私を拒絶しているかのように感じるのだ。


だから、この日記が書き終わる頃には、自然に死んでいると良いなと、思う。


もし、この日記が終わるまでに死んでいなかった時の為に、最後のページに日記を読み返すように書いておいた。


今これを読み返しているのは、私だろうか。そうであったなら、とても残念に思う。そうでなかったなら、とても嬉しく思う。


2019年7月21日 曇り


今日は朝に起床後、街を散歩した。久しぶりに景色を見ながら歩いた気がした。


街行く少年少女の様子を、両親が見守っている。子供達をみる両親の目は温かかったが、ジッと見つめる私を見て、不審そうな顔をする。

暫くすると、両親は子供達を連れて去っていった。


その後、街の飲食店で朝食を取った。パンにサラダに牛乳を飲む。朝日を浴びながら食す朝食はいつもより美味しい。


こんな日々が、ずっと続けば良いと思う。


今日は勉強をした。

勉強をするのは学生時代以降だった為、久しぶりに開いたノートに強く懐かしみを感じた。


何か取りたい資格がある訳でもないが、ただ暇つぶしとしてやっている。こうして勉強をしていると、非常に心地よい。


自分の中に、以前まで知らなかった知識が入ってきて、私がみる世界の解像度を数段上げてくれる様な気がした。


私は、特別目が悪い訳ではなかったが、私にとって勉強とはさながら眼鏡のようなものだった。

淡くぼかされた現実を、より鮮明に映してくれる。


だから私は数日に一度、こうしてペンを持ちノートを書き記しているのだ。


---


日記を書き始めた付近は、至って普通な、自分の行動を書き起こすだけの日記に見えた。

朝ごはんを食べたり、散歩をしたり、毎日を自分なりに充実させている様子が分かった。


最初のうちは丁寧に日付や天気が書かれていたが、1週間も経ってくると、日付が書いてないページや、ページとページの間で、間隔が空いている部分もあった。

飽き始めていた頃なのだろう。


そして、数週間に一度、精神的に不安定になっている日がある事が分かる。


今日は、朝から酷い夢を見た。

また、見せてきた。私に、思い出させてくる。


何度、何度見せれば満足する。私は、もう充分に苦しんだんだ。これ以上は、やめてくれ。


また、精神科医に駆け込んだ。

医者は、夢によって記憶が呼び起こされたことによるPTSDだと、私に話し薬を処方すると話した。また同じ薬を処方されたところで、症状が緩和するとは思えない。


嘘つきが。そもそも、日記を、日記を書けば改善されると話していたのは、眉唾ではないか。


今も、恐怖で体が震える。怖い。


今日は朝起きて、何故だか頭痛が酷かった。

とても憂鬱な気分で、先日夕食に食べたご飯がぐつぐつと口まで登ってきて、今にも吐き出してしまいそうだった。


とても気分が悪かったので、今日の朝食は軽めにした。今日は一日、窓から空を眺め街を歩く人々を観察して過ごした。


日記に書くまでもない日常だなと、書いていて感じた。


---

ここから数週間の間、日付が飛んでいたり、日記を書いていても1行で終わっていたり、日付しか書かない日が続いた。


それでも、数日おきに自身の苦悩や葛藤を記しいる。


2019年12月9日 はれ

今日、朝に散歩をしていると捨て猫を見つけた。

捨て猫は段ボールの中に入っていて、名前はアカというらしい。


アカなんて名前とは似つかず体は真っ黒で、瞳は夜空に輝く月のような色をしていた。


私はアカを家に持って帰り、その日のうちにトイレやご飯など最低限必要なものを用意した。


初めて動物を飼ったが、アカは人懐っこくてとても可愛い。アカを見ていると、とても癒される。


アカは元気に床を走り回り、一通り走り終わると水を飲み、また走り回る。

無邪気に走り遊び回るアカを見て、私も猫になりたいと思った。


叶わぬ願いだろうが、もし死んだ後に転生するとしたら、私は猫がいい。良い飼い主の元に生まれ、冬は暖かい炬燵の中で、夏は涼しい部屋の隅でただゆっくり昼寝をしていたい。



2019年12月21日

今日は朝からアカの体調が悪そうだったから、病院に連れていった。


何分、私は動物を飼うのが初めてだった為こういう時どうすればいいのかわからず、あるだけの現金をポケットに入れ、アカを抱えて家を飛び出した。


動物病院に行くと、原因は食べ過ぎだと言われた。私はそれを聞いて安心し、帰りに早食い防止用のお皿と、寒い冬でも大丈夫な様に厚い布団を買っておいた。


アカは、新しく買った厚い布団を大層気に入ったらしく、布団から離れずにいた。


私も、そんなアカを抱きしめて昼寝をした。


2020年1月1日

私は飼い猫のアカと共に新年を迎えた。

ここ数日の体調は非常に良好で、アカを迎えて行こう心的な発作は起こしていない。


久しぶりに、暖かさに触れた生活を過ごした。私は、アカと共にずっと暮らしていたいとおもっ---


読み返す手が、震えていた。


そして、日記を半分ほど読んだあたりで、私は手帳を思い切り投げ飛ばし壁に叩きつけた。


私は。私はこの当時、アカと呼ばれる猫と共に時間を過ごしていたらしい。


だが、だが何故。

私はアカなんて猫を飼っていた記憶はない。

飼っていはずがないのだ。


私は、ここ数年間ずっと一人でこの場所で生活してきた。私は、暖かさなどあの日あの時から、ずっと感じていない。感じてはダメなのだ。ダメなはずなのだ。


この日記は、いったい誰の日記なんだ。

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