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紅き軍靴は少女に微笑む  作者: フローレンス
1章 大戦のはじまり
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裂け目

下士官候補生への昇進が決まってから、周囲の目が変わった。


 賞賛と嫉妬、憧れと警戒。

 だがそれらの視線に、リシアは何も感じていなかった。


 


 ――必要な行動をした。ただそれだけだ。


 


 自分の判断は正しい。

 戦場で生き残るためには、感情を殺し、合理を優先するべきだ。


 それができない人間から、死ぬ。

 現実とはそういうものだ。


 


 だが、その日の夕刻。

 彼女に、思わぬ“感情”がぶつけられることになる。


 


「なあ、ちょっといいか」


 


 廊下の隅で声をかけてきたのは、かつて同じ班だったラゼル。

 栗色の髪に、まだ幼さの残る顔。だがその瞳は、かすかな怒りを孕んでいた。


 


「……何か?」


「お前、前の模擬戦で言ったよな。“仲間を囮にして勝つ”って」


「必要だったからそうした。あれは勝利条件を満たす最短ルートだった」


「……そうか。でもさ――俺たち、人間だぞ?」


 


 その一言に、リシアの表情がわずかに動く。

 それは、戸惑いか。それとも、興味か。


 


「人間……感情を持つ存在、という意味か?」


「そうだよ。戦場だって、誰かが死ぬたびに、ちゃんと何か感じるべきだろ?

 なのに、お前は“当然の判断です”とか、“合理的です”とか……何なんだよ、本当にお前、俺たちと同じ人間か?」


 


 沈黙が落ちる。


 


 リシアはしばらく考え、答えた。


 


「――わからない」


「……は?」


「私が何なのか、私自身もよくわからない。

 私は“生き残る”ために最適な行動を取っているだけ。感情は、その邪魔になる」


 


 ラゼルは言葉を失う。

 だがその一瞬、リシアの顔に、微かな“迷い”が宿っていた。


 


「……それでも、“ありがとう”ぐらい言ってもよかったんじゃないか」


「ありがとう?」


「俺たちを、生かしたことにだよ」


 


 リシアは口を開きかけたが、何も言えなかった。

 その感情は、“想定外”だった。


 


 ラゼルは軽くため息をつき、背を向けた。


「まあ、いいけどさ。……お前の背中、なんか寒いんだよな。見てて」


 


 その言葉が、胸に残った。


 


 “寒い”――それは、兵器に向けられる言葉ではない。

 人としての、警告だった。


 


 その夜、リシアは珍しく眠れなかった。


 


(……私は、間違っていたのか?

 違う。判断は正しい。結果も得た。

 でも――何かが、欠けている……?)


 


 感情ではなく、思考として。

 それでも、そこに確かに“ひっかかり”があった。


 


 彼女の中で、「兵器」としての回路に、わずかなノイズが走り始めていた。



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