選別の門
訓練が始まって三十日目。
午前の訓練を終えたリシアは、呼び出しを受けた。
「下士官候補生適性試験への参加者として、君に通知が届いている」
担当教官が読み上げたその文書には、リシア・ヴェルンの名が刻まれていた。
他に呼ばれたのは、全体の中でも上位評価者10名のみ。
この試験に合格すれば、次のステップは――士官学校予備課程。将校ルート。
不合格なら、歩兵として前線部隊に配属される。
「……この試験、どれだけ“現場で人間を動かせるか”を見るって話だぜ?」
「知ってる。模擬戦なんかよりずっと汚い勝負らしい」
ざわめく訓練生たちの視線が、またリシアに集まる。
だが彼女は関心を示すことなく、ただ静かに言った。
「当然のステップだ。使う側に回らなければ、生き残れない」
試験当日、選ばれた候補者10名は分隊に分けられた。
与えられた任務は、「撤退戦の指揮」――敗北が前提の作戦行動だ。
条件は3つ。
配下兵士を5人ずつ配属
十分な武装なし
陣地からの撤退と“戦力半数の生存”が勝利条件
試験官たちは天幕から水晶板を通して監視している。
各候補生が、どう配下を動かすか、どう生き延びさせるか――すべてを見ている。
リシアの班には、かつて模擬戦で彼女に囮にされた少年兵ラゼルもいた。
「……また、俺たちを使い捨てにする気か?」
問いかけに、リシアは首を横に振った。
「違う。今回は全員生かす。だが、全員“最も効率的に動いてもらう”。それだけだ」
彼女は地形を確認し、撤退ルートと伏兵地点を即座に判断。
それを元に、配下にこう命じた。
「前衛は斜めに後退しながら交互に掩護射撃。魔導符は使用を最小限に。私は最後尾で追撃部隊の足を止める。いいな?」
「お前一人で追撃を足止めするって? 無茶だ!」
「無茶ではない。“この身体”なら可能だ。私は、ただの人間じゃない」
その言葉に、一瞬皆が言葉を失う。
だがリシアの眼差しには、確信しかなかった。
模擬戦開始。
他の候補生たちが次々と脱落・戦力喪失する中――
リシアの部隊は、時間内に全員生存のまま撤退完了という唯一の成功を収めた。
結果発表の場。
教官は、水晶板を手に言った。
「リシア・ヴェルン。下士官候補生として、正式に上位任命。来週より士官予備課程に編入」
訓練生たちの間に、静かな驚きが走った。
「……彼女、やっぱりただの兵士じゃない」
「あれは……指揮官になるために作られた兵器だ」
その声に、リシアは反応しなかった。
ただひとつだけ、彼女の中で静かに燃えていた。
(上に立たなければ、“殺される側”になる)
(ならば――私は、戦場で王になる)