模擬戦
訓練所設営地の裏手には、小規模な模擬戦場が広がっていた。
土嚢、壕、木製の壁、そして稼働停止した魔導砲の残骸――
実戦さながらの戦場を模した訓練区域。
そこで今朝、教官からの通達が全新兵に告げられた。
「班ごとに分かれて模擬戦を行う。任務は“敵指揮官の捕縛または戦力壊滅”。制限時間は一時間。攻撃側・防衛側に分かれて交代で行う」
そして、その第一試合。攻撃側を率いるのが――
「班長代理、リシア・ヴェルン。部隊指揮を任せる」
突然の指名にざわめく訓練生たち。
「おいおい……アイツ女だろ?」
「いくら走るのが速くても、戦術なんて――」
しかし、リシアはまったく動じない。
むしろ、自分の番が回ってきたかとばかりに、静かにうなずいた。
「作戦開始は10分後。それまでに布陣・作戦を決定せよ」
仲間たち――正確には配属されたばかりの寄せ集め小隊――は、戸惑いの眼差しを向ける。
「で、どうする? とりあえず中央突破とか……」
その一言に、リシアは一瞬だけ目を細めた。
「それは最も愚かな手だ。敵にとって一番予測しやすく、こちらの消耗が最大になる」
「じゃあ、どうすんだよ」
リシアは、地面に木の棒で簡易的な地形図を描き始めた。
「敵はこの丘に主力を展開する。裏手の木立に小隊を配置して防衛線を張るのが定石。……ならば、正面に陽動を出し、私は迂回して指揮官の陣地を直接奪る」
「は? お前が一人で突っ込むのか?」
「私は孤児院で“どう逃げ延びるか”を叩き込まれた。……敵の注意を逸らしさえすれば、私一人で十分。残りは持久線に徹しろ。囮になれ」
一瞬、空気が凍った。
“仲間を囮にする”。
その言葉に反感を持った者もいたかもしれない。
だが、彼女はそれを「当然の戦術」として口にした。
教官のゴングが鳴る。模擬戦、開始。
開始10分、敵がリシア班の中央部に集中砲火を浴びせた。
その隙に、リシアは単独で裏手に回り、魔導障壁を解析し、指揮官役の兵士を“制圧”。
わずか17分後――模擬戦は、リシア班の圧倒的勝利で終了した。
教官たちは口を閉ざし、水晶板の記録を見つめる。
冷徹すぎる。だが正確で、迅速。
これは、たかが新兵の指揮ではない。
「勝因を述べよ。ヴェルン」
「合理性です。必要な犠牲を受け入れ、最大の成果を得ただけです」
「仲間を囮にした判断に、罪悪感は?」
「ありません。……私たちは“殺し合うために”ここにいます。感情で動いて死ぬ方が、よほど愚かです」
その場が静まり返る。
誰もが理解した。
リシア・ヴェルン――この少女は、「戦争」に適応している。
理性と本能の両方を、殺すために研ぎ澄ました“兵器”だと。
その日、彼女の名は教官たちの間で正式に記録された。
「強化素体00号――生存・覚醒の可能性」
知らぬ間に、彼女の“出生”に気づき始める者たちがいた。
だがリシア本人は、何も知らない。
ただ、戦場で生きるために、勝ち続けるだけだ。