鋼の胎動、雷鳴の演習
士官候補課程の修了試験から三日後、リシアは帝国軍中央本部の人事局に呼び出された。
重厚な扉の向こう、執務室にいたのは帝国陸軍人事局長――エイデルマン大佐だった。
「……君には、実地訓練時の成績、指揮能力、兵士からの信頼、いずれも高く評価されている。とくに《ルヴェール小演習》での指揮判断は、上層部に大きな衝撃を与えた」
《ルヴェール小演習》――
士官候補生たちによる部隊統率演習において、リシアは規定にない戦術――擬似電撃戦による縦深包囲を試み、わずか十五分で敵司令部の“制圧”に成功していた。
しかも損耗率は1%未満。兵力の集中、魔導支援の展開、歩兵と装甲の連携において、従来の訓練では見られない精密な戦術を“再現性のあるかたち”で実演してみせた。
「戦場の“空気”を読まない、君の合理主義的な指揮は、敵にとって脅威であると同時に――我々上層部にとっても、扱いが難しい」
エイデルマンはそこで一拍置き、リシアに視線を向けた。
「だが、だからこそ。……君のような者に任せる価値のある“部隊”がある」
机の上に置かれた任官辞令書。
そこに刻まれていた階級は――少佐。
「今日付で、君を少佐に任官させる。異例の速度だが……君の“結果”は、異例に値する」
「……ありがとうございます」
リシアは、ほとんど感情を込めずにそれを受け取った。
だが内心には――はっきりとした“勝利感”があった。
上に立つとは、命令を握ること。構造を書き換えること。
この瞬間、自分はついに“使う側”に昇ったのだ。
翌日。
帝都郊外の荒野に、重々しいエンジン音が響き渡っていた。
そこに展開していたのは、新たに設立された試験部隊《第零装甲試験師団》。
指揮官に任じられたのは、若き少佐リシア・フォン・ヴェルン。
帝国軍内で最年少の少佐にして、士官学校・実地訓練ともに前例のない評価を受けた“異物”。
「貴官のような指揮官が“融通”の利く立場にいれば、こちらとしても助かる」
エイデルマン大佐はそう言って手渡したのだった。
――試験部隊指揮の任命書。
それは、表向きには「軍制改革における戦術実験」の一環。
だが、実態はまるで異なる。
兵は規律すら身に付けていない新兵と懲罰上がり。
装備は旧式、試作、あるいは“規格外”。
車両も魔導装甲も標準化されておらず、補給系も整っていない。
――いわば“失敗してもいい部隊”だった。
だが、リシアは言った。
「では、地獄を始めましょう」
次の日
帝都郊外の荒野に、重々しいエンジン音が響き渡る。
そこには新たに創設された試験部隊――《第零装甲試験師団》がいた。
指揮を執るのは、若き少佐リシア・フォン・ヴェルン。
その名は士官学校での卓越した成績と、初任務での完璧な指揮により、軍内部でも注目の的だった。
「貴官のような指揮官が“融通”の利く立場にいれば、こちらとしても助かる」
エイデルマン大佐がそう言って手渡した命令書。
それは、帝国の軍制改革の一環として立ち上げられた最先端の装甲戦力試験部隊を指揮せよ、というものだった。
だが、与えられた兵は――落ちこぼれと評された若年兵。
機材は試作車両と旧式の装甲車。
装備も不十分、訓練も未整備。まさしく“ゼロ”からの出発だった。
「では、地獄を始めましょう」
リシアは冷静に、しかし一分の妥協もなく、訓練計画を叩き込んだ。
演習は毎日夜明け前から始まり、魔導士部隊には詠唱短縮と戦場即応の訓練、歩兵には車両との連携と高速展開行動、装甲部隊には機動・回避・砲撃命中精度を徹底させた。
遅れた者には罰があった。
だが、それは体罰ではなく――"無言の失望"。
リシアの無表情な横顔に、兵たちは何よりも恐れを抱いた。
ある兵士はこぼした。
「少佐殿に従えば生き残れる。だが……自分の心を、少しずつ削られていく気がする」
だが、成果はすぐに現れた。
戦車部隊は、都市想定訓練で全目標を30秒以内に制圧。
魔導士部隊は、詠唱補助魔導具の運用により火線内への支援を即応展開。
歩兵は、装甲との連携演習で全目標地点の掌握時間を従来の3分の1に短縮した。
数週間後の報告会、リシアは冷静に演習結果を示した。
「我が部隊は、電撃戦構想に基づいた“縦深突撃”の予行を終えました。被想定損耗率、0.7%」
「ほう……」
報告を聞いたエイデルマン大佐は、興味深げに眉を上げた。
「君の卒業論文は“機甲戦力の縦深突破における魔導支援の限界点と機械化歩兵の連動性”だったな。まさか、それを実演するとは」
「机上論で終わらせる意図はありません」
「まるで……“戦場の構造”そのものを書き換えようとしているかのようだ」
リシアは淡く微笑む――それは、冷笑に近いものだった。
「勝つために必要なら、構造も、常識も、書き換えます。過去に意味はありません。必要なのは、“これからの勝利”です」
その日、帝国軍はまだ名もなき装甲部隊の誕生を記録した。
だが後に、その名が戦史に記されることになる――《第零師団》。
別名、“鉄の疾風”と呼ばれる装甲の嵐の、最初の胎動であった。




