貞子のオフ会
カフェでの仕事にも慣れてきた頃、店長の紗栄子さんが「貞子ちゃんの歓迎会をしよう!」と声をかけてくれた。初めての歓迎会。少し緊張したけれど、A子さんやC子さんも笑顔で賛成してくれて、私は心から嬉しかった。
歓迎会は、近所のこぢんまりとした居酒屋で開かれた。紗栄子さんの明るい音頭で乾杯し、美味しい料理とお酒を囲んで、私たちは和やかに時間を過ごした。A子さんは相変わらず気遣いが細やかで、私に色々と話しかけてくれた。C子さんは、普段はマイペースだけれど、この日は少しだけ饒舌で、面白い話で私たちを笑わせてくれた。B子さんは、隅の方で静かに食事をしていたけれど、時折、私に視線を向けているのが気になった。
一次会が終わると、A子さんが「せっかくだから、もう一杯飲んでいかない?」と誘ってくれた。C子さんも賛成し、私たちは4人で近くのお洒落なバーへと移動した。薄暗い照明と、心地よい音楽が流れる落ち着いた雰囲気の店だった。私たちはカウンターに並んで座り、それぞれ好きなカクテルを注文した。
最初は、他愛ない話で盛り上がった。A子さんが最近ハマっているという海外ドラマの話や、C子さんが週末に行く予定のライブの話。私も、カフェでの面白い出来事などを話した。B子さんは、相変わらず静かにグラスを傾けていたけれど、時折、私たちの会話に小さく笑みをこぼしていた。
和やかな雰囲気が流れる中、ふとB子が、グラスを置くと、少し低い声で話し始めた。「ねえ、貞子さん」
私は、急に自分の名前が呼ばれたので、少しドキッとした。「はい、なんでしょうか?」
B子は、まっすぐ私の目を見つめてきた。その瞳には、歓迎会の時からの、どこか引っかかるような感情が宿っているように見えた。「あのね、前から少し気になってたんだけど……貞子さんって、なんだか私たちと、ちょっと違う気がするのよね」
私は、心臓がドクンと跳ねた。やはり、気づかれていたのだろうか。私の過去や、この世界に転生してきたことなど、話せるはずもない。
「違う、というのは……?」と、私は平静を装って尋ね返した。
B子は、少し躊躇しながらも言葉を続けた。「うーん、うまく言えないんだけど……話し方とか、反応とか、時々、すごく古いというか……それに、 急に感情を抑え込むような 感じになる時があるじゃない?私たち、同年代なのに」
A子さんが、慌ててB子を制止しようとした。「ちょっと、B子!そんな言い方……」
しかし、B子はA子さんの言葉を遮って、さらに続けた。「だって、そう思わない?この間だって、スマホの使い方を全然知らなかったり、流行りの音楽の話についていけなかったり……まるで、浦島太郎みたいじゃない?」
C子さんは、相変わらずマイペースにカクテルを飲みながら、「まあ、色んな人がいるんじゃないの?」と、特に気にした様子もなく言った。
しかし、B子の言葉は、私の胸に深く突き刺さった。隠そうとしても、やはり、私の異質さは周りに気づかれてしまうのだ。
「ごめんなさい」と、私は小さく謝った。「私は……少し、人とは違う環境で育ったので、まだ、皆さんのような話についていけないことが多いんです」
それは、嘘ではなかった。井戸の中は、社会とは隔絶された、全く違う環境だったのだから。
B子は、私の言葉をじっと見つめていた。その表情は、疑念の色を帯びているようにも見えた。「違う環境、ねえ……?なんだか、もっと深い何かがあるような気がするんだけど」
私は、言葉に詰まってしまった。何を言えばいいのか、わからなかった。過去のことを話すわけにはいかないし、かといって、誤魔化すこともできない。
気まずい沈黙が流れる中、A子さんが、明るい声で割って入った。「まあまあ、B子ったら!貞子ちゃんは、まだ私たちと出会って間もないんだから、これから色々なことを知っていくんだよ。ね、貞子ちゃん?」
A子さんの優しい笑顔に、私はなんとか頷いた。「はい、これから、皆さんのことをもっと知りたいと思っています」
B子は、まだ納得していないような表情だったけれど、それ以上は何も言わなかった。しかし、その場の空気は、先ほどまでの和やかさから一変し、少し重苦しいものに変わってしまった。
私は、カクテルグラスを握りしめながら、どうすればこの違和感を拭い去ることができるのだろうかと、深く考え込んだ。この新しい世界で、普通に生きていくことは、私が想像していたよりも、ずっと難しいことなのかもしれない。