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貞子初めてのバイト




朝の光が差し込む少し前、カフェのドアが開く。一番乗りは店長の紗栄子だ。優しく微笑んで店内を見渡し、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。すぐに香ばしい匂いが店内に広がり始める。


少し遅れてやってくるのは、アルバイトのA子。明るい声で「おはようございます!」と挨拶し、手際よく開店準備に取り掛かる。テキパキと動きながらも、隅々まで気を配る、頼れる存在だ。


その次に現れるのは、同じくアルバイトのB子。控えめな挨拶をするものの、どこか周囲を警戒しているような雰囲気がある。自分の担当の準備はきちんとこなすが、他のスタッフとの会話は必要最低限だ。


マイペースなC子は、いつもギリギリに出勤してくる。「おっはよー」と、気の抜けた挨拶をして、すぐに自分の好きな音楽をイヤホンで聴き始める。仕事は淡々とこなすが、周りの人間関係にはほとんど関心がない。


そして、まだ緊張の色が拭えない新人アルバイトの貞子は、少し早めに店に到着し、おずおずと「おはようございます」と挨拶をする。


開店と同時に、近所の常連客や、出勤前の会社員たちがやってくる。紗栄子は一人ひとりに柔らかな笑顔で声をかけ、A子は持ち前の明るさで注文を取り、手際よくドリンクを作る。B子は、黙々とケーキの準備やレジを担当する。C子は、イヤホンで音楽を聴きながら、自分のペースで食器を洗ったり、店内を清掃したりしている。


貞子は、A子に教わりながら、ドリンクの提供や簡単な片付けをこなす。まだ慣れない作業に戸惑うこともあるが、A子はいつも優しく丁寧に教えてくれる。「大丈夫だよ、ゆっくりで。何かあったら、いつでも聞いてね」その言葉に、貞子は何度も救われた。


しかし、そんな温かい雰囲気の中で、B子の視線は時折、A子に向けられている。A子が客と楽しそうに話している時、紗栄子がA子の仕事を褒めた時、B子の表情は少し険しくなる。A子の明るさや、誰からも好かれる人柄が、B子には妬ましく感じられるのかもしれない。


C子は、そんな周囲の空気など全く気にしていない様子で、自分の世界に浸っている。時折、鼻歌を歌いながら、マイペースに仕事を進めている。


忙しい時間帯が過ぎ、少し落ち着いた頃、休憩に入るスタッフが出てくる。A子は、貞子を誘って一緒に休憩室でお茶を飲む。「何か困ったことない?遠慮しないで言ってね」と、親身になって話を聞いてくれる。


一方、B子は一人で隅の席に座り、スマートフォンを眺めている。誰とも目を合わせようとしない。


C子は、休憩時間もイヤホンを外さず、スマートフォンで動画を見ている。他のスタッフとの会話はほとんどない。


紗栄子は、休憩時間も店の状況を把握し、困っているスタッフがいればすぐに声をかける。穏やかな笑顔と優しい言葉遣いで、店全体の雰囲気を和ませている。


午後の時間帯に入ると、学生や主婦層の客が増えてくる。店内は再び活気を取り戻す。忙しさの中で、それぞれの個性が見え隠れする。A子の明るい接客は客を笑顔にし、紗栄子の淹れる丁寧なコーヒーは常連客を安心させる。B子は、ミスなく正確に仕事をこなす。C子は、相変わらずマイペースだが、頼まれたことはきちんとやり遂げる。


貞子は、少しずつ仕事に慣れてきたものの、まだ周りのスタッフのようなスムーズな動きはできない。そんな時、B子が冷たい視線を向けてくることがある。「もっと早く動けないの?」と、 心に刺さる声で嫌味を言われることもあった。


そんな時、必ずA子がフォローに入ってくれる。「大丈夫、貞子ちゃんはまだ始めたばかりだから。私も最初は全然できなかったよ」と、明るく励ましてくれる。その優しさが、貞子にとっては何よりも心強かった。


閉店時間が近づき、最後の片付けが始まる。それぞれの持ち場を綺麗にし、明日の準備をする。C子は、最後まで自分のペースを崩さない。B子は、黙々と作業をこなし、誰とも目を合わせない。A子は、貞子に「お疲れ様!」と笑顔で声をかけ、紗栄子は全体に「今日も一日ありがとう」と労いの言葉をかける。


店を後にする時、貞子は今日一日の出来事を振り返っていた。優しい店長、紗栄子さん。面倒見の良いA子。少し怖いけれど仕事はできるB子。そして、どこか不思議なC子。個性豊かな人たちの中で、私はこれからどうやって生きていけばいいのだろうか。


まだ、不安はあるけれど、A子の優しさや、紗栄子さんの温かさに触れるうちに、少しずつ心が解きほぐされていくのを感じる。B子の冷たい視線や言葉は、まだ胸に刺さるけれど、いつか、彼女の心の奥にあるものも、少しだけ理解できるようになりたいと思う。C子の、誰にも流されない強さも、もしかしたら、私に必要なものなのかもしれない。


カフェの明かりが消え、静寂が戻る。貞子は、新しい一日への小さな希望を胸に、夜の街を歩き出した。このカフェでの日々は、きっと、これまで私が知らなかった人間関係というものを、深く知るための始まりなのだろう。

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