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すたーらいとろまんす

作者: L.Caffe

 自分で開けない限り、滅多に開かない地学同好会部室(実験準備室)のドアが開いた。


「ねえええ! 服部~!」


「なんだよ、若狭。やめろ、うっとおしい!」


 部活終わりで頭から水でも被ったような、いや実際被ったのか、同級生が迫ってくる。


 俺は、慌てて広げていた星図とノートをどけた。


「私ほら、ロマンストチストじゃん」


「言えてねえ」


「だから、あれ、流星? 見につれていってよ」


「見ろよ。朝三時に起きて東側の窓を開けろ。はいおしまい。あと流星じゃ無くて彗星」


「違うんだって。服部いいところで見てるんでしょ? そこに行きたいの」


「米沢に連れていってもらえよ」


 向かいで透明な箱にでも入っている感をだし、全く感知していなかった米沢は、やおら顔を上げ、その鋭い視線で俺を殺そうとしてくる。


オマケに珍しいことに、言葉も発する。


「あなたねえ。今の今まで何をやってたか忘れたの? 週末は私が家族旅行だから、あなたが一人でちゃんとデータとって、しっかりした観測結果を残すんだって、その準備してたんでしょう。脳みそボイルされてしまったの? しっかりしてよ」


 すごく怖い。


 すごくしっかりしていて、観測ファイルは俺の倍、棚に並んでいて、すごく長い髪をいつも左手でサラサラさせて、かなりふっくら魅力的な唇をいつも真一文字に結んで、高い鼻をつんと上に上げ高身長をもっと伸ばそうとしているみたいな米沢に、理不尽に怒られた俺は、ずぶ濡れバスケ少女のほうに情けない顔を向けた。


「いいでしょ? ね」


「邪魔すんなよ。こっちは部活でマジなんだから」


 ずぶ濡れは三点シュートを決めたように、腰に拳をぶつけて、よしっと言うと、バスケット選手みたいにドアから出て行った。


「閉めていけよー!」


「あ、美沙と靖子も来るから」


 声だけがして、ドアがバタンとしまる。


「三人も引き連れていくのかよ」


「ハーレムじゃん」


 米沢の顔を見たが、その唇はそれ以上何も言わなかった。




 二時集合、とSNSに書き込んだ手前、俺は一時には起きて顔を洗い、比較的小奇麗な身なりを整える。


「無駄なことを……」


 ため息をつく。でも、いつもと違うメンツで行くのも何か面白いことが起こるかもしれないと、少しだけ期待もした。「美沙」はいつも若狭望とつるんでるちょっとギャル寄りのデカイ子。米沢ほどじゃないけれど。「靖子」ってだれだっけ?


 思いながら玄関先に並べた機材を見てまたため息が出る。


「毎度のことだけど。これ持って二キロ歩くのキツイな」


 カメラの三脚を門柱に立てかけたところを懐中電灯に照らされる。


「おはよう。ん? こんばんわ?」


「若狭かよ。どっちでもいいわ。他の連中は?」


「コンビニの所で待ち合わせ」


「じゃあ、行くか」


 先を歩く若狭が、何度も俺をチラ見してくる。


「なんだよ、薄気味悪い」


「なんでもなーい。あ、あれ?」


 薄っすらと見える彗星を若狭は指さした。


「そう、あれ。へー。お前、目がいいな。地学部に来ないか?」


「ええー? 服部と米沢さんの愛の巣に?」


「なにいってんだ。体育館の熱気で脳みそ湧いたのか?」


「ほら、そういうところ」


「いやもう何言ってんの?」


「あ、お二人さーん!」


 はぐらかされた会話が宙に舞い、美しい星屑になって散った。


「俺って詩人……」


「おはようちゃーん! 服部っち」


 うわあ美沙っぽい。


「おはようございます。今日はよろしく」


 靖子。なるほど、4組の小さい子。


「4組の?」


「うん、そう。憶えててくれた?」


「ああ、図書委員会で一緒だったよね」


「そう! 覚えててくれたんだ」


 美沙と若狭の間に靖子が入ると、あの宇宙人の連行写真を思い出してしまう。


「なに笑ってんの服部。靖子が好きなの?」


「なにいってんだ」


「違うの? 残念」


 リュックに、カメラバック、三脚と資料が入った手提げカバンといういで立ちの俺をしげしげと見ていた靖子は、何か持ちます? と言ってくれた。


「お前らは困った俺を全く助けようとしてくれないのな」


 残りの二人に言ってみたが、ニヤニヤしているだけで返答はなかった。


「じゃあ、すまないけれどこのかばんを」


 三脚を肩にかけ、資料だけにしたカバンを靖子に渡すと、彼女は嬉しそうに笑って受け取った。


「俺、靖子ちゃん好きだなあ」


 今度はスマホを覗き込む二人に、全く無視された。


 暫く歩くと、コンビニの光は遥か後ろに遠ざかり、外灯も少なくなった。


「どこまで行くの?」


「この道、直角に曲がってちょっといくと丘の上、斜面のの畑のとこにに出るだろ。そこんところ」


「何分くらい?」


「15分くらいかな」


「えー」


「お前が連れていけっていったんだろ」


「まあそうだけどぉ……」


 ロマンチストどこにいったんだよ、と俺は顔をしかめる。やっぱりこんなだ、何かあるかもなんて淡い期待を抱いた俺はバカだった。優しい靖子ちゃんを除いて何もいいことはなかった。米沢と来るのと全然変わらない。


「あそこ?」


 美沙が指さす。


「そう、あそこ登ったところ」


 言い終わる前に運動部の二人は走り出す。靖子も行こうとするが、俺をチラ見して、走るのを止める。付き合ってくれるんだ。重い荷物を満載に担いだ俺を気遣って。ますます靖子を好ましく思う。


「うわー。ひらけたー」


「すごい、星が良く見えるーぅ」


「いいだろここ。どっこらしょ」


「おじさん臭い高校生もよく見えるーぅ」


「うっさいわ」


 ここでいい? と靖子もカバンを近くに置いた。ああ、と返事もそこそこに、俺は今日も彗星に会えたことに感謝する。


「空の神様、今日も晴天をありがとう。米沢不幸になーれー」


 ぐるぐる回ったりタイタニックごっこをしたりしていた二人の動きがピタリと止まり、俺を睨んだ。


「あ? え? なに?」


「いいい! いや、なんでも」


 いや、すごく怪しいんだけれど。ねえ、靖子ちゃん、と後ろを振り返ると靖子もキョロキョロしていた。


「ま、いいさ。俺は部活動はじめるんで、お前ら適当にお過ごしなさい」


 うん、うん、うん、と返事をもらって、俺はカメラだの組みたてテーブルだのノートだのを出して、いつもの体制を整える。すると、畑の脇道を誰かが上ってくるのが見えた。


「あららら。早! えーと、美沙!」


「あ、望。あっちで、彗星とばえる写真とってこよ!」


「あぁ、よーし。ばえちゃうぞー」


 明らかな動揺の空気を残して二人はまた走り出した。そして、明らかにその人影から何かを受け取っている。


「なにやってんだ?」


「あの、えーと……服部君」


「はい、なんでしょう靖子ちゃん」


「えーと、あの彗星は、もう帰って来ないのかな?」


「くるよ。何千年か後だけど」


「わあ、そんなに」


「ああ。多分7~8千年したら」


「8千年?!」


「うん。ちゃんと軌道計算できてるかどうかわからないけど、そのくらい」


「ええ……じゃあ、間違っちゃったかな……」


 二人は静かに戻ってきていた。そして、手に長い布のようなものを持って明らかにスタんばっている。


「ほら、靖子。こっち来なさいよ。はーやーくー」


 などとぶつぶつ言いながら。


 靖子は棒のように体を硬くして、うつむいたまま二人の所へと行く。そして、懐中電灯が二人の持つ横断幕を照らし出した。


『スターライトロマンス』


 明らかにあり合わせの材料で雑に縫い合わされた布に、ペンキか何かで書かれたボサボサの赤字がサスペンス感満載だった。


「ほら、言って、言って」


 厳しい演出だ。有無を言わさぬ命令に、靖子は顔を上げる。そして暗闇から長い人影が長い髪をサラサラさせながら登場し、しゃがみ込み、真下から靖子に懐中電灯の光を当てた。故意なのか? 靖子の顔が凄く怖い。


「わ、私も……えっと」


「5千年! 5千年よ」


「だって服部君が8千年だって」


「ええ? 米沢さんそうなの」


「そのくらい」


「じゃあ千年でいいわよ」


「ええ? 変わっちゃう」


「大したことないでしょ、ほらはやく」


「私も、数千年服部君を好きでいたいです!」


「ちがうでしょ! なんかアバウトでしょ、それじゃあ」


 核心部分が語られた後にダメだし……。こんなグダグダみたこともない……。


「なんなのお前ら? いやいやいや、そうじゃなくて! 米沢。あの……旅行は?」


 靖子に当てられていた光は、舌打ちと共に消された。影がぬっと立ち上がる。左手は長い髪をサラサラと三度撫で、その間にも影はずんずんと、こちらに迫ってきた。


「私の不幸を望んでくれた服部君に、私は何をお返しするべきかしら? ねえ……」


 明るくなり始めた空。そよぐ夏の風には微かなラベンダーの香り。

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