いざ、ダンジョン
色々突っ込まれたら困るが、そんな様子もないので勘違いされたままでいいか。
椅子に座りなおし、コップの水を飲む。
「ふぅ」
泊めてもらえる事になって安心したのか、お水がとてもおいしい。
ジェシカさんとエマちゃんが何やら話す。
「よろしく、です。」
エマちゃんの共通語だ!
私が泊まる事になったことを伝えたのだろう。
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。」
笑顔で答えるとテーブルの下に隠れてしまう。
テーブルの縁に手をかけ、目から上だけ顔を出している。エマちゃん可愛い。
流石に気になる事を聞いてみる。
「どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」
「この子に言われたってのもあるが、気まぐれみたいなものさね。」
部屋も余っているし、食事はどうせ自分たちが食べるのだから一人増えたところでって事?
本当にそうだろうか?
気まぐれで施せるほど裕福には見えない。
宿屋はしばらく前に畳んだらしい、じゃあジェシカさんは今何の仕事をしてるんだろう。
夕食の時から思っていたが旦那さんの姿が見えない、出稼ぎなのか或いは…
「他に聞きたいことは無いのかい?」
聞きたい事があるのは私の方なのに、ジェシカさんに催促されてしまった。
もしかしたら話題を変えたかったのかもしれない。
「あ、もしかしてこの村だと共通語ってあまり通じないのでしょうか。」
「そうだねぇ、村長や行商は流暢だろうけど他はあまり話せないかもねぇ。」
あまり話せる人はいないのか、じゃあ自称ジョンは何者だ?謎が深まる。
「あー、最近入ってきた街の連中ならみんな話せるかもね。」
「最近入ってきた?」
「こんな村にノコノコ来るぐらいだからお嬢ちゃんは知らないかもしれないけど、村の奥にダンジョンが出来てね。それから街の連中が村に住むようになったんだよ。」
なるほど、最近入植してきた人たちもいるのか。
じゃあ裏口のあたりの建物がそういう人たちの家なのかもしれない。
建物の密度が濃かったのはそういう事だろう。
「まったくダンジョンなんざ、さっさとぶっ潰してもらいたいもんだよ。」
「あの、ダンジョンってぶっつぶ…破壊出来るんですか?」
ぶっ潰すはちょっと言葉が乱暴すぎる。
「そんな事も知らないのかい?」
「すみません、そういう事には疎くて。」
まぁこの世界の常識なんて、何一つわからないけど…
「ダンジョンってのは一番最後のボスを倒したらぶっ壊れるって話だよ。」
ダンジョンはボスを倒したら破壊されるのか。あれ?最後のボス?
「ボスってのは一体じゃないんですか?」
「階層が深いとそりゃ何体も居るだろさ。」
何階層もあって中ボスがたくさん居るのか、なるほど。
「アイツもボスを倒したとかはしゃいでいたしね…」
あ、これはマズいやつだ…
「寝る、です。」
その時エマちゃんが目を擦りながらそんなことを言う。エマちゃんナイス!
「そうだね、私らは寝るとするよ。お嬢ちゃんはさっきの部屋を使っておくれね。」
「わかりました、そうさせてもらいます。」
ジェシカさんが吊るしているランタンを外した。
「ランタンの使い方くらいわかると思うけど、火傷だけは気をつけなね。」
「はい、気を付けます。」
ランタンを点けて持ってみる。
ライトじゃなくて本物のランタンだ、ほんのり温かい。
点けたばかりでこれならもっと熱くなるのだろう、火傷しないようにしないと。
ジェシカさんはエマちゃんにもランタンを持たせる。
「それじゃ、おやすみ。」
「おやすみ、です。」
「おやすみなさい。」
2人が奥に行くのを手を振って見送った後部屋へ戻る。
階段を上る時や廊下を歩く時にキシキシと鳴る音が良い味を出している。
部屋に着くと窓から月の光が差し込んでいた。これならランタンは要らないかな。
ランタンを消して机に置く、窓から外を見るとまんまるの月が見えた。
都会のように喧噪が聞こえるわけでもない、静かな夜だ。
そういえば今は何時なのだろうか、部屋には時計も無いしわからない。
夜に暑くもなく寒くもないからとりあえず季節は春か秋?
季節のない場所の可能性もあるか、考えても無駄だやめよう。
ワンピースを脱ぐとキャミソールと、かぼちゃパンツだ。
かぼちゃパンツの方が快適だしちょうどいい。
そのままベッドに潜り込んだ。
天井を見ながら考える。
見ず知らずの人を寝かせてくれるなんて不用心すぎる気がする。
でも、私にとってはありがたい。
田舎ってのはこういうものなのかも。
ジェシカさんは好きなだけ居ていいと言っていた。
でも、だからってずっとここに住むのか?
ジェシカさんがどんな仕事をしているかわからないが、そのお手伝いをして養ってもらう事は確かにできるかもしれない。
でも、ずっとというわけにはいかない。
やっぱりダンジョンかな…
この世界のダンジョンがどんなものかわからないけど、ダンジョンと言えばなんかお宝が眠ってたりして一攫千金を狙えるはずだ。
街から人が来たってのもお宝狙いだろう。
大金持ちになりたいわけじゃないけど、先立つものは必要だ。
そうと決まればさっさと寝ちゃおう…
目を覚ますとまだ暗かった。
窓の外を見ると太陽は出ていないが遠くがぼんやりと明るくなってきている。朝だ。
顔を洗って準備をする。
ワンピースを着てベルトを巻いてポーチを着ける。
ポンチョを被ってミトンもつけた。
猫リュックを背負い無骨バットを持つ。
月明かりがなかったのでちょっと手間取ったが完了だ。
ソロソロと廊下に出て階段を降り、正面の扉を開けて外に出た。
「どこに行くんだい?」
驚いて振り返ると寝間着姿のジェシカさんがいた。
「ちょ、ちょっとお散歩に…」
「はぁ… 散歩ってのは夕方までかかるのかい?」
「えーっと、まだ時間は決めてないというか…」
するとジェシカさんが近づいてきて何かを渡す。
受け取るとカチカチのパンと革の水袋だった。
バットの上に積み重ねられ身動きが取れない。
今度は何やら肩のあたりをモゾモゾと…
「まぁこんなもんだろ、それもよこしな。」
今度は無骨バットを奪われた、パンと水袋が落ちそうになって慌てる。
「わ、わわわっ」
「そら、できたよ。」
無骨バットが肩に固定された感じだ、これなら両手が使える。
「あの、えっと…?」
「夕方までには帰ってくるんだよ。」
そう言うとジェシカさんは背中を向けた。
「ありがとうございます!」
ジェシカさんは後ろ向きのまま手を振って部屋に戻っていった。
もしかしたら昨日の時点でわかっていたのかもしれない。
少女とはいえ棍棒(武器)を持っていたのだ、ダンジョンに向かうだろうと。
好きなだけ泊まれと言ったのは、ちゃんと帰って来いって意味か。
良い人だな…
パンが大きかったので半分に折って残りはリュックに仕舞った。
水袋も重たかったのでちょっと飲んでからリュックに詰める。
残りのパンをちびちび齧りながら村の裏口を目指す。
裏口付近に着くと人が歩いていた、やっと日が昇ってきた時間なのに早起きだなぁ…
【探検者】らしい。
おぉー探検者って職業ほんとにあるんだ!
その人が裏口から外へと向かって行く、この人もダンジョンに行くみたいだ。
私もその後に続く。
昨日、目を覚ました地点を通過しさらに歩いて行くと黒い壁があった。
前を歩いていた人が、その壁に触れると居なくなる。
え?ダンジョンってあれの事なの?
洞窟みたいな入り口とか、神殿みたいな入り口とか、もっとなんかあっただろうに…
もう少し近づいてみる。
近づくと思ってたより大きい。
高さは3メートルくらい、横幅も2メートルくらいありそうだ。
そんな黒い壁が地面からにょきっと生えたかのように立っている。
横から見ると厚みもあった結構太い、このサイズの質量を支えるためには厚さも必要なのだろう。
後ろに回るとこっちは真っ白な壁だった。
その時壁が鈍く光りだす。
何が起こるかわからない、最悪爆発するかもしれない。
急いで近くの茂みに入って様子を伺う。
しばらくするとさっきの探検者さんが黒い壁の方から出てきた。
きっと今から人出てきますって合図だったのかも。
探検者さんがキョロキョロ周りを見ている。どうしたんだろう?
何かを探していたのかと思ったがすぐにその場に座ってしまう。
隠れてしまったせいで、出て行きづらくなってしまった。
しばらく様子を見ていると、村の方から数人の足音がする。
あ、探検者が立ち上がった、歩いてきたのはお仲間さんかな?
見てみると4人の男の人たちだ、なんとその中に自称ジョンさんもいた。
【探検者】、【盗賊】、【上級騎士】、【司祭】、【魔導士】の5人パーティって事かな?
ジョンさん達が話を始める。
「27階層確認出来ております。」
「今日はやっと27層か、早く消滅させてやりたいものだ。」
「このダンジョンはおそらく30層なのであと少しでしょう。」
「殿下の拍付けのために丁度いいダンジョンと思っていたのですが、なかなか進みが悪いですかな。」
「焦る事はありません、着実にダンジョンを攻略なさっているのですから。」
「だといいのだがな…」
そう言いながら自称ジョンさんが手に付けている指輪のような物に触れる。
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【クリストファー・A・ウィリアムズ】〈人族〉
【20歳】
【騎士】
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いやいやいやいや、髪の色違うし!名前増えてるし!騎士だし!?
殿下って呼ばれてますけど、そのAってアーサーとかアーチャーだったりしちゃうの?
あの指輪で色々細工してたっぽい…
盗賊なんかよりも関わっちゃダメな人じゃん。
ビクビクしている私をよそに5人が壁の中に入っていった。
殿下の変身シーンを見たのがバレちゃったら処刑とかされるかもしれない。
今のは見なかった事にしよう、あの人はただのジョンさんだ。
うん、そうしよう。
気を取り直し壁に向かう、壁の黒い方に触れてみようとしたらすり抜けてしまった。
慌てて手を引っ込める、全然壁じゃないじゃん。
壁の横に立ち黒い方から手を入れてみる。白い方から手が出てこない不思議だ。
白い方を触ってみるとこっちは堅かった、ちゃんと壁だ。
なるほど、こういう風になっているのか。
検証も終わり、いよいよ入ろうと思う。
でもちょっと怖いよね、中が見えないし…
何度か深呼吸をして心を落ち着かせる。
「えいっ!」
そして私は掛け声を出してダンジョンの中に飛び込んだ。