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翌朝朝食を食べてる時に騎士が来るかと思ったけど、何事もなく朝食を終える。
なんなら昨日の視線なども無くなっていた。
みんなもう私たちの事に飽きちゃったみたいだ、飽きるが早い気もするがずっと変な目で見られるよりはよっぽど良い。
それよりも身体の違和感が私を悩ませる、部屋に戻って準備しながら考える。
これはまごう事無き筋肉痛だ。
身体は痛がっているけど、その効果で筋肉が付くとかそんな話を聞いた気がする。
確かに昨日ルイザさんと一緒にトレーニングっぽい事はしたけど…
ちょっとしたストレッチとか筋トレとかヨガみたいな変な動きとかその程度だ。
この程度で筋肉痛になっちゃうのは流石にひ弱すぎる。
まぁ逆にトレーニングの成果があったと言えなくも無いけど、これって回復したらダメなのかな?
回復魔法のシステムがいまいちわからないけど、回復魔法を使う事によって筋力が付かないなんてこともあり得る。
せっかく頑張ったのに意味が無くなっちゃうのは嫌だ。
ちょっと違和感はあるけど、身体を動かせないって程じゃないしルイザさんに聞いてみよう。
彼女は間違いなくトレーニーだ、彼女に聞けば間違いないだろう。
今日も早めに宿を出る、目指すは街の西側だ。
西側はタビレームがある方だし、下見も兼ねてちょっと先を見に行こうと思う。
馬車が走ってるくらいだから大丈夫だとは思うけど、リヤカーが通れないとかだと困ってしまう。
村から来たときは森を抜けてきたけど、こっち側はずーっと先まで何もない。
遠くに山らしきものが見えるが、山までは草原地帯が広がっている。
馬車で数日掛かるとすると、あの山の向こうに行かないとなのかな。
「ココアさん、タビーレムってここからどれくらいかかるんですか?」
「来るときは馬車で4日くらいだったけど、走れば3日も掛からないと思う。」
4日だと200kmくらいか、この気候や整備された道ならもう少し遠いかもしれない。
また走るって言ってるけど、昨日私がリヤカー注文したの見てたよね?
荷物も多くないし引っ張っても速度を出せるかもしれないけど、ココアさんのスピードで引っ張ったらすぐに壊れちゃうよ。
小金貨を払ってるんだ、そんなにすぐ壊されたらたまらない。
てか、3日掛からないって本気?かからないって事は2日って事だよ!?
24時間テレビで100km走ってる人を見た事はあるけど、荷物も何も無しで舗装された道路を走ってアレなのだ。
夜は明かりも無いから夜に走れない事を考慮したら、昼間だけで100km走るって事になるんだけど…
ココアさんは夜目も利くのだろうけど、夜も進むとか言われたら断固拒否しないといけない。
あとは天気か、屋根を付けてもらえる事になったから雨風を凌ぐ事は出来る。
でも雨の影響で道が悪くなったりしたら、天気が良くなってからも移動速度は落ちるだろう。
ここから見える範囲はかなり整った道に見える、ずっとこんな道なら多少の雨位問題ないだろう。
しかし遠くに見える山はどうだろうか、山越えの途中とかで雨が降ってきたらヤバいかもしれない。
進行のペースもまだわからないし、山の麓でちゃんと休憩できるように調整しないとダメそうだ。
せめて近くに村などがあればよかったのだけど…
昨日の訓練の時は北側に村らしき建物群があったから、こっち側も近くに村があると思っていた。
しかし見える範囲に村らしきものはない、村まではかなり遠いようだ。
安易に徒歩での移動を決めてしまったが、やっぱり馬車にすればよかったかも。
どうせ一本道なら迷わないだろうとか考えてたけど、どこが安全に休憩できる場所とか全く分からない。
草原地帯は隠れる場所も無いから盗賊など居ないだろうが、山間部は分からない。
あの山に山賊が住み着いていたらどうしよう。
何だか不安になって来た…
色々考えていたら人が集まり始めた、そろそろ今日の訓練が始まるらしい。
ルイザさんを見つけて早速筋肉痛の事を聞いてみる。
私が筋肉痛になったって話をしたらルイザさんとても喜んだ、素質があるとか今日も頑張ろうとか言っている。
もちろん頑張るけど、熱量が凄くてちょっと引いちゃうよ…
ちなみに回復しても問題ないらしい。
回復する事で超回復を妨げてうんぬんかんぬんって事は無く、またすぐに鍛えられるからどんどん回復しちゃえと言われた。
もしかしてモンクがムキムキなのは、自己回復出来るからなのだろうか。
ハロルドさんがムキムキすぎて目立っていなかったけど、モーガンさんも筋肉質だった気がする。
私もちゃんと鍛えたら他の人よりもムキムキなれそうだ。
そうなってくると治癒師って何なんだろう。
信仰心が無くてもなれるジョブなら、マッチョを目指す人は治癒師になればいい気がする。
でも今のところ治癒師ってのは治療院をやっている人しか見た事が無い。
信徒のジョブはあるけど、私は未だに治癒師のジョブを持っていない。
出来る事が被ってそうだからそこまで欲しいわけじゃないけど、箱士とか治癒師とかどうすれば手に入れられるのかとっても気になる。
訓練序盤は飛んだり跳ねたり走ったり、昨日出来なかったからとっても楽しい!
痛くなったら回復して、疲れたら回復してを繰り返して成人男性にも負けず劣らずの動きが出来ていたと思う。
昨日も参加していた人達は、そんな私を見てとても驚いていた。
流石にココアさんほどの動きは出来ないが、騎士団の人達にも褒められた。
そんな中ルイザさんだけが自慢げにしている、どうしてルイザさんが自慢げなのか…
そんな感じで休憩していたのだが、やっぱり治癒師の人はみんなの事を回復したりしないようだ。
多分今日居る人はこの街の治癒師の人だと思うんだけど、居ない日もあるらしいから居るだけましなのかな。
昨日のように後半は打ち合いになったんだけど、私は騎士さんと一緒に練習している。
私の他に12歳の男の子と20歳の女性も一緒だ。
初めての人とか打ち合いが出来ないような人はこういう対応になるらしい。
とは言え2人は初めての参加というわけでは無いから、単純に選べるのかも?
男の子は一生懸命素振りをしているが、女性の方はギラついた目で騎士さん達を見つめている。
多分きっとそういう事なのだろう…
前半はちゃんとやっていたように見えたけど、そんな目的で参加する人も居るのか。
確かに相手は全員騎士様だから、そういう目で見る人も居るのかもしれない。
どうしてここの騎士団は皆ちゃんと騎士さんなんだろう。
騎士団でもただの一般兵みたいな人が居てもおかしくないのに、私が見た限り全員騎士だ。
士爵ってそんなに簡単に手に入るのかな?
もしかしたら私の考えが間違えているとか?
騎士さんはみんな士爵だと思っていたけど、騎士だからって士爵じゃないのかも?
もしかしたら士爵っていう爵位が無い可能性する考えられる。
じゃあ騎士って何なんだろう?
戦士とかを鍛えて行けば手に入るただのジョブなのだろうか、それだったら騎士さんがいっぱいいるのも納得はいくけど…
逆に若い人が多すぎる事に疑問を感じる。
ジョブに関しては考えてもしょうがないか、他のジョブもわからないことだらけだ。
お姉さんの事は放っておいて自分の事に集中しよう。
せっかく先生が居るのだから色々教えてもらわないとね。
「一通り試してみても良いですか?」
騎士団の用意していた木製武器を指しながら、担当の騎士さんに聞いてみる。
「そうですね、一通り試して気に入ったものを探しましょうか。」
とりあえず細めの棒のようなものを手に取った。
先端にボンボンみたいなのが付いてるし、きっと槍って事だろう。
立ててみると私の身長より少し長いから、150cmくらいかな。
長い割には軽い感じだ、細いから?
これなら片手でも振り回せそうな感じがする。
適当にブンブン振っていると騎士さんに声をかけられる。
「それは一応槍に該当する武器なので、そういう使い方はしないのですよ。素手では危ないですし手袋や他の武具も付けましょう。」
言われるがままに防具を付けられていく、付け方がわからなかったからやってくれるのは助かる。
これで全身革装備を身に着けた姿になった。
見た目ほど動きにくさは無いけど、全部つけるとやっぱり少し重たい。
防弾チョッキとか付けたらこんな感じの重量感な気がする、まぁ付けた事とか無いけどね。
「それでは握り方からですね。片手は付け根の方を持って、もう片方の手はそこから開いて真ん中よりを持ちます。」
「こうですか?」
せっかく長い武器なのにリーチが短くなっちゃってるじゃん。
「いい感じですよ、そのまま腰を低くして棒を引いてください。身体がぶれないくらいに手の間隔を調整してくださいね、後はそのまま突き出せば完璧です。」
木の棒が軽いから突き出すことは容易だが、長いせいか先端が少しぶれる。
最初はまっすぐ突けなかったけど、広く持ったり狭く持ったりを試しているうちに丁度いい握り場所がわかって来た。
そこへいつの間にか盾を持って来ていた騎士さんが声をかけてくる。
「それではそのままこの盾を突いてみましょう。」
貸し出し用の丸い盾を持った騎士さんが私の前に立つ。
どっしりと構えているわけでは無くて自然体な感じだ、私の突き程度へっちゃらなのだろう。
舐められている気もするが実際初心者だし、むしろちゃんと盾に当てられるか不安なくらいだ。
棒を両手で握って足を踏ん張って突き出す。
ゴンって音がしたと思ったら、棒がすっぽ抜けてしまった。
最初は棒の端っこを持っていたのに、今は真ん中あたりを握っている。
もしかして盾に押し返されたの?
「初めてなのにすごいですね、とても綺麗な突きでしたよ!」
「えっと、失敗しちゃったみたいで…」
棒の真ん中を持ったまま騎士さんに手を上げて見せる。
「いえ、むしろ正しく突けたからそうなっているんですよ。力の強い方だったら手首を痛めてしまっていたかもしれませんが、リリィさんはちゃんと滑ったみたいですね。」
本人は褒めているつもりかもしれないが、力が弱いってディスられてる気がする。
「もう一度突いてみてください、今度は逸らすのでさっきと同じにならないはずです。」
今度は思いっきりやってやろうかと思ったけど、結果が変わるらしいからさっきのようにやってみる。
コンっとさっきより軽い音と共に、今度は開いた方の手が根元の手にくっついた。
手元を見て目をパチパチする、なんだこれ…
騎士さんを見るとドヤ顔だ。
「面白いでしょ?リリィさんの突く時の姿勢が良いのでそうなるんですよ、姿勢の悪い人は今ので前につんのめったりしますから。」
ガツンと当たればすっぽ抜けて、カス当たりだと手が戻って来るって事か。
「槍というのは刺されば勝ちですが、それ以外もあいこになる武器です。今みたいに私は反撃できずにお見合いに戻ります。初めのは私が正面で受け止めましたが、大抵は2回目のように逸れる事が多いです。逸れた時に姿勢が崩れてよろめいたりしない限り、負ける事はないでしょう!」
え、じゃあ受け止められたら負けって事?
「納得いきませんか?確かに最初に防がれた時は、相手の姿勢も崩れず距離も詰められましたね。でも実践ではそうそうあるものでもありませんし、最悪の場合は手を放してしまえばいいんです。」
そんなことしたら戦えなくなるんじゃ?
「ちょうどあそこの探検者さんが槍を使って戦っていますから、少し見てみましょう。」
騎士さんに言われてそちらを見ると、探検者同士で組手をしていた。
勿論本物な訳はなく、私の棒の倍はありそうな長めの棒を槍のようにして構えている。
相手の人は盾を構えているからさっきの私達と似たような構図だ。
盾の人が少し動くと槍の人が棒を突き出す。
後ろに避けたり盾で弾いたりしてダメージにはならないが、中々距離を詰めさせない。
盾の人は普通サイズの木剣だから、距離を詰めないと戦いにならないだろう。
他の人達と違ってカンカン打ち合ったりしないで、長い事お見合いの状態が続く。
めちゃめちゃ地味だけど、確かにこれが続けば槍を持ってる人は負けないかも。
しばらく攻防を見ていると、盾の人は少しずつ動きが悪くなっているようだ。
ここからだとよくわからないけど、避けてるように見えて何発か食らっちゃってるのかもしれない。
そのまま槍の人が地味に勝つのかと思っていたら、戦況に動きがあった。
盾の人が今までは左右に逸らしていた攻撃を正面で受け止めたのだ。
盾の人がそのままダッシュして斬りつけたが、槍の人は後ろに飛び退いている。
そして背負っていた盾を手に持って、腰から剣を抜いた。
あれ、槍は?
さっきまでは槍と剣盾の戦いだったのに、どっちも剣盾になってしまった。
と思っていると元々剣盾だった人が何かを蹴っ飛ばした。
蹴とばされた其れが私たちのそばにコロコロと転がって来た、棒だ。
きっとさっきまで槍だった人が使っていた棒だろう、騎士さんが言ったように本当に手放しちゃったみたいだ。
「あの…」
「なんですか?」
騎士さんの言うようになったけど、ちょっと確認しないといけないことがある。
「あの人、剣と盾を持ってるんですけど…」
「そうですね?」
それが何か?とでも言いたげな顔だ、私の言いたい事がわからないらしい。
「槍を手放したら槍が使えないじゃないですか!」
「ああなっては仕方ありませんよ、本物の槍なら盾を貫けたかもしれませんが所詮ただの棒です。それに恐らく実戦で正面から盾で受け止めるような人は槍で貫けないような盾を構えていますから、どっちにしろ槍がダメになってしまったでしょうね。」
こともなげにそんな事を言い出した。
「えぇー…」
「槍を使う人は大抵別の獲物も持っているものです。騎士とかも槍のイメージがあるかもしれませんが、皆腰に剣を提げているでしょう?あの方は槍を手放す判断も早かったですし、武器の持ち替えもスムーズでしたから槍の扱いに慣れているのかもしれませんね。」
私の槍のイメージだと斬ったり突いたり振り回したりして、槍一本で一騎当千みたいなそんな武器だったんだけど…
そんな使い捨てみたいな武器だったなんて、ちょっとがっかりだ。
「お、向こうに槍盾の人が居ますね。リリィさんが槍を片手で扱うのは難しいかもしれませんが、片手での扱い方も勉強しましょう。」
「あ、はい…」
言われるがままにそっちの観戦が始まる。
見てみると、さっきよりもさらに地味だった。
槍盾の人は私の棒みたいな短い棒と大きな盾を持っているのだが、全く動かないのだ。
動く相手に合わせて向きだけ変えて、その場から動く気配が無い。
相手の人は二刀流?なのか、普通の木剣を順手で持って短い剣を逆手で持っていた。
ビジュアル的にはあっちの方がカッコイイ、二刀流とかロマンがある。
槍盾の人は全部盾で受けてはいるけど、突き出す棒は全く当たらず一方的に殴られているように見える。
二刀流さんが業を煮やして、無理やり後ろを取ろうとした時についに棒が当たった。
遠目で良く見えなかったけど、渾身の突きとかじゃなくて相手が勝手に棒に引っかかったような感じだ。
「こりゃ酷い…」
「何が起こったんですか?」
ただ棒に引っかかったようにしか見えなかったのに、二刀流さんは地面に転がって悶絶している。
「あれはただ突っついただけですよ、大して力も入れてないんじゃないかな?今まで全部防いでたのに、最後に隙を見せて突っ込ませたって感じですね。」
二刀流さんが無理したんじゃなくて、槍の人が釣ったらしい。
うん、全然わかんない。
槍盾さんが悶絶してる二刀流さんを担いでテントの方に歩いて行く。
さっきまでは盾が大きくて誰だかわからなかったが、担いでいる姿を見ると訓練のリーダーさんだ。
探検者さんに手合わせをお願いされたのかな?ちゃんと強い人だったみたいだ。
「う~ん…相手の手数が多すぎて防戦だったからちょっと参考にならないですけど、まぁあんな感じです。」
「はぁ…」
急に雑だなおい。
「他に槍を使ってる人も居ませんし、私と練習しましょうか。」
「わかりました。」
そしてまた練習が再開した。
いつも『ダンジョンと白の魔女』を読んで頂いてありがとうございます。
これからも皆さんに面白いと思ってもらえるようなお話を書けるように頑張っていきますので、応援していただけると嬉しいです。