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「ココアさんリリィさん、明日もよろしくお願いします。」
何故かココアさんがリーダーの人に名前を憶えられていた。
今日の訓練で活躍とかしたのかな?
「おつかれさまでしたー。」
騎士さん達に挨拶をしてココアさんと一緒に宿に帰る。
リーダーさんの話では、明日は街の西で訓練があるらしい。
開始時間も今日と同じとの事だった。
ルイザさんは明日お休みらしいけど、休日はみんなバラバラなのだろうか。
みんなが週末に休んじゃったら、週末に誰も居なくなっちゃうからしょうがないよね。
今日の訓練には10人くらいの騎士さんが来ていた。
詰所にも人を置いておかなきゃいけないから、もう10人くらいは騎士さんが居るのかもしれない。
別に何かが街を襲ってくるわけでもないし、実際は分からないけどね。
帰りにはギルドへ寄ってみた、さっきルイザさんが言っていた定期便とやらを確認するためだ。
私の予想が会っていれば、各街をつなぐ馬車の事な気がする。
お姉さんに聞くと、カレンダーを見ながら教えてくれた。
何処の街でも大体週末に馬車を出すらしい。
この街は東西南北すべてに馬車が出るんだとか、ちゃんと村行きのもあるんだね。
私は別に急いでないし、この定期便ってのでタビーレムに行けばいいかな。
ついでに予約を取っちゃおうかなと思い、ココアさんの方を見ると首を振っている。
サーティにも馬車で来たって言ってたし、馬車で戻るんじゃないの?
「タビーレムってここから遠いんですよね?馬車を使わないなんですか?」
「馬車は狭くて臭いから歩いて行こう、そっちの方がきっと早いよ。」
ケモ族だから鼻も利くのかな、でも歩きの方が速い事なんてあるだろうか。
「馬車より速い…ですか?」
「馬車は何かとすぐ止まるのに、たいして早くないだろ?それなら歩きの方が自分のペースで休憩できるし、ところどころ走れば距離も稼げるよ。」
歩くだけでも大変だろうに、さらに走るとか本気!?
「私は走ったりなんて…」
否定しようとしたらココアさんが耳打ちをしてくる。
「リリィは体力回復が使えるだろ?馬車なんかより走った方が絶対速いよ。」
確かに、疲れても回復すればずっと走れるのかも…?
いやいや、靴擦れとかしたら走れなくなる。
あれ、それも回復出来るのか。
もしかして本当に馬車とかいらないのかな…
臭いとかはわからないけど、馬車に乗っているだけでも結構大変だ。
クリス達の時は知り合いだったし紳士だったから良かったが、見知らぬ人達が乗ってるであろう馬車だとストレスもあるだろう。
そうか、臭いってのは他の乗客のことか。
確かに、馬車の中に匂いが籠るのはちょっと嫌かも。
それならいっそ乗らないってのは、かなりアリな気がしてきた。
歩きならココアさんの言うように、自分のタイミングで休む事ができる。
1人だったら流石に心細いが、ココアさんが一緒なら寂しくない。
ココアさんは走るとか言ってるが、別に走らなくたって良い。
むむむ、これは本当にいい案なのでは…
お姉さんにお礼を言ってギルドを後にする。
結局馬車の利用は辞める事にして、今はお店に向かっている。
馬車を使わないのなら代わりに欲しいものがある。
それを売ってそうなお店をお姉さんに教えてもらったのだ。
教えてもらった場所に行くと、ガレージみたいな広い空間に色々なものが置いてあった。
確かに、このお店なら私の欲しいものが手に入りそうだ。
すぐそこで作業をしている人に声をかける。
「すみません、こちらで車輪の付いたソリを買えると聞いてきたのですが…」
「ソリですか?少々お待ちください。」
そう言って若い男性が奥へと向かって行った。
ここは馬車のワゴンやキャビンの部分を修理してくれるお店らしい。
らしい、というのはお姉さんがそう言ってたからだ。
私としてはそんな専門的すぎるお店あるわけが無いと思っている。
実際さっきの男性も木を切り出して、箱みたいな物を作っていた。
きっとここは木などを加工してくれるお店なのだろう。
私の考えているものが無くても、一から作ってくれるかもしれない。
しばらく待っていると、さっきの男性が奥からハチマキみたいなのをした無精ひげの男性を連れてきた。
腰には工具みたいな物をぶら下げているし、まさに職人って感じだ。
「車輪の付いたソリが欲しいらしいが、ウチじゃそんなもの扱ってないぞ。どこでそんな話を聞いてきたんだ?」
「ギルドのお姉さんに聞いてきました、馬車を修理してるお店があるから行ってみたらいいよって。」
騎士団がリヤカーみたいなのを使ってたからあると思ったのに、一般的な道具じゃないのかな。
「なるほどね、それじゃあウチであってんだな。お嬢ちゃんが欲しいのは本当にソリか?車輪の付いた箱ならあるんだが…」
「多分それです!見せてもらっても良いですか!?」
騎士団のやつが大八車みたいに薄っぺらかったからソリを連想しちゃったけど、リヤカーは普通に箱だよね。
「見せても何もそこにあるだろ?」
「へ?」
親方風の男性が指さす先には確かにリヤカーらしき物があった。
色々な物がありすぎて気付かなかったが、ベッドサイズのリヤカーだ。
「あの、何だか随分埃をかぶっているみたいですけど…」
「そりゃそうだろ、しばらくそこに置きっぱなしだからな。けっこう前に作った物なんだが、大きすぎるせいで買い手がつかなくてな。」
確かに一般的なリヤカーよりは大きい気がするけど、私はこれくらいのサイズが欲しかったからちょうどいい。
「少し引いてみても?」
「ああ、いいぜ。おい、その辺少し避けてやれ!」
若い男性が他の物をどかしてくれたので試しに引いてみる。
「お、おぉ!?すごい、動いてますよ!」
「何を喜んでるんだ、動くに決まってるだろ…」
親方さんに変な目で見られてしまっているが、私は初めてリヤカーを引っぱったんだ。
こんなに大きな物を私でもちゃんと動かせる事に驚いたっていいじゃないか。
「いいですね。これを譲ってほしいって言ったら、おいくらぐらいになりますか?」
「本来なら700デルと言いたいところだが、このまま売れ残るよりは売れた方が良いし500でどうだ?」
ただのリヤカーなのにそんなにするのか、やっぱりサイズが大きいから高いのかな。
普通のサイズだといくらなんだろ?
「ちなみにもう少し小さいサイズだとおいくらなんですか?」
「おいおいそいつを買ってくれるんじゃないのか?まぁそれの半分くらいのサイズだと300デルだが、今は在庫が無いから一から作る事になるぞ?」
やっぱり大きくて高いから売れ残ってたみたいだ、わざわざ小さいサイズを作ってもらうつもりはない。
「いえ、参考までに聞いてみただけです。私はこのサイズが気に入ったのでこれを譲ってもらおうと思います。そこで相談なのですが、これに屋根を付けたりすることは出来ますか?」
「屋根だと?もちろん出来るが、値段はあげさせてもらうぞ?」
多少値段が変わったても問題ない、それよりも屋根を付けれるのは嬉しい。
雨の時はココアさんのテントにお邪魔しようと思っていたけど、これに屋根が付いたらそのまま寝所として使える。
「はい、お値段は問題ありません。屋根とは言いましたけど幌みたいな感じで、高さもあまり必要ないです。それと引いていない時に立たせられるように、脚みたいな物も付けてほしいです。」
「ほぉ、そうなってくるともう馬車みたいだな。修理はやってるが馬車を作ったことは無いんだ、少し面白そうじゃねぇか。」
馬車は馬が居なきゃ使えないから、親方さんが手掛けた事が無くても仕方ないと思う。
この街なら馬を持ってる人はすでに馬車も持ってるだろうしね。
やる気になってくれるのはこっちとしても助かる。
「屋根などを付けると、どれくらいの時間が必要ですか?」
「んー、やってみないとわからないが2、3日くらいだろう。」
急なお願いなのに3日で出来ちゃうのか、工期の事はよくわからないがきっと早いと思う。
「色々追加でお願いしちゃいましたし、込々で1000デルでどうでしょう。」
「大きく出るじゃねぇか、そこまで出されたらこっちも本気でやらせてもらうぜ。」
元々700$って話だし、足りないって言われるかと思ったけど、大丈夫だったみたいだ。
「はい、それではおねがいします。3日後の朝にお伺いしますね。」
そう言って小金貨を手渡す。
「確かに受け取ったぜ。おいノリス、今日はもう上がれ。代わりに明日は早めに出て来い、いいな?」
「わかりました。」
親方さんがそう言うとノリスさんは帰り支度を始める。
そうか、訓練は明るいうちに終わったけど確かにそろそろ良い時間だ。
夜の明かりはランプが頼りだ、街頭なんかも勿論無い。
まだ欲しい物もあるし、他のお店がしまっちゃう前に急がなきゃ!
その後何とか買い物を済ませて、宿屋さんに着いた時には日が沈みかけていた。
宿屋さんはお部屋も廊下も明るいし、これで一安心だ。
フロントでカギを受け取り部屋に戻ると、鏡の前に書置きがあった。
『昼間に騎士が来ました、お話を伺いたいとの事です。』
名前は無いけどきっと給仕の時のお姉さんだろう。
お姉さんが私の事を言わなくても、お姉さんと私に接点があるのは騎士団もわかっていることだ。
せっかく匿名で知らせたのに結局こうなるのか、どうしたもんかな…
「リリィどうしたの?ご飯たべよう?」
「そうですね、食堂に行きましょうか。」
ココアさんはお腹が空いているようだ、先にシャワーにしたかったけどご飯が先でもいいか。
2人で食堂に行きいつもの席に座る。
注文してしばらく待っていると、何やら方々から視線を感じる。
周りのお客さん達がヒソヒソ言いながらこちらを見ているのだ。
「今日は何だか変ですね。」
「銀髪の少女だとか、ケモ族だとか言ってるよ。」
ココアさんはほんとに耳が良いな、ヒソヒソ話まで聞き取れちゃうんだ。
昨日は私達がご飯を食べてても何の反応も示さなかったのに、急に銀髪やケモ族が珍しくなったのだろうか。
他のお客さんの方を見ると目が合った後慌ててそらされてしまう。
何の話をしているかわからないが、ちょっと居心地が悪いな。
いつものお姉さんが注文したお料理を持って来た時に、小さな紙を手渡して来る。
『昨日連れていかれた人達が、銀髪やケモ族と喚いていたせいだと思います。』
お姉さんも食堂の変な空気を感じ取ったのか、わざわざ紙に書いて教えてくれた。
昨日も給仕をしていたし、騎士が来た時の事を近くで見ていたのだろう。
うーむ、もしかしてこれは私がチクったのバレバレなのでは…
他のお客さん達は私達とアイツらの関係がわからないから、単純に怯えているのかも。
ただでさえ3階に泊まっている客だし、どこぞの貴族の娘とか思われてそうだ。
今日は昼間に騎士が来たらしいけど、明日朝食の時とかに来られたら言い逃れできそうにないな。
朝に捕まらなくても、訓練に参加したら参加者の騎士から何か言われるかもしれない。
明日も参加するって言っちゃったし参加しないのは流石に失礼だ。
訓練をさぼったとしても、明日はアーシャちゃんが来るしここを離れるわけにもいかない。
そもそも、リヤカーが完成するまでこの街から出られない。
これは詰んだ…
嘘つき冒険者達を捕まえてもらったのは、ココアさんは勿論自分の身を守るためだし後悔は無い。
どんな話をされるかわからないが、あきらめて騎士団に協力しよう。
最悪全部クリスのせいにしてしまえばいいだろう。
居心地の悪いまま食事を終えて、そそくさと部屋へ戻る。
嫌がるココアさんの服を引っぺがしシャワーを敢行する。
嫌がりはするものの大人しく洗われている辺り、やっぱりシャワーが気持ちいいのかな。
この調子ならすぐに慣れてくれそうだ。
私がシャワーを終えて部屋に戻ると、ココアさんが鏡を見ながらブラシで髪を梳かしていた。
あまり見た目とかにこだわらないタイプだと思っていたのに、これは意外だ。
私と目が合うとブラシを後ろ手に隠してしまう、もう現場は抑えているのだがそういう反応も可愛いからアリだな。
「ココアさんもちゃんと女の子なんですね♪」
少し茶化した感じで言ってみると、ココアさんの顔が赤くなっていく。
「いや、違うっ!こ、これは耳の手入れをしていただけで…」
そうか、ココアさんはケモ族だからか耳が頭についている。
一応アーシャちゃんの真似をしてやってみたのだが、髪を洗うときに耳回りが下手だったのかもしれない。
私のせいでココアさんの耳が腐ってしまったりしたら大変だ!
「あ、ごめんなさい。アーシャちゃんみたいに上手に出来てなかったですか?」
急いで駆け寄って、ココアさんの両耳をポンポンする。
「え?いや、ちゃんと気持ちよかったよ…んっ」
家政魔法で乾かしているだけなのに、ココアさんが色っぽい声を出す。
そのまましばらくポンポンを続ける。
「ちょっ、もういいから…んぅ」
頭を撫でるだけの時はこんな反応しなかったのに、やっぱりポンポンは気持ちいいようだ。
あまり虐めるのも可哀そうだし、この辺にしておいてあげよう。
「えっ、もぅ…おしまい?」
そろそろ自分の支度もしなきゃと思って手を放すと、上目使いでそんな事を言ってきた。
そうだった、ココアさんはそっちのけがあるんだった。
でも安心してほしい、私にはそういう趣向は無いからココアさんには手を出さないよ。
いや、ココアさん的には残念なのか?
この後もっとして、とか言われたら私は自分を抑えられるだろうか…
いやいや何を考えてるんだ、私はノンケだぞ。
そもそも耳を触られて反射的にそうなっちゃってるだけで、ココアさんが私にそういう感情を持っているわけじゃない。
落ち着け落ち着け…平常心平常心…
そんな事を考えていたが、ココアさんはそのまま横になってしまっていた。
疲れちゃったのかな、本当に危ないところだった。
私も身支度を整えてココアさんと一緒にベッドに潜る。
横になりながらココアさんの耳を少し触らせてもらったのは仕方がないだろう。
いつも『ダンジョンと白の魔女』を読んで頂いてありがとうございます。
これからも皆さんに面白いと思ってもらえるようなお話を書けるように頑張っていきますので、応援していただけると嬉しいです。