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探検者さんはお礼を言って訓練に戻っていった。
戻る時に元々着ていたシャツの処置に困っていたようなので、預かる事にする。
血で汚れてはいるけど、別に穴が開いたりしているわけでは無い。
きっと洗えばまた着られるだろう。
ケガ人が居なければ暇なだけだし、洗ってあげようというわけだ。
脱いだ時にすぐ洗えば私のシャツをあげなくて済んだのかもしれないが、あの時はすぐに思いつかなかったからしょーがない。
「そんな事も出来るのか。まぁ好きでやっているなら構わないけど、他のケガ人を治せなくなるほど魔力は使わないでおいてね。」
今度は変なポーズを取りながら、ルイザさんがそんな事を言ってくる。
そうか、確かに回復役でここに居るのに魔力が無くなったら大変だ。
今のところゴードンさんの時以降、頭痛とかの症状は無いけどあんまり調子に乗らない方が良いかも。
「さっきの方を治したのも良くなかったですか?」
あの怪我は訓練の怪我じゃない、そんな事に魔力を使ったのはマズかっただろうか…
「んー魔力が足りてるなら問題ないんだけど、査定をどうしようか迷っちゃうね。」
また違うポーズを取りながら答えてくれる。
「査定ですか…?」
「そうさ、リリィちゃんも他の人達も騎士達によって観察されてるんだよ。」
まぁ変なことしてたら注意しなきゃだし、見られてる事は何とも思わない。
でも査定って何だ、仕事の内容でお給料が変わるって事?
確かに依頼の紙に50$~とは書いてたけど、私の場合怪我人が来なきゃ回復出来ない。
怪我人の居ない時は稼げなくなっちゃう。
訓練してる人もみんな同じ事をやってるし、どう言う基準で査定しているんだろう。
ポージングに満足したのか、ルイザさんが隣に座って話を続ける。
「たとえばリリィちゃんは、さっき水を補充してくれたよね。あれは契約に無いけど水を運ぶ手間が省けた、ああいうのは追加でお金を貰えるだろう。それと休憩中に1人1人に回復をかけていたよね。あれは契約内の事ではあるけど、今日の人数全員の体力を回復させたのは驚異的だ。おかげで休憩を短くすることが出来た、こういうのはプラス査定になる。」
そっか、全員にかけてあげる必要はなかったみたいだ。
とはいえ、いっぱい回復したからって身体に異常もない。
お給料が増えるならラッキーだ。
「さらにさっきの探検者の治療も見事だったし、今は洗浄魔法まで使っている。実力は褒めるに値するんだけど、訓練の助けになったかと言うとちょっとねぇ…」
確かに私が勝手にあの人を助けただけで、直接訓練には関係ない事だ。
「まぁさっきも言ったけど、魔力が足りなくなって治療出来ないとかにならない限り好きにしたら良いよ。」
マイナスにはならないけどプラスにもならないって事か、あんまり言われると魔力が不安になってきちゃうな。
「そうそう、さっき袋からシャツを取り出していたよね。癒し手なのに服装も動きやすいものにしているし、私はそういうやる気のある子が大好きなんだ。個人的に査定をプラスしちゃうほどにね。」
そう言ってニカっと笑顔をこちらに向ける。
さっきのは査定に影響しないけど、やる気で査定アップしてくれるって事?
なんかズルい気もするけど私に損はないしルイザさんが良いならありがたく貰っちゃおう。
シャツが乾いたので畳んでからテーブルの上に置く。
それを見てからルイザさんが立ち上がった。
筋トレに飽きたのかと思ったけど、私のことを待っていただけらしい。
「リリィちゃんにぴったりのメニューを思いついたんだけど、これからどうだい?」
「はい、よろしくお願いします。」
座っている間そんなことを考えていたのか。
今更だけど、ルイザさんは金髪でベリーショートのおば…お姉さんだ。
年齢は言及しないけど、お姉さんだ…
ただ、ジェシカさんよりも上とだけ言っておく。
顔立ちも整っているし、気さくに対応してくれているが言葉使いや所作なども洗練されている。
苗字があるから士爵になった騎士さんじゃなくて、もともと貴族のお嬢さんだったのだろう。
そうそう、苗字の話の続きになるけどこの世界の士爵は苗字を貰えないらしい。
と言うのも、騎士さんの中に苗字のない人が結構いるからだ。
騎士ってのはただのジョブで、騎士団がただの自警団みたいな組織なら士爵を否定出来たのだけど。
騎士団はちゃんと国営だし、騎士を名乗ってる人は騎士勲章みたいなのを貰ってるはずだ。
騎士になる時に王様から『〇〇の名を授ける!』みたいな事を言われるんだと思ってたんだけどな…
もしかしたら、乙女ゲームのヒーロー特有のイベントだったのだろうか?
昔の王様が騎士を登用しすぎてめんどくさくなったのかもしれないし、いつの間にか簡略化されたのかもしれない。
どうせ世襲されないし名前だけでも問題ないって事なのかな。
まぁ名前の事は良いとして、ルイザさんだ。
何故こんな所で騎士なんかやってるんだろう?
こんな年まで現役でやってるのはなんか引っかかる。
他の家に嫁ぐのが嫌で騎士団に入団したんだとしても、もうベテランの年代だ。
どっかで偉い職についていてもおかしくない。
現にルイザさん以外の騎士さん達はみんな20歳前後だ、若い人だと16歳なんて人も居る。
この街は辺境の街だし娯楽などもないだろう。
きっと若手が研修みたいな感じで数年飛ばされる所な気がする。
「リリィちゃん、お尻が上がってきてるよ!ほら、もっと下げて下げて。」
ちなみに今は空気椅子をやらされている。
足がプルプルして倒れそう。
「辛いよね、でもみんなも辛いんだ。辛い時に可愛い子の笑顔なんか見たら、きっと疲れも吹っ飛ぶよ。さあ、笑って笑って。笑顔でやればリリィちゃんも、もう少し行けるよっ!がんばれがんばれっ!」
無理やりニコッと笑顔を作り、転ばないように踏ん張る。
この人ほんとに騎士なのか?
ジムのインストラクターと言われた方がそれっぽいでしょ…
「はい、お疲れ様。いやー、リリィちゃんはガッツがあってすごいね。うちの連中にも見習わせたいくらいだ。」
「あ、ありがどうございます…」
荒くなった息を整えながら、お礼を言う。
いくつかのメニューをこなしてやっと休憩をもらえた。
一息吐こうと思っていたのに、早速お客さんらしい。
さっきまで全く怪我人が来なかったのに、私が休憩になった途端に3人も現れた…解せぬ。
3人とも街の人らしく、ルイザさんと面識があるのかもしれない。
1人1人症状を聞いて治していくのだが、会話はすれどみんな目を合わせてくれなかった。
ルイザさんに弱みでも握られてるの!?
処置が終わりみんなが訓練に戻ったので、ルイザさんに話しかける。
「あの、ルイザさんって何者なんですか?」
「何者って言われても、ただの騎士団員だよ。まぁ女だったり歳がいってたりするかもしれないけど、別に何もないよ。」
直接聞いてみたけど、本人は無自覚なようで答えには辿り着けそうにない。
休憩の後はまたトレーニングだ。
途中で探検者さんが1人来たのだけど、処置後はそそくさと戻っていく。
もしかしたらルイザさんが睨みを効かせているのかと思い、振り返ってみるがニコニコしているだけだった。
私が鈍感なだけで、何か変な気でも放ってたりするのかな?
そんなこんなで訓練は終了となった。
「これから来る人も居ると思うから、もう少しここで待っててね。」
私がココアさんのところに行こうとすると、そう言って止められる。
私にはここに居ろって言ったくせに、ルイザさんはリーダーっぽい人の所へ行ってしまった。
他の参加者達は受付みたいなところに並んで、順次お金を受け取っている。
私も並びたい…
ボーっと参加者の列を眺めていると、さっきの探検者さんがやってきた。
この人が来るって事だったのかな、確かにテーブルにはさっきのシャツが乗っている。
「さっきはありがとう、少ないかもしれないが受け取ってくれ。」
そう言って、握り込んでいた小銀貨をテーブルの上に置く。
小銀貨が10枚だ、今日の分の稼ぎかな?
「それは今日の稼ぎじゃないんですか?せっかく治療費をケチったのに、私に払っちゃったら意味ないですよ。あ、それとこれさっきのシャツです。洗っておいたので持って帰ってください。」
テーブルの小銀貨を掴み、シャツに乗せてシャツごとお返しする。
シャツを受け取ったまま、探検者さんはしばらく動かなくなってしまった。
「いや、しかしだな…」
何やらブツブツ喋っている。
「もちろん最初はケチろうとしたさ、でもそんな俺を心配してシャツまでくれたじゃないか!」
払わないと気が済まないって感じだけど、私は受け取るつもりはない。
「私はお仕事でここにいるんです、個人的なお金を受け取るつもりはありません。どうしてもと言うのなら、そのお金を飲み食いに使わないで次怪我した時はちゃんとすぐに治してもらってください。」
探検者さんはジーっと私を見つめてから、観念したように頷いた。
「あぁ、わかったよ…ありがとな。」
納得してくれたようだ、それじゃあ私もお給料をもらいに…
「治癒師さん、話は終わったのかい?」
席を立とうとすると、他の探検者さんに話しかけられてしまう。
よく見ると結構な人数が順番待ちをしているようだ。
「ちょっと待て、まだ俺の話が終わってねーだろっ!」
「お前のせいでケツが詰まってるんだよ、後ろに周りな。」
なんだなんだ、この人達は。
もう訓練は終わったはずなのに、どうしてこんなに並んでるんだ。
「コイツで1発回復を頼めないかい?」
そう言いながらシャツをあげた探検者さんを押し退けて、別の探検者さんが1枚の小銀貨を手渡そうとしてくる。
ルイザさんが言ってたのはこれの事か!
並んでる人達も、きっと回復を受けに来たんだ。
治療だと銀貨が掛かる事はさっき覚えた、これは体力回復って事かな?
皆さんのお財布事情はわからないけど、小銀貨程度なら金額的にも痛くないのだろう。
訓練前に言っていたのは怪我の心配がないって事じゃなくて、終わった後で回復してもらえる事だったのかもしれない。
訓練の後にサウナで整えるみたいなノリで、こんなに人が並んでいるのか。
明日に疲れを残さないために必要なのかもしれないけど、あまりにも多い。
これだけの人数から1枚づつ少銀貨をもらえたら、結構稼げたんじゃないだろうか。
しかしシャツの人にお金を突き返してしまった手前、これは受け取りますじゃ格好がつかない…
「その少銀貨はしまってください、並んでる皆さんもですよ。私はまだお仕事中なので、お金は頂きません。」
くぅ、稼げるチャンスだったのに…私のバカ。
私の言葉を聞いて並んでいた人達から歓声が上がる。
「マジかよ、今日の訓練は大当たりだな!」
「金取らない治癒師とか居るのか?明日は雪なんじゃ…」
「貴女が女神か…!?」
「好きだ、結婚してくれー!」
残念、女神じゃなくて私は天使だ。
もちろん聖職者って意味ね?自称天使とか流石に痛い。
何やら求婚している人も居るみたいだけど、きっと幻聴だろう。
順番に回復を行っていると、最後尾にはココアさんが待っていた。
ココアさんも回復をして、話しかける。
「おつかれさまでした、ココアさんでおしまいですか?」
「うん私で最後だよ、リリィもおつかれさま。」
これで本当に終わったようだ。
終わるのを待っていたかのように、騎士さん達ががテントの片づけにやって来る。
「まさか本当に無償で回復するとは…」
「だから言っただろ?聖職者ってのは治癒師みたいな守銭奴とは違うんだよ。訓練にも参加するつもりで来てたみたいだし、実際一生懸命やってたしね。」
リーダーの人とルイザさんだ、私の話をしてるのかな?
「こんな事なら、もう少し多めに用意するべきでした。」
「そんなんだからアンタは此処に飛ばされたんだよ、まぁこうやって少しずつ見識を広めていけばいいんじゃないかい?」
若くしてリーダーを務めているから、この人はきっとエリートさんなのかな?
でも、ルイザさんに飛ばされたとか言われてるし…
隊長さんもやる気がなかった、やっぱりこの街はそういう人が飛ばされる場所なのかも。
「貢献度には見合わないかもしれないですが、これが本日のお手当になります。」
そう言ってリーダーの人が巾着袋みたいな物を渡してくる。
さっきまであった受付はもう片付けてしまったようで、わざわざ持って来てくれたみたいだ。
「いえ、お金を頂けるだけでありがたいです。私はただここに座っていただけですから。」
見合わないとか言っているが、小さな巾着の割にそこそこ重量感がある。
治癒師さんを守銭奴とか言っているし、回復職ってのはきっと他の職業より稼げる職業なんだな。
「そうだ、リリィちゃんは明日も参加するのかい?」
どうだろう明日の予定は今のところ無いけど、筋肉痛が少し心配なくらいか。
まぁ、それも回復で治せそうだし問題ないかな?
「これからどこへ向かうかは知らないけど、定期便は明後日だろ?出かけてた治癒師も帰って来ただろうから、明日は街の治癒師も訓練に参加するはずだ。今日みたいに待機してないで、みんなと一緒に訓練を受けられると思うよ。」
村に派遣してた人が帰って来るから、治癒師の人員が確保できるって事かな?
回復役は居れば居るほど良いだろうから今日みたいに座っていても良いかもしれないけど、せっかくなら参加してみても良いかもしれない。
ココアさんを見るとウンウンと頷いている。
定期便が明後日ってのは知らなかったけど、元々明日はアーシャちゃんの予約を取っているから街を離れるわけでもない。
ココアさんの頷きは、明日も暇だから訓練しようって事かな。
「明日は予定も無いですし、参加させてもらおうかと思います。」
「おぉ、流石リリィちゃんだ。明日私は休みなんだけど、明日も遊びに来ようかな。」
ルイザさんがそう言った瞬間この場の空気がピリつく。
「ルイザさん、休息日はちゃんと休んだ方が良いと思いますっ!」
「せっかくのお休みなんですから、趣味などに時間を使ってはいかかですかっ!?」
片づけをしている若手の騎士さん達が揃ってそんな事を言い始める。
「別に私が勝手に遊びに来てもいいでしょ、私が顔を出したら不都合でもあるの?」
「いえ、そんなことは無いのですが…」
「単純にお休みは大事だという話ですよ、ははは…」
街の人達の反応も変だったし、この騎士さん達の反応も変な感じだ。
ルイザさんは面倒見の良い姉御って感じだから、嫌われているって事は無いと思うけど…
今までで分かってるのは、ルイザさんが筋トレマニアって事くらい?
そっか、ルイザさんが居るときっと訓練が辛くなるんだ。
ルイザさん本人が自分を追い込むタイプだから、ルイザさんのようなベテランがやっていたら他の騎士さん達もやらなきゃいけなくなる。
今日は私と一緒にテントに居たから被害は無かったけど、明日訓練に参加するとなると話が違う。
さっきの街の人達はきっと常連さんで、ルイザさんの被害者だったのかも。
私のメニューを邪魔しないようにしたのは、ルイザさんに目を付けられたくなかったから?
私と目を合わせなかったのは、後ろめたさがあったのかもしれない。
どれほどハードかは分からないけど、触らぬ神に祟りなし的な事だったのか。
探検者とかはこの街に居る間暇だし、死の危険も無い訓練だから全力でもいいだろう。
でも騎士さん達や街の人達は日々のお仕事もある、あまりハードだと次の日に影響する。
まさかとは思うけど、ルイザさんがこの街に居るのはそれも理由なのか?
訓練にルイザさんのような人が居れば、新人の育成も捗るだろう。
上層部の人が、そういう采配でここに配属しているのなら中々の狸だな。
厳しい教官さんとかなら文句も言えるけど、ルイザさんが無自覚なせいで若手にとっては地獄だろう。
可愛そうだとは思うけど、私じゃ助けてあげることは出来ない…
せめて明日の為に体力を回復してあげよう。
騎士さん達に体力回復を施してあげると、2人とも泣きそうな顔になっていた。
荷物を運ぶ2人の背中がさっきよりも小さく見える気がする。
そうやってみんな大人になっていくのよ…がんばれ。
いつも『ダンジョンと白の魔女』を読んで頂いてありがとうございます。
これからも皆さんに面白いと思ってもらえるようなお話を書けるように頑張っていきますので、応援していただけると嬉しいです。