一人は寂しい
私は今トーマスさんのお店に居た。
カウンターの中に入れてもらい、膝を抱えて座っている。
クリスのせいで酒を飲まされ、みんなに痴態を晒してしまった。
どうせ子供なんだし、そんなもんだろとも思う。
この身体になって以前よりもさらにお酒に弱くなってしまったみたいだ。
顔が赤くなったり頭が痛くはなったが、あんなにろれつが回らない事は無かった。
これから先お酒には本当に注意していかなければならない。
勢いで出てきてしまったが、このままだと私の事置いて帰っちゃうのかな…
「兄貴、リリィどうしちゃったんすか?」
「知らねーよ、自分で聞け。」
パメラさんが心配しているみたいだ。
良いぞ、そのまま私に構って!
相手して欲しくてきたんだから。
「リリィ、どうしたの?」
「………」
声をかけてほしくて待ってたのに、返事をせずにめんどくさい構ってちゃんムーブをする。
「私には話せない事かな?」
「………」
もっと心配して、寄り添って!
そんな駆け引きをしているとお店の扉が開く、お客さんだ。
「パメラ手伝え。」
「はいっす。」
あー、パメラさんが仕事モードになっちゃった…
ダンジョンも無くなり、みんな帰る準備で忙しいのだろう。
もしかしたら、ここに居るだけでも邪魔になるかもしれない。
仕事をする2人を横目に、私は裏口から外に出た。
まだ戻るには速い。
ジェシカさんもエマちゃんも、今はゴードンさんと家族水入らずで楽しんでいるだろう。
ダンジョンでも見に行こうかな。
消滅したって話では聞いたけど、あの場所がどうなったのか見ていない。
時間もあるし、見てみるの事にした。
裏口から歩いて行くと、ダンジョンのあった場所はただの広場になっていた。
本当にダンジョンが無くなっている。
当然探検者の姿も無い。
何度か座った切り株に腰を下ろした。
あんなに大きな壁が跡形もなく消えてしまっている。
何もなくなっちゃったな…
最初はもちろん一人だったけど、ジェシカさんに拾ってもらい泊めてもらった。
トーマスさんのお店でパメラさんとも仲良くなった。
面倒事が嫌でクリス達と関わらないようにしてたのに、さっきまで普通にお話ししてた。
でも、みんな私とは違う。
やる事があったり、帰る場所がある人たちだ。
自分だけが取り残されてしまったような、そんな疎外感が私を襲う。
これからほんとにどうしよう…
膝を抱えてうずくまる。
そのまま膝を抱えていると、いつの間にか夕方になっていた。
流石にもう帰らなきゃ、でも帰ってもいいのかな…
ゴードンさんも元気になったし、もう私なんか用済みなんじゃ?
今日は邪魔しないようにって思って、宿屋を離れていたからお手伝いもしてない。
ほんとはジェシカさんやエマちゃんも、私の事邪魔って思っているかも…
どんどん思考が悪い方に向かってしまう。
宿を出るにしても、荷物はまだ部屋にある。
やっぱり一旦戻らないといけない。
重い腰を上げ、ジェシカさんの宿屋に戻るため歩き始めた。
村に戻ると、もう随分と暗くなっていた。
明るいのは酒場だけで、トーマスさんのお店も閉まっている。
無意識のうちに歩みが遅くなっていたのかもしれない。
宿屋に戻るのが気まずいから、足取りも重くなったんだろう。
宿屋に着くと入り口に人影が見える。
きっとジェシカさんだ、感傷的になって勝手に沈んでたけど待っててくれたんだ。
逆に悪いことしちゃったな…
「ジェシカさん、すみません遅くなってしまいました。」
返事がない、どうしたんだろ?
もう少し近づいてみると人影がジェシカさんじゃないとわかった。
「お待ちしてましたよ、リリィさん。」
人影はエドワードだった。
「宿の方に聞いたところまだ帰っていらっしゃらないとの事だったので、こうして待たせていただいておりました。」
「何か御用ですか?」
クリスに言われて来たのだろうか、さっきに比べてこちらの留飲も随分と下がっている。
むしろ寂しかったくらいだ、独りぼっちよりなら一緒に連れてってほしい。
「我々は明日の朝早くにこの村を去ります。その事をお伝えしに来ました。」
私を置いて行っちゃうって事?
連れ戻しに来たんじゃないの?
奥歯を噛んで、ぎゅっと手を握る。
あんなに私の事を構ってきたくせに冷たいじゃん…
どうしてこうなんだろう、お酒を飲んでから変だ。
寂しいとか構ってほしいとか、とても子供っぽい。
もともとただの他人だ、私に構ってたさっきまでの方が変なだけなのに…
なんか…寂しいよ…
何て言えばいいんだろう。
私の方から連れてってとか、置いて行かないでって言うのも変な気がする。
「そうですか…」
何とかひねり出して言葉を呟いた。
エドワードが変な顔をする。
「この時間まで何をなさっていたか知りませんが、今日は早くお休みになってください。村の入り口に集合です、寝坊などなさらないようにしてくださいね。」
そう言って去っていく。
また勘違いしてしまったらしい、もう私の事は連れて行く事になっているんだ。
話の途中で私が席を外したから、明日の予定を伝えに来ただけだったらしい。
私が勝手に話が無かった事になったと思っていただけだったんだ。
安心したからだろうか、身体の力が抜けていく。
「あぁ、それから。テオドールさんは貴女の事を妾とか言っていましたが、本当に妾になろうなんて思ってませんよね?リリィさんのような素性の知れない人間が、少しクリス様に気に入られたからって勘違いしないでくださいね。」
昼間の事のフォローだろうか、私の横を通り過ぎるときにエドワードがそんな事を言った。
私が落ち込んでいた理由はそれじゃないのだが、彼なりの優しさかもしれない。
ちょっと泣いてしまった。
宿の扉を開くとエマちゃんが飛んできた。
「遅いっ!お姉ちゃん…何やってた!?」
「ごめんね、色々やる事があって。」
何もしていないが、そう言ってごまかす。
「お姉ちゃん泣いてる…?」
さっき泣いたのがバレてしまったらしい、ここは一時撤退だ。
「すぐに食堂に行くから待っててね、いったん部屋に戻るから。」
そう言って階段を駆け上がる。
とりあえず顔を洗い、手ぬぐいを目に当てた。
しばらく冷ましていたいが、あまり待たせることも出来ないのですぐに下に降りる。
食堂に入ると、ゴードンさん、ジェシカさん、エマちゃんの3人が座って待っていた。
ジェシカさん一家そろい踏みだ、いやゴードンさん一家なのか?
苗字がないから婿なのか嫁なのかわからない、まぁどっちでもいいか。
「すみません、おまたせしました。」
「何かやる事があったんだって?最近手伝いやエマの相手ばかりさせちゃってたから、こっちこそごめんよ。」
「こうしてみんな揃って食事が出来るのもリリィさんのおかげです、さぁ食べましょう。」
「お腹すいた。」
泣いた跡が気になるが、もう暗いしランタンの明かりだけなら誤魔化せるだろう。
食後に明日ここを離れる話を切り出そうと思ったが、何故かすでに知っていた。
エドワードが来た時に説明されたらしい。
「さっきの兄さんに聞いたよ、あの人たちと一緒に街に戻るんだってね。」
「あ、はい…一緒に戻る事になりました。」
戻るとは言うが別に街から来たわけでもない、ちょっと変な感じだ。
「ここまで一人で来たと聞いたよ。商会の荷馬車に乗せてもらってたのかもしれないが、やはり一人での旅は危ないからね。お兄さん方と一緒に帰るのは良い判断だと思うよ。」
ゴードンさんは私の一人旅を心配していたようだ。
商会の馬車で来たと思っているらしい。
そうか、トーマスさんやパメラさんと一緒に街に戻るという手もあったんだ。
「おねえちゃん…帰っちゃう…?」
「せっかくの機会だから明日戻る事にしたんだ…」
エマちゃんが寂しそうだ、急に決まった事だし私も寂しい。
「お友達…なったばっかりのに…」
「エマはジェシカに似て賢いから、もう少ししたら街の学校に通うだろ?街に行けばまたリリィさんと会えるかもしれないじゃないか。」
ゴードンさんがフォローする。
エマちゃんは学校に行くのか、二人のように商人になるためかもしれない。
私が街に居を構えている話なんてしていない、そもそも流浪の信徒なら一か所に留まらないだろう。
エマちゃんを宥めるために言ったのかな。
「また会える?」
「うん、きっとまた会えるよ。」
またこの村に来るかもしれないし、生きていれば会う事もあるかもしれない。
嘘じゃない。
「じゃあ、勉強…する。」
「そうだねぇ、頑張って勉強したらエマも天使様になれるかもしれないねぇ。同じ教会に所属したら、毎日会えるんじゃないかい?」
ジェシカさんは何を言ってるんだ、家業は良いのか。
今までの感謝やお別れを告げ会話はお開きとなった。
今日は3人並んで寝るらしい、家族っぽくていいと思う。
私は久しぶりに1人でベッドに入った。
朝早いらしいけど、決められた時間もない。
暗くても目が覚めたら村の入り口に行こう。
そう決めて目を閉じた。