たちゅけて…
「そんな感じで解決しました。」
とクリスに報告する。
「いやー助かりました。お礼です、どうぞ。」
ミルクだ、先に用意してたらしい。
用も済んだし帰りたかったのに、座れって事?
まだ話があるのだろうか、面倒な事にならなければ良いけど…
「ありがとうございます、いただきますね。」
そう言って席に着く。
「みんな席を外してくれないか?」
クリスに言われ4人は別のテーブルに向かってしまった。
ジト目でクリスを睨む。
「皆が居てはリリィさんが気を使うかと思って、配慮しただけですよ。」
そんなわけないじゃん、みんなに聞かせたくない話があるに決まってる。
「リリィさんは、何かお困りではないですか?色々とご迷惑をかけてしまったので、お力になりたいと思っています。」
何かお返しをしたいってことかな?
来たばかりの時は確かに大変だったが、今は別に困ってる事とか無いような気がする。
毎日エマちゃんと遊んだり。
診療所の人たちも、話は通じないが良くしてくれる。
トーマスさんのお店でパメラさんとお話しするのも楽しい。
今日はゴードンさんも帰ってくるし、夕御飯にお肉が出るらしい。
あれ、何か大事なことを忘れているような…
「私たちはこれから街に戻るんです。この酒場は村の倉庫になります。隣の商店はたまに来る行商人が店舗として使う事になりそうですが、基本的には空き家です。リリィさんは診療所に通われているようですが、もう回復魔法が必要な方も居ないのでは?」
そうだ、この村に馴染んできて忘れていた。
私も街の人たちと同じ、よそ者なんだ。
クリスは私も村を出る前提で話している。
私たちってのはパーティな事じゃなく、私も含めたよそ者全員のことか。
旅の信徒のふりもしちゃったし、癒す人が居なくなったのに留まってどうするんだ。
きっとジェシカさんは、ずっと住んでいても文句言わないかもしれない。
でも目的地があるにしろ無いにしろ、いつかはこの村を去ると思っているはずだ。
私はこれからどうしたらいいんだろう…
「そこでどうでしょう、私たちと一緒に街へ向かいませんか?」
その提案のために座らせたのか。
確かに目的もないし、この世界に詳しい人と行動を共にするのはアリかもしれない。
クリスなら魔女の事を隠したりせず気兼ねなく話も出来るだろう。
だが、魔女である事以外にも私はおかしなところがある。
やはり一緒に行動するのは危険か?
なんて断ろう、目的地があるって言うには地名が全くわからない。
実際は目的もないし、本当はあんまり嘘もつきたくない。
どうしようどうしよう…
「私達と一緒は嫌ですか?」
私がミルクのコップを凝視していると、横から覗き込むようにクリスの顔が出てきた。
ギャー!近い近いっ!
「嫌とかじゃなくてっ!」
反射的にそう答えてしまった。
「そうですか、では一緒に向かうという事で。」
「あっ…」
クリスはしたり顔で頷いていた。
別にクリスのことは嫌いじゃない、何を考えているか分からないがきっと良い人だ。
「事情はわかりませんが、私たちと一緒の方がリリィさんにも都合がいいと思いますよ。」
私のことを詮索もしてこないし、ただの善意なのだろう。
クリスが何に対して都合がいいと言ってるかは分からないが、私にとって都合がいいのは確かだ。
「わかりました、よろしくお願いします。」
「えぇ、リリィさんが一緒なら帰りの旅も楽しくなりそうです。」
クリスはとても嬉しそうにそう言った。
本当になんなんだ、こんな話をするためにわざわざみんなを遠ざけたの?
ボーっとクリスの顔を眺める。
こうして見ていると、まるで近所のお兄さんのようだ。
本人もプチ家出と言っていたし、羽目を外したいのかな。
私が同行するだけでこんなに喜んでくれるなら、まぁ悪くない。
「どうかしましたか?」
私が見ている事に気付いたようだ。
キョトンとした顔で私を見る。
「ぷっ、なんでもないですよ。」
クスクス笑う私を見てクリスは不満そうだ。
可愛いところもあるじゃないか。
そしてクリスは頬を掻いた。
その後は残りのパーティメンバーとの顔合わせもした。
顔はすでに見ていたから、自己紹介みたいなものだ。
「前回の酔っ払いの時もそうですが、今回も相手を挑発しましたね。あまり危険な事はなさらない方が良いかと思います。」
と言ったのは上級騎士のハロルドさん。22歳
「旅の信徒と聞きました、お若そうなのに素晴らしい事です。私達も教会で祈るだけでなく、もっと民に救いの手を伸ばせるように活動するべきですね。」
と言ったのは司祭のニコルさん。24歳
「テオドール、魔導士です。」
テオドールさんはあまり話さないみたい。21歳
一応エドワードも自己紹介してくれた。
「今はダンジョン探検のために探検者ですが、普段は…まぁ良いでしょう。よろしくお願いします。」
全然良くないんだけど!
私の事を尾行してたし密偵とかだと思ったけど、きっとやばいジョブに違いない。
エドワード22歳
「駆け出しの騎士です。気軽にクリスと呼んでくださいね、リリィさん。」
何故かクリスも自己紹介ごっこをした。
それとあなたは騎士ですらないのよ…盗賊20歳。
こうして5人並ぶと壮観だ。
ハロルドさんは見るからに硬派って感じの細マッチョイケメン。
ニコルさんは中世的な顔立ちで若い頃は女の子と間違われたんじゃないかって感じの美形。
テオドールさんも二人に負けず劣らずカッコイイ。
クリストファーとエドワードは、言わずもがな。
何だこの空間は…
皆もちろん苗字もあったが、どうせ呼ばないし省略!
みんな私にちゃんと職業教えてくれるけど、クリスは私の事なんて説明したんだ?
なんか私も改めて挨拶した方が良さそうだ。
「もうご存知かもしれませんが、リリィと言います。まだ14歳なので、皆さんあまり畏まらないでください…」
「「「なっ!?」」」
テオドールさんは無反応だが、他の3人は驚いたようだ。
ハロルドさんは腕を組んで唸っている。
モーガンさんは急にお祈りし始めた。
「くっ、小娘だったか…」
おい、エドワード。
お前のは声に出てるんだよ!
本当にどんな説明したの!?
クリスを見ると頬を掻いて遠くを見ている。
誤魔化すな!!
「クリス様が気に入ったのなら、リリィ様の年齢なんてどうでも良い事でしょう。」
そう言ったのはテオドールさんだ。
しかも様って何?
「あの…私の年齢が何か?」
テオドールさんはなんでもなさそうにこう言い放った。
「リリィ様はクリス様のお妾になるのでは?」
頭が真っ白になる。
髪も真っ白に、いや髪は元からだった。
顔も真っ白に、いや肌も元々色白だ。
「………」
まだ飲んでいなかったミルクを一気に煽り、コップをダンッとテーブルにを叩きつける。
「私帰ります!」
席を立とうとしたら、ふらついてしまう。
「はれ?」
何だこれ、頭もヅキヅキ痛い。
これ、ただのミルクじゃない…
頭を抑えながらクリスを睨む。
「くりしゅ…ましゃか盛りやがったにゃ!?」
(クリス…まさか盛りやがったな!?)
滑舌がひどい。
前回普通のミルクだったから油断した。
せめて一口でも飲んでいたら、すぐ気付いたのに。
これだからお酒は嫌いなんだ。
だめだ倒れる…
倒れそうになった私を、クリスが受け止めた。
「楽しくお話がしたくて、お酒にしてしまいました。」
悪びれた様子もなくクリスはそう言う。
確かにお酒が苦手とか嫌いって話はしてないけど、勝手に変えるのはずるいだろ。
しかもこっちは14歳だ、この世界でも未成年のはずだ。
「はんじゃい…だじょ!」
(犯罪…だぞ!)
「なかなか飲んでいただけなくて残念だったのですが、まさか一気にお飲みになるとは…」
この世界では子供がお酒を飲んでも良かったりするかもしれないが、そんなの関係ない。
お酒は体に悪いんだ、子供が飲んだら二次性徴にも影響するんだぞ!
私がこれ以上大きくなれなかったらお前のせいなんだから!
もうおっきくなれないかもしれないと思うと涙が出てきた。
「しぇいちょうがちょまったりゃおみゃえのしぇいだ!」
(成長が止まったらお前のせいだ!)
ポコポコとクリスを叩く。
「今のままでも魅力的ですよ?」
お前までそんなこと言うのか、私はまだ成長するんだ!
私の成長限界を勝手に決めるな!
「クリス様、いったい何を飲ませたのですか。」
「ただのミルクリキュールだよ。」
「それだけでこうはならないのでは?」
「あぁ、お可哀想に…」
「………」
「みんにゃでわたちをばきゃにちて…」
(みんな私を馬鹿にして…)
頭痛い。
吐きそう。
もう無理…
涙目のまま、すがる気持ちでクリスに抱きつく。
「たちゅけて…」
(助けて…)
「ニコル!」
クリスがそう言うと、ニコルさんが何かを呟く。
すると、さっきまでの吐き気や頭痛がすっかりなくなった。
きっとニコルさんが何かしてくれたんだ、回復魔法か家政魔法かわからないけど私も欲しい。
「本当にすみません、こんなつもりではなかったんです。」
目の前のクリスがそう言った。
なんだかすごく近いな、そうか私が抱きついたのか。
ドンっとクリスを突き飛ばそうとするが、逆に自分が跳ね返される。
くそっ倒れろ!
せめてよろめけ!
でも、離れられたから良いか。
「帰りますからっ!」
改めてそう宣言した。
最後にもう一度クリスを睨みつけて、その場を後にした。
リリィが店から出たのを見て、テオドールが口を開く。
「よろしいので?」
ボー然としているクリスを見ながら、ハロルドがため息をつく。
「テオドール殿、そもそも貴殿がおかしな事を口走るからこうなったのですよ。旅をしながら村人を癒しているような高潔な方が、妾になれと言われてついて来る訳がないでしょう?リリィ嬢が憤慨なさるのは当然です。」
リリィを信徒と信じているニコルがそう言った。
「まぁ誤解を招く発言は置いておくとしても、少し悪戯が過ぎたのでは?コップ一杯であの豹変ぶりです、本当にお酒に弱いのでしょう。誤解を解いたとしても、ついてきてくれないかもしれませんよ。」
と言ったのはエドワードだ。
「エド、そう言ってやるな。気に入った女性に悪戯するくらい、むしろ健全ではないか。ただ、あの子が酒に弱すぎたってだけだ。」
ハロルドがエドワードをたしなめる。
クリスが手を挙げると4人が席を立った。
1人になったクリストファーが口を押え顔を赤くする。
「何だアレは…可愛すぎるだろ…」
もちろんリリィが酒に弱かったのもあるが、貴族令嬢たちは多少酔ったところで殿下に対してあんな態度など取るはずがない。
クリストファーは今まで何人もの女性と接してきたが、あんな態度を取られた事が無かったのだ。
そんな新たな感情に動揺するクリストファーであった。