近くの村に着きました
手掛かりもなく途方に暮れる。
猫リュックが、つぶらな瞳でこちらを見ているような気がした。
左右の猫の手を掴み話しかけてみる。
「ネコさんネコさん、どうしたらいいか教えて欲しいにゃ~」
返事などあるわけもない、虚しい…
「××××××××」
「にゃああ!!?」
びっくりしたとは言え、にゃーは無いだろにゃーは…
直前の語尾に引っ張られたのだろう、そうに違いない。
もちろん猫リュックが返事をしたわけでは無い。
猫の声にしては逞しい、成人男性であろう声が聞こえる。
「××××××××」
謎の男性が尚も話しかけてくる。
横目でチラ見すると街道に居るガチムチの男性が、何やら言いながら手を振っている。
いやいやいや、私あなたのこと知らないんですけど…
それどころか何言ってるかも分からないし。
ヒントも無いのに言語が違うとかハードモードすぎでしょ!
無視したい…
「××××××××」
うわ、近づいてきた…
どうしよう…
助けて猫リュック…
猫を掴む手に力がこもる。
草を踏む音がだんだんと近づいてきて。
〈サクッサクッ、ザッ〉
目の前まで来ちゃった…
恐る恐る見上げてみる。
す、すごく大きいです…
短髪のアメフト選手みたいなおじさん…じゃない、お兄さんだ。
サラサラヘアーのお兄さんが困り顔で頬をポリポリと掻いている。
遠目ではガチムチな気がしたが、両肩に肩パッドの付いた装備っぽいものを着ていたせいでそう見えただけのようだ。
「………」
「………」
いやいや、自分から近づいて来たのに何で黙ってんのお兄さん!
まぁ話しかけられても分からないわけだけども。
仕方ない、ここは自分から話しかけてみることにする。
「あの、えっと、私の言葉分かりますか?」
「………」
あれ?
首を傾げながらもう一声掛けてみる。
「もしも~し?」
「………」
流石に変だ、言葉が通じなかったとしても何かしらの反応は示すのではないだろうか?
では何故?
そして気づいた、気づいてしまった…
鏡を見た訳では無いが、本気のキャラクリで産み出されたとしたら自分は間違いなく美少女だ。
つまり照れて頬をポリポリしているのだ!
美少女に上目遣いで見上げられ、言葉を失ったと!
わざとやった訳では無いが、更に首まで傾げてる。
美少女がこんな事したら、あざと可愛いはずだ。
多分、おそらく、そうに違いない!
ならば今この瞬間の主導権はこちらが握っている。
このチャンスにこちらから畳み掛け…
「あー、お嬢ちゃん…いや、お嬢さん、大丈夫ですか?」
〈ビクッ〉
声をかけられビクついてしまう。
主導権はこちらが握っていたはずなのに、向こうが先に動いただと!?
いや、それよりも、言葉の意味がわかる…会話が出来る!?
やばい、返事しなくちゃ!
「あ、はい。大丈夫でしゅ!」
くっ…噛んだ…
顔が熱い、おそらく顔は真っ赤だろう、恥ずかしい死にたい。
状況がほのぼのとしすぎな気もするが、これも所謂くっ殺か…
何で今噛むの、さっきまでちゃんと喋れてたじゃん!?
お兄さんの顔を見ている事が出来ず俯く。
下を向いてプルプルと震えながら、猫の手をぎゅっと握る。
「怖かったですよね、来るのが遅くなってしまってすみません。」
これはまさか、震えている私が怯えていると勘違した?
来るのが遅くなったとはどういう事だ?
「自分は警邏のジョンと申します。モンスターに襲われている少女が居ると聞いて来たのですが、お怪我などございませんか?」
ちょっと返事が出来そうに無いのでコクコクと頷いておく。
「以前はモンスターなど現れたりしなかったのですが、最近近くにダンジョンが出来たせいか、この辺りでも遭遇するようになってしまいました。稀な事ではありますが、外出の際はお気を付けて下さい。」
ダンジョンのせいでモンスターが現れるらしい、なるほど。
「お怪我も無いようですので、自分はこれで!」
〈ザッ〉
足を揃えて敬礼でもしたのだろうか、兵隊かよ…
〈サクッサクッ…〉
え、もう行っちゃうの?冷たく無い?もっと心配しろ!
やばいやばい、せっかくの第一村人が行ってしまう。
今ならもう声が出せるだろうか、顔を上げ呼び止める。
「ま、待って!」
〈ビクッ〉
焦っているのはこちらのはずなのに、何故かお兄さんがビクッたような気がした。
お兄さんがゆっくりと振り返る。
「な、何でしょうか?」
警邏と言ってるし、多少見回りをしたらその後は家に帰るのではなかろうか。
こんな所に居て夜になってしまったら、それこそ危ないだろう。
今の私じゃこの辺の地理もわからない。
着いて行けば村か街までは行けるはずだ、乗るしか無いこのビッグウェーブに!
「私も着いて行ったらダメですか?」
「………」
何やら悩んでるっぽい、拒否されたらどうしよう。
疑問形で言ったのは失敗だったか…
「あー、自分はこのままモーリーの村へ帰るだけですが…」
「それで、かまいません!」
ちょっと嫌がっているようなので、被せ気味に返事をして退路を塞ぐ。
観念したのか、お兄さんが肩を落とす。
「承知しました、一緒に向かいましょう。」
よし、とりあえず道案内確保だ!
いそいそと準備する。
ずっと握っていたせいで猫の手がくちゃくちゃだ、何となく猫が恨みがましい目をしてるように見えた。
猫さんごめんね、心の中で謝っておく。
猫リュックを背負い、立ち上がる。
パンパンと軽く服を叩き汚れてないか確認。
無骨バットを拾い、両手で持ち胸の前で抱える。
「はい、では行きましょう!」
トコトコとお兄さんに近づいていくと、手を出して制してくる。
あれ?どうしたんだろ?
「あの、そのまま行かれるので?」
「え、何かおかしいですか?」
キョロキョロと自分の格好を確認したが、おかしな部分などあるだろうか?
よくわからないが、あと出来る事と言えばフードを被るくらいか?
一旦無骨バットを置き、フードを被る。
また無骨バットを抱えてから、お兄さんにニコッと微笑んでみる。
お兄さんは頭を押さえて空を見上げてしまった。
そんなポーズしなくていいから、何か変なら教えてよ!
「先ほどモンスターに遭遇してしまったせいで不安なお気持ちはわかります。その棍棒を抱える事で安心出来るのであれば、まあ構いませんが…」
このお兄さんは何を言ってるんだ?
猫リュックに無骨バットが収納出来るわけもない。
たった1本の相棒を捨てて行けって事?
更に棍棒呼ばわりとは…戦争か?戦争なのか!?
ジーっと睨むと、お兄さんは降参のポーズをして肩をすくめた。
林から道に出る。
獣道とは言わないが、作られた道ではなく人が歩いているうちにこうなったと言った感じだろうか。道幅もあまり広くない。
お兄さんは迷い無く右側に進み始めた、こっちが村の方角なのだろう。
お姉さん達が歩いて行ったのは反対方向だ、あっちは何なのかな?
「あの、反対側には何かあるんですか?」
「向こうにあるのはダンジョンですね。自分も普段はダンジョン探検を行っているんですよ。」
お兄さんはそう言いながら力こぶを作って見せる。
さっきも話に出てきたダンジョンか。
警邏は仕事じゃ無いのだろうか、職業は探検家とか?
イ〇ディ・ジョー〇ズをイメージして、思わずクスリと笑ってしまった。
もちろん謎解きや宝探しとかでは無く、謎のモンスターと戦うという意味なのだろう。
「やはり自分は頼りなく見えるのでしょうか。」
私が笑った事で勘違いさせてしまったようだ。
「いえ、そういう意味じゃ無くて…」
「仕方ないですよね、実際探検ではあまり思うようにいきませんし…」
勝手に落ち込んでしまった、ちょっとフォローしてあげよう。
「そんな事ありませんよ、さっき私のところに駆けつけてくれたじゃないですか。今だって一緒にいてもらえて頼もしいです。」
「はぁ、ありがとうございます…」
効果は今は一つのようだ。
そんな話をしながら歩いていると、すぐに村に着いてしまった。
村と言っていたので門のような物があると思っていたけど、1mくらいの木の柵が左右に伸びているだけだった。
歩く枝のようなモンスターなら、この程度で十分という事なのだろう。
道幅と同じくらいの隙間がある所が入り口っぽい、裏口なのか人すら立っていなかった。
お兄さんは柵の隙間から中に入っていく、私もそれに着いて行くと
急にお兄さんの背中に何か出てきた。
■■■■■
【クリス】〈人族〉
【20歳】
【盗賊】
■■■■■
あー、これお兄さんのステータス画面か?
名前、年齢、職業って感じかな?
なんか名前違うし、ジョンってジョン・ドゥって事?
さらには盗賊とか、こいつ真っ黒じゃん!
今までのは全部演技だったのかな、はにかんだり落ち込んだりしていた姿を思い出す。
怖っ!盗賊怖っ!!
自分から着いて行かせてって言っちゃったけど、よく襲われずに済んだものだ。
目の前の盗賊がしばらく進んだのち、立ち止まっていた私に気づき振り返る。
「どうしました?」
どうしよう、離れるなら今か?
「ここまで来ればもう大丈夫です、ありがとうございました。」
「せっかくですし、お家までお送りしますよ?」
何がせっかくだ、途中で何処かの路地裏に連れ込むつもりなんだろう。この変態!
「いえ、もう本当に大丈夫なので!」
「そう遠慮なさらずに。」
そう言いながら盗賊が近付いてくる。
逃すつもりは無いって事か、こうなったら仕方ない…
〈ダダッ〉
走って逃げ出す。
私の足で逃げ切れるかどうかはわからないが、とにかく走る!
走って走って、しばらくしてから振り返る。
盗賊は…全く追ってきていなかった。
あれ?
盗賊のお兄さんはさっきの位置で棒立ちだ。
あ、手を振っている。
私も手を振りかえす。
お兄さんは満足したのか、私の走ってきた道とは別の道に歩いて行った。
もしかして盗賊って悪いやつじゃ無いのかな?
でも名前は嘘ついてたし、どう言う事だろう…
少しモヤモヤした気持ちのまま私は村の中を歩き始めた。