本当はわかってた…
ミトンやポーチを外しポンチョを畳んだりしていたら、下から物音が聞こえた。
ジェシカさんが戻ってきたのかもしれない。
階段を下りるとエマちゃんが居た。
帰ってきたのはエマちゃんだったらしい。
「エマちゃん!おかえりなさい。」
そう言うとエマちゃんが駆け寄ってきて抱き着いた。
昨日は恥ずかしがっていたのに、今日のエマちゃんは積極的だ。
嬉しくて頭をナデナデしてしまう。
「昨日は恥ずかしがってたのに、今日はどうしたのかな?」
「いなくなるダメ…」
そうか、今日はエマちゃんが起きるよりも早くに出かけてしまった。
もしかして寂しかったのかな?
「いなくなるダメ…です。」
エマちゃんの掴む力が強まる。
「私はいなくならないよ、安心して。」
エマちゃんがフルフルと首を振る。
ジェシカさんがなんと説明したかはわからないが、心配してくれたのかもしれない。
寂しさじゃなくて不安か。
元々宿屋さんだし、泊まっていた探検者が戻って来なかった事でもあったのかな。
「昨日リリィ倒れてた…です。」
そういえば出会い方も良くなかった。
病弱と思われているまである。
それでなくても家庭環境が複雑そうだし、人が居なくなる事を恐れているのかもしれない。
「ごめんね、もう勝手に居なくならないから許して欲しいな。」
背中に手を添えながらナデナデしていると、エマちゃんが呟いた。
「今日一緒…寝るです!」
なるほど、一緒に寝たら朝に抜け出せないと考えたようだ。
「そうだね、今日は一緒に寝よう。」
エマちゃんの力が弱まり私を見上げた。
「ほんと?」
すごく目がキラキラしている。
「うん、後で一緒にジェシカさんにお願いしようね。」
するとエマちゃんは私から離れ、クルクルと回る。
「×××」
なんて言ったか分からないけど、多分「やったー」とかそんな感じだろう。
この笑顔を見ればわかる。
「それじゃあ、一緒に寝る準備をしよっか。」
エマちゃんがキョトンとする。
「昨日借りたお部屋のおふとんを干したり、シーツを洗濯するんだよ。」
というのは建前だ。
まだ明るいが、今から布団を干したところで大した意味はないだろう。
シーツの洗濯は家政魔法を試す意味もあるが、本命はエマちゃんだ。
さっき頭を撫でた時に髪がゴワゴワしてたし、服は少し埃っぽい。
ジェシカさんがちゃんと洗っているとは思うが、頻度はわからない。
この機会に丸洗いさせて貰おう。
「わかった!」
良い返事だ。
エマちゃんと一緒に洗濯用のタライを裏庭に運ぶ。
母屋の裏側の厩舎などがある辺りだからきっと裏庭だ。
エマちゃんに聞いたら洗濯はこの辺でしてるって言ってたし、実際干すためのロープのような物も張られている。
これに布団を干せば目隠しにできるだろう。
洗剤や石鹸みたいなものは無いらしい、もしかすると頻度の問題では無いのかもしれない。
部屋から布団なども運んでくる。
掃除はされていたが昨日からちょっと埃っぽいと思ってたので、部屋の窓も開けて来た。
窓の開け方がわからなくて、少し手間取ったのは秘密だ。
「エマちゃんの服も洗っちゃうから、着替えを持って来てもらえるかな?あ、あと大きなタオルもお願いね。」
エマちゃんが頷いて母屋に向かう。
箱からバットを出してバシバシと布団を叩くと、たくさんの埃が舞う。
部屋から持って来たタライに沈んでいた手拭いを取り、家政魔法で乾かしてマスクのように顔に巻いた。
なんだか手ぬぐいの肌触りが良くなった気がする。
もしかすると衣類乾燥機のようにふっくら仕上げになるのかな?
この温風は中々有用な魔法みたいだ。
物は試しと風を当てながら布団を叩くと、布団がフカフカになってきた気がする。
マジ!?
布団をひっくり返し、何度か繰り返す。
最初はぺったんこな布団だったのに、今では良い感じの布団になっている。
材質のせいかこれ以上は無理みたいだが十分だろう。
そこにタオルと服を持ったエマちゃんが帰って来た。
一旦全て受け取り、物干しのそばにある洗濯用の台のようなものに乗せる。
それをひとつひとつ手に取り、風を当てながらポンポン叩く。
また畳み直してから、隣に並べ直した。
これで全部フカフカだ。
「××××××」
エマちゃんが何ごとかを言った。
首を傾げているので、疑問形で何かを聞いているのかもしれない。
昨夜ジェシカさんと一緒の時に言ってたワードが入っている。
これはきっと『天使様』だ。
おそらく『やっぱり天使様なの?』って聞いている気がする。
なんて答えたら良いのかな…
「ごめんね、私は天使様じゃないよ。」
「天使様!」
今度は私を指差しながら天使様と言っている。
天使様って単語を覚えてしまったらしい。
言葉を覚えるのは良いけど、残念ながら否定が伝わらなかったようだ。
エマちゃんはジェシカさんの子供なだけあって、共通語を理解している。
喋ることも出来るようだが、まだ完璧ではないんだ。
たまに地域言葉が出るのもそのせいだろう。
マリア様とかならまだ人間だが、天使様だともう人じゃない。
おそらくマリアやイエスも居ないだろうし、当然聖書なんか無いだろう。
この世界の天使ってなんなんだ?
もしかしたら天使族とかいう種族が居るのかもしれないが、私は人族だ。
ステータスにも書いてある。
だからって魔女だよ、と言うわけにもいかない。
この世界の魔女という存在の立ち位置がわからない。
ひょっとしたら聖騎士なんかに狩られる恐れがある。
そもそも家政魔法は魔法使いのスキルだ。
魔法って言っちゃっても良いのかな?
「えっと、これは家政魔法っていうスキルなんだよ。だから私は天使様じゃないの。」
「魔法使う、天使様!」
話が通じない。
〈ドサッ〉
何かを落としたような音がする。
見るとジェシカさんが荷物を落としてしまったようだ。
「あ、ジェシカさんおかえりなさい。今エマちゃんと一緒に…」
「お嬢ちゃん!今魔法と言ったのかい!?」
ジェシカさんがすごい勢いで迫って来た。
「えっと、はい。言いましたけど…」
「リリィ天使様…言ったー!」
エマちゃんが何故か自慢げだ。
するとジェシカさんが急に泣き出してしまう。
「本当に、本当に天使様だったんだね…」
ジェシカさんまで私のことを天使と呼び始める。
わけがわからない。
「リリィさんお願いだ、私について来てくれないか?」
今度はさん付けだ、どうなってるんだろう。
「はい、わかりました。それじゃあパパッとお洗濯しちゃいますね。」
「そんなのは良いから、ほら早くっ!」
「えっ!?」
ジェシカさんに手を引かれ、半ば引きずられる形で裏庭から表へ出る。
後ろを見るとエマちゃんが手を振っていた。
「あの、どちらへ?」
「すぐ着くよ。」
しばらく歩くと、ちょっと大きめな家に着く。
手を引かれたまま中に入り、廊下を進んで何個目かの扉の前で止まった。
扉を開けると、誰かがベッドで横になっている。
ベッドの側まで行くと、ジェシカさんがやっと手を離してくれた。
「こいつのことを祈ってほしいんだ…」
「お祈りですか?」
寝ている人はなんだか顔色が良くないようだ。
この人誰?何を祈るの?
■■■■■
【ゴードン】〈人族〉
【35歳】
【商人】
〔毒〕〘衰弱〙
■■■■■
名前はゴードンさんで35歳の商人か。
下の方に変なアイコンがついてる。
見たことないやつだ。
今までのアイコンの枠は全部白かったのに、毒アイコンの枠は赤色になっていて、衰弱アイコンの枠は黄色になっている。
毒と衰弱らしいけど、お薬で治らないのかな?
そっか、ここはきっと診療所だ。
お薬でダメだったから、私に祈って欲しいと。
天使とやらが祈ると体調が良くなったりするのかな?
とりあえず膝をついてお祈りのポーズをしてみる。
祈って欲しいとは言われたけど、さっきの反応から察するに魔法を使って欲しいって事だと思う。
回復魔法の使ってないやつを試してみよう。
消毒っぽいやつをこの人に指定して、えいっ!
〔毒〕アイコンの色が橙色に変わった。
おぉー!効いてるかも。
もう一度使ってみると今度は黄色になった。
私はイメージするだけで使えるけど、本当はなんか喋んなきゃダメなはずだ。
このまま治しちゃったらまずい気がする。
どうしよう…
「すみません、集中したいので外に出ていてもらえませんか?」
「わかった。」
そう言ってジェシカさんは素直に部屋から出ていく。
〈パタンっ〉
足音がしないから廊下で待ってるんだろう。
隣に居られたら流石に誤魔化せないけど、廊下なら何言ってるかわからないはずだ。
ムニャムニャ適当に呟いておけば良いよね。
ムニャムニャ言いながら何回か解毒を試みると、あっさりと〔毒〕アイコンが消える。
最初は赤かったアイコンの枠が色を変えていき、最後は白になってから消えた。
きっと症状とか進行度みたいなので色が変わるんだと思う。
ちなみにこんな感じ。
赤→橙→黄→緑→青→白→無
ポンポン連続して使っちゃったけど、回復魔法は体力を消耗しないのかな?
立ち上がって軽く体を動かしてみるが、特に異常はなさそうだ。
んー、まだちょっとわかんないや。
毒は無くなったはずなのに、ゴードンさんの顔色は悪いままだ。
ということは衰弱が悪さをしてるっぽい。
よし、こっちも治しちゃうぞ!
絆創膏の方を試したが変化はない。
やっぱりこれは怪我用らしい。
膝枕を試したら衰弱が黄色から緑になった。
こっちは効いた。
体力を回復するやつだと思ってたのに違ったの?
まぁ体力って言っても幅広いし、衰弱にも効くって事で良いか。
体力回復を数回使ってやっと緑から青になる。
衰弱は毒より重いバッドステータスって事?
少しずつゴードンさんの顔色も良くなってる気がするし、このまま続けよう。
ムニャムニャ言いながら魔法を使っていたら、だんだん頭が痛くなってきた気がする。
これがMPの減ってる症状かもしれない。
頭がちょっと痛いだけだし、もう少し頑張ろう。
そのまま回復を続けていると、今度はお腹も痛くなってきた。
体力が減っちゃった時も思ったけど、症状がリアルすぎる。
ゲームの時はHPが1でも残れば死なないから大丈夫とか、MPは0になっても関係ないって思ってたけど。
実際はめちゃ苦しい。
あの時のゲームのキャラクター達ごめんね。
今度は私が頑張るよ。
このままMPを使い切るまでやってやる。
うっ、胃がムカムカする…回復っ!
でも、まだ行ける…回復っ!
衰弱の枠はもう白だ、きっともうすぐ終わる…回復っ!
しまった、ついに脚にきてしまった…回復っ!
やっぱり体力も使うんじゃん……回復っ!
立っていられない……回復っ!
これで終われ………回復っ!
〈ドサッ〉
最後に見た旦那さんのステータスには、もう〘衰弱〙は無くなっていた。