3 魔法騎士団
「王を前に不敬だな、小娘」
落雷を防いだ血の膜が破れ、不機嫌そうな女王の顔が露わとなる。
「かっちーん。人を子供扱いすると痛い目見るよ、オバサン」
「よほど死にたいとみえる」
手の平から滲む血液が振るわれ、血飛沫が舞う。
吸血鬼の女王が放つ一撃は無数の血の槍となって少女を襲った。
「雷電」
身に纏う稲妻が激しさを増し、彼女の動きが人智を越える。
血槍の雨を難なく躱し、稲妻の残光が軌跡を描く。
その最中、ぴたりと止まった彼女の指が乾いた音を鳴らした。
それを合図に女王の頭上に落雷が落ちる。
「無駄だ」
しかし、それも血液の膜に遮られて届かない。
「どれだけ雷を落とそうと私には届かない」
「むぅ。これはやり方を変えなきゃだなぁ」
「そのような暇は与えん」
大量の血飛沫が空中を舞い、そのすべてが血槍と化す。
「避けきれないほどの密度で放ち続ければいい」
「あちゃー、ちょっと不味いかも。オドを使わなきゃ――」
「待て。リヒトはどこへ行った」
返事をするように骨肉剣を薙ぐ。
正確に首を狙った一撃は、しかし寸前のところで気付かれた。
完璧な軌道を描いたが、首の半ばほどまでしか刃は通らない。
下の兄上はそれで事足りたが、相手は吸血鬼の女王。
大量の血液を拭きだし、後退りながらも、青く燃える様子はない。
「――私としたことが」
「余所見するからだよ、女王様」
剣を翻し、二の太刀を刻む。
振るった剣閃は、しかしまたしても女王を捉えきれなかった。
身代わりになるように、盾になるように、他の吸血鬼が割って入ったからだ。
「カーミラ様! 魔法騎士団に包囲されています! 退避を!」
「くくくッ」
「カーミラ様!」
「いいぞ、気に入った。リヒト、お前を婿に迎えることにしよう」
女王、カーミラの体が血のように溶けていく。
「もはや余所見などするまい。この傷の責任は取ってもらうぞ。愛しいリヒト」
脳を溶かすような甘い言葉を吐いて完全な血だまりとなり、地中に染みこむように消える。
ほかの吸血鬼も同様に姿を消し、辺り一帯から吸血鬼の気配が消失した。
「とんでもない女に惚れられたもんだな」
相手が人なら喜んでと言いたいところだったけれど、吸血鬼でしかも家族の仇が相手じゃあな。
「凄いじゃん、キミ。この辺の灰もキミの仕業でしょ。いったい何者?」
戦闘で乱れた茶髪を手櫛で解く彼女は大人びて見えたが、その言動は子供っぽい。
一言で言うならギャル。
爛漫そうな性格が魔法騎士団の制服という厳格な衣服で包まれていた。
「さぁね。ついこの間、何者でもなくなったところ」
「ふーん? まぁいっか。キミのほかに生存者は?」
「この奥に二十……いや、十九人いる」
「わお、そんなに生き残ってたんだ。じゃあ、早いとこ救出して上げないとね」
吸血鬼が去ったこの館に、今度は魔法騎士団がやってくる。
無事に生き残った十九人は保護され、命の危機から脱することができた。
街の住民に対して救えたのはたったの十九人。
家族の尻ぬぐいには、まだ足りない。
「なぁ、一つ質問してもいい?」
「ん? いいよ、プライベートなこと意外なら」
「それなら大丈夫、魔法騎士団にはどうやったら入れるのかなって」
「入りたいの?」
「じゃなきゃ聞かない」
まだ仇討ちが済んでいない。
家族を吸血鬼に堕とし、街の住民を喰い漁った吸血鬼の女王カーミラ。
彼女をこの手で討ち取ってこそ、死んでいった者たちも浮かばれるというもの。
家族から追放された身だが、一連の問題はその前に起こっていたこと。
家族が起こした問題は家族が始末を付けないとな。
それでようやく俺は自由になれる。
「そうだなぁ……一番は入試を受けることだけど、今年はもう終わっちゃってるし。今からとなると推薦かな」
「魔法騎士団の誰かを捕まえて推薦して貰えればいいんだな」
「まぁ、正確にはそれで騎士学校に入れるって話なんだけどね。そこを卒業すれば魔法騎士団員だけど」
「じゃあ、キミでもいいってこと」
「あたしにキミを推薦しろってー? あったばっかりなのに」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼女は両手を腰にやった。
それからすこし思案顔になって、それから目と目が合う。
「たしかに実力は十分だよね、カーミラに一撃入れてたし。でも、なんで魔法騎士団に入りたいわけ? そこを聞いてからだなー」
「あのカーミラって吸血鬼に会うため」
「結婚したいの?」
「いや、殺したいんだよ。ある意味、家族の仇だからな」
魔法騎士団に入れば、様々な情報が手に入る。
当てもなく探すよりよほどいい。
「ふーん、いいじゃん。気に入った。推薦して上げる」
「頼んだ俺が言うのもなんだけど、そんな軽いノリで決めていいの?」
「いいの、いいの。嘘ついてるようには見えないし。それに吸血鬼から二十人近く守ってたんだもん、キミは良い人に違いないよ」
「……ありがとう、助かる」
騎士学校。
学校か。
「そう言えば名前は?」
「あたし? そう言えば名乗ってなかったね。あたしはルリ。ルリ・クルミ。そっちは?」
「リヒト――うん、リヒトだ」
この先にある名はもう名乗れない。
「じゃあ、色々と手続きすることがあるから来てよ、リヒト」
「あぁ、連れて行ってくれ。ルリ」
すこしは名残惜しく感じるものだと思ったけれど、存外にして長く住み続けた屋敷を離れることに特別な感情は抱かなかった。
頭に浮かぶ思い出の数々はどれも嫌なものばかり。
俺にとって帰るべき場所は家族であって家ではなかった。
家族を失った以上、その入れ物に執着はないということなんだろう。
「また見付かるかな」
見付かるにしても、見付からないにしても、今は仇討ちが先決だ。
吸血鬼の女王カーミラを殺す第一歩として、魔法騎士団の面々と共に魔導列車に乗り込んだ。
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