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2 吸血鬼の王


「吸血鬼も普通のメシを食うんだな。もうほとんど残ってないか」


 空の缶詰を灰の山に捨てて、血塗れのキッチンに目を移す。

 散乱した割れた皿、開けっ放しの冷蔵庫、曲がったフライパン、壁に突き刺さった包丁。

 床には血がべったりと張り付き、引きずったような跡もある。

 この時間帯の客席は家族連れで賑わっているが、今はしんと静まり返っていた。

 この飲食店で怒った惨劇は、終わることなくまだ続いている。

 親父と兄弟たちが招き入れた吸血鬼たちは街の住民を襲い、その大半が犠牲になった。

 すでに数日が経ち、生き残っているのは極一部。


「とりあえず、これだけでも持って帰るか」


 なけなしの食糧を掻き集めた袋を背負い、飲食店をあとに。

 誰にも気付かれないようにそっと裏口から出て、人気のない路地を歩く。

 角を幾つか曲がり、坂を登れば見えてくる我が家。

 街を破滅させた元凶が済んでいた屋敷に、生き残りは身を潜めていた。


「異変は……なさそうだな」


 周囲に気配もないし、つけられてはいない。

 そのことを確認しつつ玄関から室内へ。

 鍵は元から掛けていないし、バリケードもない。

 吸血鬼の膂力を相手にそんなものは大して意味をなさない上に通路の邪魔だ。

 避難して来た人たちには見付かったら終わりだと言い聞かせてある。


「誰……」

「安心してくれ。戻って来た」

「よかった」

「吸血鬼どもには見付からなかったんだろうな」

「あぁ」


 広間に女八人、子供五人、男七人の計二十人。

 元々屋敷にあった食糧はほぼなくなった。


「ほら、ランチを街から掻き集めてきた。お姉さんたちと子供たちから好きに選びな」

「俺たちは?」

「野郎共は一番最後だ、最後。全員分ちゃんとあるから大人しく待ってろ」

「相変わらず女子供に甘い奴だなぁ」

「当然だ、野郎に回してやる優しさはねぇ」

「とか言いつつ、助けてくれんのがリヒトだからなぁ」

「優先順位は低いけど」

「まったくだ!」


 笑い声が響く。

 すこし無理をした声音は、暗い雰囲気をすこしだけ和らげてくれた。

 子供は特に暗い顔をしている、親を失った子も多い。

 空元気でも、雰囲気は明るいほうがいい。


「本当にありがとう、あなたがいなかったら私たちは今頃……」

「いや、気にしないでくれ。元はと言えば俺の家族が悪いんだ」


 みんなにはもう事の経緯を話してある。


「それでもあなたには感謝してるわ」


 誰も俺を責めなかった。

 責められて当然なのに。


「ありがとう。救われたよ、可憐な人」

「まぁ」

「おい、俺の嫁さん口説いてんじゃねぇ! ほら、行くぞ!」

「あらあら」


 連れて行かれてしまった。


「おかーさん。いつお外に出られるの」

「ごめんね、もう少しの辛抱よ。きっと魔法騎士団が助けに来てくれるから」

「もうそろそろ助けが来ても可笑しくないよな、な?」

「そのはずだけど……なぁ、街を見て来たんだろ? どうだった?」

「なにか希望になるようなことを言ってやりたいけど、残念ながら」

「そうか……いったい何時になったら……」


 吸血鬼が街を襲撃してから今日で五日目、魔法騎士団や周辺地域に住む人々が異変に気付いていないはずはない。確実に話は伝わっているはず。時間的に見て魔法騎士団が派遣されていても可笑しくない。

 あとは何時ここに到着するか。

 それまで凌げればここにいる二十人は助かる。


「ん? なぁ、おい。男が一人足りなくないか?」

「あぁ……それなんだが」

「おいおい、まさか出てったんじゃないだろうな」

「その……止めても聞かなくてな。家族を見付けに行くって」

「……いつだ?」

「リヒトが出て行ってすぐだ」

「クソ、不味いな。もしそいつが吸血鬼に見付かってたら」


 脳裏を過ぎる最悪の展開。

 それがまるで正解だと言わんばかりに、轟音と共に屋敷が大きく揺れる。


「玄関のほうからか。ここにいろ」

「だ、大丈夫なのか?」

「女子供は助かるよう努力する」

「――頼んだぞ、リヒト」


 広間を後にし、音がした玄関へ。

 通路から玄関広間を見下ろすと、大勢の吸血鬼が押し入っていた。


「デカいノックだ。鍵は掛かってなかったのにさ」 


 通路から飛び降り、真下にいた吸血鬼を強襲。

 骨肉剣で真っ二つに斬り裂くと、そのまま側の吸血鬼の首を刎ねる。

 それらが青い炎に包まれて灰となる前に、三体目の吸血鬼を殺す。

 さぁ次だと思ったのも束の間、この場に似つかわしくない拍手が鳴った。

 音を目で追うと吸血鬼の中に一際目を惹くブロンドの髪を見る。

 その持ち主は思わず息を呑むほど美しい吸血鬼だった。


「こいつは驚いた。吸血鬼の王……いや、女王様がこんなに美しいとは」

「ほう、武芸に秀で女を見る目もあるらしい。それに耽美な顔をしているな。人間にしておくには惜しい」


 吸血鬼の女王。

 親父が招き入れた吸血鬼。

 家族を吸血鬼にした張本人。


「いいだろう。その顔と武勇に免じてお前だけは助けてやろう」

「俺だけ?」

「不満か?」

「俺の後ろには二十名ほどの生き残りがいましてね」

「知っている。女が八、子が五、男が七だったな。いや、もう六か」


 どうやら彼は洗いざらい吐いて食糧になったらしい。

 だからあれほど外に出るなと言ったのに。


「ふむ、ではこうしよう。お前に免じて女と子は生かす」

「男は?」

「食糧だ。たったの六、大した数ではないだろう」

「なるほど」


 野郎共を諦めれば女子供は助かる。

 吸血鬼は大勢いる上にそれを統べる女王まで。

 すこしでも多くの命を救うには、その提案が一番安全ではある。


「男などどうでもよいではないか。お前は女と子が無事ならそれでよいと聞いたぞ。それに女を斬れない、ともな。この提案、受けねば死体が増えるだけだ」

「よくご存じで。その男は俺のファンだったに違いないな」


 俺のことをよく知った上での提案だ。


「でも、一つわかってなかったみたいだ」


 骨肉剣を女王へと向ける。


「俺は親兄弟を手に掛けるような軽薄な男なんだ。女を斬りたくはないが必要なら斬るぞ、俺は」

「面白い。その四肢、よほどいらないと見える」


 周囲の吸血鬼たちが殺気立つ。


「心配せずとも死にはせん。嫌がるお前の口に人肉をねじ込むのが楽しみだ」

「そんなランチはごめんだ」


 一触即発の空気の中、先に動いたのは吸血鬼だった。


「いっちゃダメ!」


 幼い足音、通路から覗く子供の視線。

 一瞬、気を取られて初手が遅れる。

 吸血鬼はもう目と鼻の先、剣閃が弧を描く。

 それが喉元を捉えようとした刹那、二体目の吸血鬼が子供へと向かう。

 首を落とし、二体目の吸血鬼に視線を移した、その瞬間。

 吸血鬼の女王が動き出す。


「見付けた!」


 時を同じくして、屋敷の窓が音を立てて割れる。

 打ち破ったのは、一人の少女。

 魔法騎士団の証たる戦闘服を身に纏い、全身には稲妻が迸っている。

 音を立ててスパークするそれが落雷となって周囲の吸血鬼を打つ。

 感電して身動きの取れないところを刺すのは簡単、子供を狙う吸血鬼を灰に帰す。

 すぐに上を向くと、母親が子供を捕まえていた。


「手を離すな、しっかり握ってろ!」

「は、はい!」


 奥に引っ込んでいくのが見え、一息をつく。

 振り返ると、血の膜に覆われて唯一落雷を回避した女王が少女と睨み合っていた。

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