1 家族からの追放
「お前はもう家族の一員ではない」
栄枯衰退。
かつては魔法騎士団において多大なる影響力を誇った名家シュトルルフも、今や見る影もない没落同然。使用人はおらず、魔法騎士団への影響力は皆無、財産は底を尽きかけ、あるのは現状に見合わないプライドだけ。
もはや破滅を待つだけとなったある日、広間に呼ばれた俺は唐突にそう告げられた。
「なにかの冗談か? その格好。父上様、それに兄上様たち」
目の前にいる父親も二人いる兄弟も背中に悪魔のような翼が生えていた。
口元から見える歯は鋭い牙となり、肌は蒼白く、瞳は紅い。
「冷たいな。吸血鬼の仮装なら自信があったのに仲間外れなんて」
「仮装などではない」
「そりゃそうだ」
財政に似合わない高級なブランドで着飾った虚栄心の塊みたいな親父や兄弟たちがそんな真似をするはずがない。
「なら、とうとうって感じだな。現実とプライドの板挟みに耐えかねてついに人間でいらなくなっちまったわけだ。街の結界ぶっ壊して招き入れたのか ? 吸血鬼」
「ただの吸血鬼ではない、吸血鬼の王だ。我ら家族は王にまみえ、人を越える存在となったのだ。お前を除いてな」
「あぁ、気を遣わなくて結構。仲間外れは慣れてる」
「リヒト。お前が選ばれなかった理由がわかるか?」
「俺が養子で、しかも戦闘魔法が使えないから、だろ。耳にたこが出来るくらい聞いたぜ、そんなの」
昔からこの家はそればかりだった。
「でも、今日ほどそれでよかったと思った日はねぇな、父上様。お陰で吸血鬼にされずに済んだ」
「馬鹿が、状況が読めてないのか」
上の兄上から罵倒が飛んでくる。
「お前は王の供物だ。これから血の一滴まで吸い付くされるんだぞ」
「王様への献上品が俺なんかでいいの? 光栄なこった。謹んで辞退させてもらうよ」
「逃げられるとでも」
「逃げられるさ。俺たちはもう赤の他人なんだ。兄上様方に忖度してわざと負けてやる必要もなくなった」
「まるで自分のほうが強いとでも言いたげだな。戦闘魔法も使えない落ちこぼれ風情が」
下の兄上の手の平に炎が灯り、火球となって放たれる。
過去何度も練習台になって見飽きた魔法だ。
目を瞑っていても躱せる。
今回は威嚇か脅しだったのか避けるまでもなく軌道が逸れたけど。
「まぁ、聞けよ兄上様。養子としてこの家に引き取られてからずっと、自分の居場所を守るためにご機嫌伺いをしてきたんだ。時には目も当てられないような恥ずかしい噂が耳に入っても、それを決して口にしたりはしなかったんだぜ」
「噂?」
「上の兄上様は女性のエスコートもままならない上にベッドの上では独りよがりだ、とか」
「あ?」
「下の兄上は家名を誇らしげに名乗る割りに本人は大した器じゃないないとか」
「なんだと?」
「他にもまだまだあるけど、聞く? 自分が思うより慕われてないぜ、二人とも」
「父上!」
上の兄上様が怒鳴る。
「父上、こいつの始末はこのユーリに任せてください」
薄暗い部屋の中でも艶めかしく光る赤い瞳に睨まれた。
「この落ちこぼれが。自分の立場と言うものを今一度わからせてやる」
「今し方、上も下もなくなったところなんだけどな。もう一度、家族にしてくれるのか? 兄上様」
「お前は下だ! 俺は人間を越えた存在だぞ! 膂力も生命力も桁外れ! そこへ更に我が魔法を上乗せする! 強化!」
身体能力を上昇させるご自慢の戦闘魔法。
こうなると素手で身の丈以上の魔物を一撃で死に至らしめる膂力を得たことになる。
その上、吸血鬼としての身体能力が合わされば人間なんて指先一つで殺せるはず。
「死ね! リヒト!」
踏み込みが見えた瞬間、ユーリは目の前にまで迫っていた。
指先は束ねられ、吸血鬼と化して鋭化した爪先が一点となり、この心臓を貫こうと放たれる。
その速度は弾丸よりも遙かに速い。
けど。
「――なッ!?」
必要最低限の動きでユーリの突きを躱して腕を掴み、勢いを利用して背負い投げる。
地面に叩き付けられた衝撃で肺の空気が口から飛び出していく。
ユーリはいま何が起こっているかわかっていない。
状況を理解するのは数秒後で、それだけあれば十分。
「改造」
掴んでいた腕を追って引き千切り、魔法で作り替える。
「あぁああぁあぁあぁぁあぁああッ!?」
ユーリの悲鳴が轟く中、腕は新たな形に改造された。
「骨肉剣ってところか。または兄上様の右腕」
「お、俺の腕をッ」
「動くなよ、兄上様」
首を足で踏みつけて、動きを封じる。
「昔を思い出すよな。よくその戦闘魔法の練習に付き合わされてたっけ。何度も何度も殴られてさ。まぁ、避けると怒るからしようなくだったけど。それが今じゃ立場が真逆だ」
「このッ……俺は吸血鬼だぞッ!」
自慢の戦闘魔法は腕を剣にした時に切れてそのままのはずだけど、吸血鬼の膂力が手伝って踏みつけた足が浮く。これで片腕だけの力だと言うのだから驚きだ。
けど、このまま立ち上がらせる訳にはいかない。
「さようなら、ユーリ兄上様」
その頭部目掛けて骨肉剣を振り下ろす。
骨で出来た刃は抵抗なく落ち、頭の天辺から顎までを貫いた。
「それでユーリを殺したつもりか」
親父に焦る様子はない。
「言ったはずだ。我が家族は人間を越えたと。頭を貫いた程度で殺せるとでも」
「たしか吸血鬼を殺すには必要な過程がいくつかあるんだっけ」
骨肉剣を引き抜く。
「でも、忘れてないか? 父上様。この剣が元はなんだったのか」
「まさか……」
視線が俺からユーリへと向かう。
地に伏したその肉体は蒼白い炎に包まれ灰となっていた。
「人間が吸血鬼を殺すには手順が必要だけど、吸血鬼が吸血鬼を殺す分には必要ない、だろ? 父上様」
「自分の兄をよくも」
「俺はもう家族じゃないんじゃなかったか」
「兄上をッ! 殺したなッ!」
実の兄を殺されて激怒した下の兄上が叫ぶ。
「火炎!」
線香花火のように弾ける炎。
かつてはそれで何度も火傷を負った。
だが、もうわざと当たって痛がる必要はない。
すべてを躱して下の兄上とすれ違う。
その一連の動作の最中に一閃を描いた。
「カッ……アァ……」
首から噴き出す血が天井まで穢し、ばたりと倒れ伏す。
「さようなら、ソーマ兄上様」
下の兄上も青い炎に包まれて灰になった。
「なぜだ。なぜ人間を越えたはずの我が子が、こんなにも簡単に……いったい何時からだ、いつからそのような力を」
「元からだよ、父上様。この家にもらわれる前から、なにをどうすれば相手を殺せるのか、なんとなくわかるんだ。俺はただそれを実行してるだけでさ」
「……私も殺す気か」
「あぁ、もちろん」
「これまで育て、生かして来たのは誰だ。恩を感じないのか」
「感じてるさ、嫌ってほどな」
「なら」
「でも、それと同じくらい俺はあんたと兄弟が嫌いだったんだ。正直、最悪な居心地だったよ。でも、そんなところでも、俺にとっては唯一の帰るべき場所だったんだ。それがある限りは兄弟のサウンドバックでも別によかった」
骨肉剣を父上に向ける。
「だが、もう違う。俺の居場所はなくなった、帰るべき場所を失った。もうどうだっていい。でも、受けた恩は返さないとな、父上様。家族がせめて人殺しになる前に、始末を付けてやる。それが俺なりの恩返しだ」
「……ユーリとソーマのことは許してやる。お前も吸血鬼にしてやろう。だから――」
「もう遅い」
地面を蹴ると同時に、父上が魔法を唱える。
「稲――」
それは最後まで言い切られることなく、首が胴体から落ちた。
転がった頭部は勢いも消えないうちから青い炎に包まれて灰になる。
「さようなら、父上様」
遺灰に告げて、肉の鞘に骨肉剣を納めた。
「もう家族の一員じゃない、か。それまでは家族だったってのかよ。それにしちゃ兄弟に格差を付けすぎだぜ、父上様」
今更なにを言ってももう遅いけど。
身よりのない俺はまたこの世界で一人きりになってしまった。
「――扉の音がしたな」
遺灰を避けて部屋を出て、静寂に満ちた通路を渡る。
角を渡ると、出会い頭に血のように赤い瞳と目が合う。
「貴様は人間――」
肉の鞘から骨肉剣を抜き、その喉を裂く。
「まだ吸血鬼がいたのか」
通路の奥にまだ何人かいる。
ひょっとしたら屋敷の外にもいるかも知れない。
親父は吸血鬼の王を招き入れたと言っていた、つまり街にも。
「いったい何人招き入れたんだ? 父上様は」
仲間が殺された様子を見て、ほかの吸血鬼たちが臨戦態勢を取る。
「まったく、俺が後始末をしなくちゃな」
骨肉剣を構え、吸血鬼たちに向けて駆ける。
悲鳴と血飛沫が上がり、屋敷が赤く穢れるのにそう時間は掛からなかった。
「家の中は片付いたか」
噎せ返るような血の匂いを捨てるように、換気の意味合いも込めて玄関扉を開く。
「嫌な予感が当たったな」
玄関先から一望した街は天を焦がすほどの炎に包まれていた。
人々の悲鳴が響き、吸血鬼の笑い声がする。
親父や兄弟の尻ぬぐいはまだ終わってなかったらしい。
「……しようがない」
血の滴る骨肉刀を握り直し、敷地内を飛び出した。
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