なんでギルドの受付には受付「嬢」しかいないんですか?~SSSランクの元勇者、魔王討伐後ギルドに就職する~
女性の泣き声が苦手だ(得意な奴なんかいるもんか)(特殊性癖か?)。
「またセクハラされた……。業務と関係ない下品なこといっぱい言われて、胸がっつり見られて、カウンターの下から足を触られた……」
「アンナ、大丈夫? 大丈夫じゃないよね。ひどいよね、冒険者って、やりたい放題……」
ギルド職員の事務室。今日も業務の終わりに、受付嬢たちが泣いていた。
金髪碧眼、スレンダーながら胸は大きめエルフのアンナは、勤務三ヶ月の新人。受付嬢としての研修を終えて現場に立ち始めた途端、冒険者によるセクハラの嵐にさらされているらしい。
それを慰めているのは、猫耳獣人のヘレナ。眼鏡の似合うおっとり顔で、小柄な体つきに似合わぬ胸の容量。勤務半年。職員の定着率が悪い中では、ベテランに分類される側。
泣いてすがっているアンナの背に「よしよし」と腕を回しながら軽く抱き寄せて「わかるよ、あいつらほんと受付嬢なめてるから」と頷いている。
「あのくらい、受け流せなきゃいけないと思っているんです。今日だって散々言われましたし。まさかそのエロい体で処女なわけないだろ? って。良い女はこのくらい上手にあしらうもんだぜって……うぅぅぅぅぅ」
わぁぁぁぁ、と堪えきれなかったようにアンナが声をあげて泣き、ヘレナが「わかるよぉぉぉ」と言いながら腕に力を込めてひしっと抱きしめた。
口を挟むことなくその光景を見ていたファウストは、拳をぎゅっと握りしめた。
(もう無理、限界)
「ヘレナさん、アンナさん。俺、ギルド職員向け新人研修終わりました。明日からは現場に入れます。部署は受付を希望して通りました。どうぞよろしくお願いします」
挨拶。
先にヘレナが「え?」と顔を上げ、つられたようにアンナも泣き濡れた顔でファウストを見る。
長身痩躯で、頬に十字傷。それ以外は取り立てて特徴のない二十歳程度の青年。
「受付? 君、内勤とか、もしくは併設の食堂の給仕じゃなくて……?」
「受付です」
不思議そうに目を瞬いたヘレナに尋ねられ、ファウストは笑顔で答えた。
「受付って、極端な力仕事も無いから今まで女性がメインで……。男性がいたことないんだけど」
「名称も受付『嬢』だし、女性の仕事だと思っていました」
ヘレナとアンナが口々に言う。
しっかりと耳を傾けてから、ファウストはやはり笑顔で応じた。
「知っています。こう見えて俺は今まで世界各地のいろんな街をまわって、多くの冒険者ギルドに顔を出してきました。だいたい、どこも受付カウンターには女性職員がいました。そして、クチの悪い、態度の悪い、ガラの悪い冒険者を相手に、まさに『何を言われても受け流して』仕事に従事していました。俺、そういう光景見るのが本当に嫌で。『受け流せる』のが良い女の証って、おかしくないですか。むしろ冒険者が黙れよ、って思うんです。綺麗な女性を相手に、言いたいこと全部言って、相手が怒ったら『このくらい流さなきゃ』って悪びれなく責めるのは、どう考えても変です。結局それで良い思いをしているのは、下品全開の冒険者だけですよ。なんでそんな横暴が許されているんですか。というか、許す必要無いです」
言っている間に、むかつく光景がいくつも脳裏をめぐって、だんだん眉間にシワが寄り、表情が険しくなってしまった。
そのファウストをぽかんとして見ていた女性二人は、しばしの無言。
やがて、ほとんど同時に「ぷ」「くす」と噴き出した。
「それは確かに、そうだね。『出来ないほうが悪い』って言われ方をすると、レベルが低いのに分不相応な仕事をしている自分が悪いのかと、つい謝りそうになっちゃって……。だけど『それをするのもサービスの一環だ』くらいの意味で言われているんだとすると、むしろ要求する側が悪いはずなのよ。私達の仕事は、冒険者にランクに見合った仕事を紹介したり、初心者にはギルド登録のメリットや手順を説明することであって、セクハラに耐えることではないの」
ヘレナが眼鏡の奥の瞳に柔和な光を宿し、同意を示す。
アンナもまた金髪を振り乱し、「です、です」と大きく頷いていた。
「ろくに話を聞こうともしないで、こちらの個人情報ばかり聞いてくるのはどう考えてもおかしいです。ギルドに来る目的を間違えています。それが低ランクの物を知らない冒険者だけならまだしも……、高ランクの冒険者まで『あれ~~? 高ランク受けられる冒険者って、もしかしていま、俺くらいじゃない? そんな冷たい対応していいの? こういう期限のある依頼を処理できなかったら、依頼主に対してギルドの面目丸つぶれじゃない?』なんて脅しながら……っ、脅しながら『仕事が終わった後、外で会ってじっくり話そう』なんて言ってくるんですよ……」
「最悪……!! それもしかして、聖剣士ジルベルトじゃない? 前にもそうやって、気に入った受付嬢を追い詰めて、手を出して……」
再び泣き始めたアンナに対し、怒りを沸騰させたヘレナが猫耳の毛までぶわっと立ててまくしたてた。
(聖剣士ジルベルトか……、この街に来てから名前は聞いたことがあるな。三流どころだと思うけど)
その名にまつわる情報を頭の中でざっとさらいながら、ファウストは自分の左の手のひらに右の拳を叩き込んだ。
「締めましょう。そいつ、絶対締めましょう。出禁でいいですよ」
「でも、悔しいけど言っていることは事実なの……。最近この街にあまり高ランクの冒険者が寄り付かなくなって、Cランク以上の依頼がほとんど手つかずになってる。依頼主からの突き上げも厳しくて……、実際、受けてもらわないとギルドとしても困ってしまうのよ。ギルドマスターもそのへんわかっているから、『冒険者をその気にさせるのも受付嬢の仕事だよ。依頼を引き受けて首尾よくこなしてもらってはじめて君の実績になり、給料も出るんだ。がんばって』と見てみぬふりで……」
(なるほど。ギルマスも締め上げよう)
受付嬢の惨状は、上司の姿勢にも問題があることがよくわかった。
ファウストは二人が代わる代わる補い合って話すのを聞きながら、「受付嬢」の直面している苦難について理解を深める。
その上で、言った。
「少し残業になりますけど、取り急ぎ、いまダブついている依頼を俺に教えてもらえますか? 高ランクじゃなきゃ受けられないようなやつって、どういう内容のがきていますか?」
* * *
「あれ~~? 受付に男がいるけどどういうことだ~~? そう見えて女の子だったりするの? スカート履いている?」
翌朝。
受付カウンターにファウストが座って待ち構えていると、茶色の髪に同色の瞳、プラチナメイルを身に着けた剣士が姿を見せた。開口一番、煽り。
「このひとが聖剣士ジルベルトです」
ファウストの隣に座ったアンナが、こそっと耳打ちをする。前日散々しつこく誘われたと聞いていたファウストは「今日は休んでいてくださっていいですよ」と言っていたが、「いくらなんでもファウストさんは新人だし、今日くらいは隣に」とアンナが食い下がったため、二人で対応にあたる形になった。
「正真正銘男です。ジルベルトさんは女性とじゃなきゃ会話が出来ないんですか?」
にこにこと笑みを浮かべたまま、ファウストが応じた。
途端、ジルベルトは弾かれたように笑い出した。
「おいおい、なめたこと言ってくれるな。なんだお前。誰に向かって口を聞いている?」
「Bランク聖剣士のジルベルトさんです。昨日仰々しく受けていったっていう、Cランクのワーウルフ討伐依頼、進捗いかがですか?」
ジルベルトの煽りに対し、まったく取り合うことなくファウストは要件を口にした。ジルベルトは一瞬鼻白んだ様子があったものの、眼光を鋭くしてファウストを見つめ、ひとまず聞かれたことには返事をしてきた。
「それなんだけどよ。西の森で出現するって聞いたけど、行っても全然エンカウントしなかったぜ。その依頼、少し前のだって言ってたけど、誰か倒しちまったんじゃねえの?」
「そうですか。つまり未達ということですね」
「ばっかお前、ひとの話聞いていたか!? いねーんだって、モンスターが。いねーもんは退治できねーだろ」
「本当に西の森に行ったんですか? どこかで時間を潰して、今日もギルドに顔を出して、そういう『いなかったけど、エンカウントしなかっただけかな。俺にこの依頼片付けてもらわないと困るよな? 期限近いし』なんてアンナさんに難癖つけて、あわよくばデートの約束でもふっかけるつもりだったんじゃないですか」
「はあ!?」
ジルベルトの剣幕に怯むこと無く言い切った後、ファウストは「あ~そういえば、なんですけど」と言いながら足元に置いていた道具箱から数本の牙を取り出す。
「流しの冒険者がワーウルフにエンカウントして討伐したということで、今朝になってギルドに素材の買取依頼がありました。状態が良かったので買わせて頂きました。結構な数がありますね。これを、待ち構えていた依頼主に伝えたところ、依頼完了とみなすとのことで、依頼取り下げがありました。ただ、ジルベルトさんに関して言うと、昨日正式に依頼を受けていたのに、出遅れて未達になったってことですね。この依頼未達はペナルティに該当します。あと二回、未達が続くとランクが下がりますので、どうぞお気をつけください。能力以上の依頼は受けない方が良いかも知れませんね」
立板に水の如く。
言われるがままだったジルベルトは、口をぱくぱくさせてから、ようやく「なんだとぉ!」と勢い込んでカウンターに両手を叩きつけた。
「そんなこと言って、最近じゃCランク以上の依頼ほとんど手つかずになってたじゃねえか! 俺が受けなきゃ誰が受けるんだよ!!」
どん、とファウストはカウンターに紙の束を置いた。
すべて依頼終了のスタンプ押印済みの書類。
邪気のない笑みをジルベルトに向けて、側壁を手で示す。通常、そこは依頼が貼り出されている掲示板を兼ねているが、この日はほとんど何も貼られていなかった。
「朝の貼り出し業務をさぼったわけじゃなくて、一時的に依頼のほぼすべてが流しの冒険者によって片付けられた状態です。特に、C~Bランクは全部終了しています。ジルベルトさんはBランクなので、ひとつ上のAランクまで受けられますがどうしますか? いまならAランクの飛竜の鱗回収依頼が残っていますが」
「……A……飛竜」
つばを飲み込んで、威勢を失ったジルベルトは黙り込む。そこに、笑顔でファウストがダメ押し。
「鱗の回収なので殺す必要もないですし、パーティーを組んでなくてもいけるんじゃないですか。飛竜、近くで見ると結構可愛いですよ?」
ガタッとジルベルトが席を立つ。
ファウストは落ち着き払った態度ながら、不意に不敵な笑みを閃かせてジルベルトに鋭い眼光を向けた。
「依頼、受けていかないんですか?」
「うるせえな!! さっきからぺらぺらと!! また来るよ、今日はもういい!!」
言うなり、ジルベルトは背を向けて戸口に向かい、さっさと出て行ってしまった。
「わ~……、すごい、仕事の話だけだった。私のときはかなり向こうのペースで、仕事の話なんか全然させてもらえないのに。やっぱり女じゃだめなのかなぁ……」
感心というよりは呆然とした様子でアンナが呟く。それを耳にして、ファウストは「いえいえ」と苦笑して言った。
「だめなのはさっきの奴の心構えであって、アンナさんをはじめとした受付の皆さんではないですよ。こうして少しずつ『わからせて』いるうちに、心ある冒険者が増えることを願います。ところで、受付として俺は今日初の新人でしたけど、仕事、こんな感じでどうですか?」
最後の問いかけは、興味津々にそばまで寄ってきていた猫耳眼鏡の先輩、ヘレナに向けて。
ファウストに微笑みかけられたヘレナは、なぜか頬を染めつつ「ご、合格!」と上ずった声で答えた。
* * *
「ファウスト、意外な再就職先。『魔王を倒したら勇者は卒業だな』なんて言っていたけど、こんなところにいたんだ」
ギルドの受付カウンターにファウストが座り、すっかり馴染み始めた頃。
ひょっこりと顔を見せた紫紺の魔導士のローブの青年が、ファウストに向かって声をかけた。
「いや~、魔王がいなくってもモンスターはまだ活動しているし、ギルドも稼働しているわけだけど……。世界各地回っている間色々目にしていて、気になっちゃって。なんで受付には受付『嬢』しかいないんだろうなって。最果ての街あたりだと、受付嬢の中にも凄腕冒険者上がりなんかがいて、客になめた言動許さないで立ち向かっていたけど……。どうもね。泣き寝入りしているひとも多そうだったから」
さばさばした調子で、ファウストが応じる。
魔導士の青年は、青い瞳を輝かせて、面白そうに笑った。
「ファウストが楽しそうで良かった。どこにいても元気でいてくれるなら、それで俺は良いよ。そのうち第二、第三の魔王が、なんて話になったときには、また声かけにくるから」
「あるかな、そんなこと」
「無いとは言い切れない」
「俺、勇者は卒業したんだけどな。女神も二回続けて俺を指名するのは勘弁してくれないかな~。いまのこの仕事、千客万来で気に入ってるし。マジでいろんなひとがきて、面白いぞ」
「へえ?」
顔を見合わせて、笑い合う。
そこに「あの~」と少女の声が響いた。
二人が同時に目を向けた先には、奇妙な服装の少女がひとり。上衣もズボンも見慣れぬ形状。背に流した黒髪に、黒い瞳の美しい少女。妙におさまりの悪い顔をして、カウンター奥のファウストに視線を定めてきた。
「ギルドの登録をしてほしくて、ですね。あの、数年以内に魔王が復活するからそれまでにレベル上げしておきなさい、って女神様を名乗る女性に言われまして。なんかいろんなスキルもらっちゃったみたいなんですけど。あと空間収納術? そのへんギルドの受付で相談して、冒険者証を発行してもらわないといけないみたいで。ここで良いんですよね?」
もぞもぞとしながら、要領を得ているような得ていないような説明。
(魔王? 女神様?)
変な単語が出たなと思いながら、ファウストは「じゃあ職業やステータスを確認させてもらいますね」と声をかけて席を立った。
――少女がここではない異世界から女神によって呼ばれた、とんでもないチートスキル持ちの、職業「勇者」であり、魔王復活が冗談ではないと知れるのはこの少し先の話。
「……このスキルなら、Fランクからはじめてもすぐにランクはあげられそうだな。『勇者』が無事育つように、ギルドも精一杯応援させてもらう。ええと、パーティーを組むならそこにレベルカンストしている魔導士がいるから連れていっていい」
かつて魔王討伐にともに向かった仲間の魔導士を少女に斡旋し、その成長を見守ることをギルド職員として約束する。いざというときはひそかに自分も手助けする心づもりながら――
勇者を卒業してギルド受付に就職した元勇者は、今日もそこで、冒険者たちを待っている。
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