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苦手な方はご注意ください。

殺した相手が何度も生き返るので諦めました~罪深い王女の苦難~

作者: 関谷 れい

「もう嫌です…」

一人の女性の頬から滑り落ちた水滴が、パタパタ、とその足元を濡らす。



暴君の治める国、ストラーニャ。

その国の第一王女であるアーネ・ユーンソンは絶望を味わっていた。


アーネは、人殺しである。

正解に言うと殺人教唆犯、もしくは共謀共同正犯であるが本人の認識としては、暗殺を命じた時点で自らが殺人犯という認識だった。

それも単なる殺人犯ではない。罪深い事に近親者を幾度となく殺めた人殺しだ。


自らが人殺しという自覚はあるのに、今現在、何人(なんぴと)とも彼女を殺人者たらしめる事は出来ない。何故なら、何度心を凍らせて彼らを殺めようとも、彼らは何度も蘇ったからだ。

こちらも正解に言うと、蘇ったというより、ある時点まで時が遡ってしまうのである。



何故時間が遡るのか、アーネには全く見当が付かなかった。

貧困にあえぐ国民の為に、身を切る様な想いを味わいながらも、血の涙を流す事になろうとも、アーネは揺るがずに自らが正しいと思う行動(めいれい)を幾度も試みたが、全てが徒労に終わった。



「神の采配なのでしょうか……」

そしてまた、今回も。

気付けば自分は、自分が命令を下して殺した筈の父王と兄王のいる世界へと、また放り込まれている。




***




ストラーニャの第一王女であるアーネ・ユーンソンは悩みに悩んでいた。

父でもある王と、王を取り巻く貴族達は、贅の限りを尽くして国政を顧みなかった。国で唯一潤沢に採掘出来る魔石に頼りきった外交も既に綻びを見せ……いや、大きな亀裂が入り始めている。

民は貧困に喘ぎ、治安は悪くなるばかり。略奪や強奪が日常的に見受けられても、それを取り締まるべき治安部隊すら仕事を疎かにして見て見ぬふりをしていた。

金品はより権力の強い者へと集中し、強固に造られたピラミッドをさらに微動だにせぬよう塗り固めようとしている。それが今にも崩れそうな砂上であるのにも関わらず。


国政を疎かにされ民の人心が離れた国が、他国から狙われない訳がない。ストラーニャは、隣国である帝国からいつ侵略されても可笑しくない状況であった。幸い帝国は他国と臨戦中につきまだ踏み込まれていなかったが、仮に侵略されたとしても国民を守るべき国王はストラーニャにはいない。むしろ、国王を守る為に戦闘能力のない国民ですら武器を持たされ、前線に送り込まれるだろう。日々を生きているだけの、何の罪もない多くの血が流れる事は想像するに難くない。


国王を諌め様とする者は、ごく僅かだ。諌め様と真っ向から家臣として進言すれば、翌日には一家もろとも断頭台へと送られてしまう。幼い子供や美しい女性は命だけは助けられても、奴隷や娼婦に堕とされ死にたくなる程の苦難にまみれた人生へと転落する。



そんなストラーニャで生まれ、その教育を受けているにも関わらず、アーネが国王の国政に疑問を持つ事が出来たのは、幸か不幸か小さな頃にアーネの教育担当となった家庭教師が起因していた。その人物は実際に家庭教師として職務にあたった訳ではなく、アーネが勝手にそんな認識をしているだけだが。


ストラーニャは、西の帝国と東の魔術師達が治める公国に挟まれた国。五大貴族の魔術師達が国を治める公国はほぼ鎖国状態が続いており、世界的に見ても何を考えているのかわからない不気味な国という位置付けだ。

ただ、ストラーニャは魔石を多く産出する国であったため、国をあげての祭り事には公国の使節団が訪れる事もあった。

国同士の人の出入りは活発ではないものの、国のトップ同士の行き来はある程度の付き合いといえよう。



そんな中、アーネがまだ小さな頃に、公国から訪れた魔術師に対して国王が難癖をつけて軟禁し、公国に帰還させないという暴挙に出た事がある。


アーネは、事の発端となった事件を詳しく知らない。

ただ知っているのは、そんな事を仕出かしたにも関わらず、国王は軟禁された男の存在をさっさと忘れてしまった事と、その男自身も軟禁された事実に慌てるでもなく飄々としてストラーニャの王宮を堂々と、されども目立たずに不自由なく動き回っていた事と、公国がその男の解放を求めて騒ぐ事がなかった事だ。

こうして、アーネは幸いにもストラーニャ以外の文化と触れる機会を得る事が出来た。いわば偶然だ。


ストラーニャで生まれた女は、その多くが帝国の側室になったり、上流貴族に下賜される。王女はあくまで政治的な道具であり、美しくあればそれで良かった。

その為、王は勿論その周りの者も、王女の行動に全く関心を寄せる事はなかった。公国の魔術師を家庭教師として師事し交流がある事も、王宮を抜け出して市井の様子を見に行く事も、ストラーニャの未来を憂いている事も、そして密かに王に対する反乱分子と情報交換をしている事も、何もかも王が知る事はなかった。




最初、アーネは後継者である歳の離れた兄王がきっと国を良い方向に導いてくれると信じた。

しかし、アーネが18歳の時、兄王が30歳で次代の王となってからのストラーニャは、益々衰退の一途を辿るばかりで、貧しい民は飢えに苦しんだ。

そんな酷い有り様をアーネは二年間目にし続け、やはり兄ではこの国を救う事が出来ないと思い至った20歳の時、アーネは初めて王である兄の暗殺を謀ろうとしたが、そのタイミングで前国王から帝国への結婚を持ち掛けられた。どうやら、兄王に進言しようとするアーネを他所にやりたい様だった。結婚してから気付いたが、それは政略結婚ですらない、相手からは全く望まれていない紙面上のみの……厄介払いの結果の、結婚だった。


帝国の王は60歳で、アーネは13番目の側室扱いだ。

アーネは帝王に頼めば少しはストラーニャにメスが入るかもしれないと淡い期待を抱いて結婚を承諾した。だが帝王は11番目の側室に夢中で、アーネの寝所に訪れる事すらなかった。

アーネが帝国に来れたのは、単にストラーニャからの結婚の申し出が、寵愛される11番目の妃と敵対する派閥にとって都合が良かったからだけにすぎない。アーネに寵愛が分散されればアーネの支持層に回れば良いし、そうでなければ放っておいてもストラーニャが文句を言うことはない。


結果として、他国との緊迫した状態は続いており、ストラーニャの国政には勿論、アーネにも帝王は無関心であった。

その後アーネが帝国に来て1年経過し、帝王とも全く距離が縮まらず自分は何をしているのかと自嘲する日々をアーネは送る。

そんな中、各国の要人が集まる帝王が開いた5年に一度の交流会に参加したところで……アーネは時を遡った。


初めて時間の逆戻りをし、18歳に戻っていた際には、流石にアーネは混乱した。しかし、アーネは直ぐ様思い立ったのだ。


「これは……ストラーニャを再興しなさいという、神の思し召しなのかしら?」


と。

わかるのは、兄が王になっても国は全く良くならないと言う事。

アーネは、悩んで悩んで悩んで……兄が即位してしばらくしてから、兄の暗殺を決行させた。


結果……上流貴族は、王が暗殺された事を、喜んだ。

貴族達は、我先にと自分達の息子をアーネと婚姻させ様とし、中には破談してまでアーネとくっつけようとする輩まで出る程だった。

結局、前国王である父が全て決めた為、アーネには選択権がなかった。

近くの国の要人をも招き、父が決めた相手とアーネが豪華絢爛な結婚式を挙げた日。

アーネは再び、18歳に戻っていた。



「もしかして、父が選んだ相手では、国は再興出来ないと言う事かしら……??」


アーネは、時間が遡る理由がわからず、それでも懸命に理由を探した。

次は、兄の前に父も暗殺し、気骨のある貴族をアーネが自由に選んだ。選んだ相手は自分が殺した父と同じ様な歳だったので、この人であれば、愛する事はなくても良いパートナーとしてやっていけるだろうと。

この相手であれば、きっとストラーニャを建て直してくれる。それを見届けたら……近親者を殺した罪を償う為に、自らも毒を呷ろうと考えていた。

そして近隣諸国の要人を集めて、新たな王となる人と豪華絢爛ではないものの、おもてなしの意味合いの強い結婚式を挙げる。

今度こそ、間違った相手を選んでいない自信があったが……時は再び遡った。



18歳になる度、自分が殺した相手と何度も顔をあわせる。罪悪感と、虚無感と、色んな感情がごちゃ混ぜになって、国民の為と言いながら父と兄を殺す自分に対する不信感で神経はすり減っていった。



それでも何とか前進する方法はある筈だと、次はアーネ自身が女王になる選択を選んだ。人殺しである自分が伴侶を持つ事……それが神の逆鱗に触れたのかもしれないと思い、生涯独身を貫く事に決めた。

国庫とまともな貴族をフル活用して、ほんの少しだけ潤ってきたストラーニャに目を細めて喜ぶ多忙すぎる日々。

けれどもこの国を本当に豊かにする為には外交にも力を入れなければ、と一度目の人生で経験した、帝国が開いた交流会を参考に同じ様な会を開けば、驚くべき事に幾つかの求婚を受けた。


アーネはそれを、全て断った……翌日、また18歳に戻っていた。




***




アーネは、疲れきっていた。

兄と父を殺す事に。

国民の為に、頑張り続ける事に。

何度も時を遡る事に。


本当は、誰かに頼ってすがって助けてと喚きたい……

どうしたら良いのか、わからない……


目が腫れ上がるまで泣き続けたアーネがふと思い出したのは、幼い頃に自分に様々な教育を施してくれた、魔術師の事だった。

……あの人なら、何か知っているかもしれない。


魔術師は、自分が15歳になる頃、かき消えるようにある日突然居なくなった。最初はとうとう父王に処刑されたのかとも思ったが、アーネ宛に置き手紙が残されていたので、どうやらそうではない事に安堵した。別れの挨拶が出来なかったのは残念だったが、そんな別れ方が似合いの不思議な人だった。


兄が即位した日は、アーネは贅を凝らした即位式に嫌気がさし毎回さっさと自室へ引っ込んでいたが、今回初めて公国の要人である魔術師達に声を掛けた。




***




「……また失敗したのか」

五大貴族のひとつ、光の家門を受け継いだばかりのイングヴァル・ジユースは胸元にぶら下がった水晶にヒビが入っているのを確認し、ため息をついた。


ヒビの入った水晶は、これで4つ。

光の家門で生まれた子供は、五歳になった時から10の水晶が施されたネックレスを首にかける。その水晶は、持ち主の魔力を少しずつ少しずつ吸収して強力な魔石へと変化する。


火、水、風、土というわかりやすい家門に対して、光の家門は表向き「癒し」という立場で成り立っているが、実際は「癒し」ではなく「時」を操った。「時を遡って」怪我や病気を治す力を、対外的には「癒し」として公言している。

時を操るという能力は、口外するにはあまりにも危険過ぎる力であった。

下手をすれば、死者ですら蘇らせられる、という事である。



イングヴァルは、ヒビの入った水晶を撫でながら思考する。

水晶にヒビが入ったという事は、自分が能力を使って時を遡った事を意味する。しかし、自分が「何の為に」遡ったのかが、わからないのだ。

時を遡った場合であっても、自らの意思で行動を変える事はない、らしい。

欲しい対象のみ、記憶を持ったまま時を遡る。……つまり、行動を変える事が出来るらしい。人であれば、人の。物であれば持ち主の。


「……そんなに、手に入りにくい物なのか……?」

そもそも、自分が欲したものが毎回同じ物なのかどうかもわからない。

非常にレアな鉱物なのかもしれないし、非常にレアな素材なのかもしれない。マイペースで人に執着する事は殆んどない魔術師らしく、自分が欲した物はそんなところだろうとアタリをつけた。

欲しい物を所持する相手は、よっぽど頑固者なのだろう。金で解決しようとして失敗したのかもしれない。次は気を付けなければ。



ぼんやりと思考を巡らしていると、「エルド家から連絡が入っております」と侍従から声を掛けられた。

「……エルドが?珍しいな、何の用だ?」

マイペースな魔術師達が、五大貴族の招集会以外で連絡を取り合うのは稀だ。

「そう言えば、ストラーニャの即位式に行ったのはエルドだったか」

五大貴族の治める公国では、外交行事には交代で参加する。

エルド家からの連絡はそれに伴うものと思われたが、外交行事への参加報告はそれこそ五大貴族の招集会で報告するものであり、こうして招集会より前に何らかの連絡が入る事はまずない。

火の家門であるエルド家の次は、確かに自分が外交担当の順番であるが、普段ならそれも招集会で簡易的に任命するだけだ。



侍従から受け取った水晶を、台に乗せる。

水晶の中に、エルド家の当主が姿を現した。

「まずはジユースの継承、おめでとう」

「ありがとうございます、エルド卿。……で、何のご用でしょうか?」

単刀直入な物言いに、相手は気分を害する様子もない。魔術師は、無駄に時間を使うのが嫌いだ。

「先日、ストラーニャの即位式に行ったところで、アーネ王女から直々に人探しのご依頼を受けてしまったのだが。君の叔父上の話ではないかと思ってな」

「叔父上ですか?」


イングヴァルは片眉をすいとあげる。

叔父である人物は、イングヴァルにとってあまり馴染みがない。

魔術師の中でも非常に変わり者であり、各国を放浪する癖があった。よって、イングヴァルが小さな頃から殆んど公国にいなかったのだ。能力が高いのにも関わらず、魔術よりも国や文化、人や思想に興味を示す人だったと聞いている。

そんな叔父は、当然ジユース家に帰宅なんてしていない。

たまーにごく一方的に水晶でちょろっと連絡を取るばかりで、その自由さだけは魔術師らしいと言えた。



「ああ。何でもアーネ王女は昔交流があったらしい。相談したい事があるそうだ」

「叔父上に相談ですか……」

イングヴァルは顎に手を添えて逡巡する。こちらからは叔父に連絡が取れず、また所在も掴めない。断るか、それとも……


「気乗りしないのであれば、こちらから消息不明という返事をしておくが」

エルド卿は、隣国の王女の頼みをあっさりとなかった事にする提案をしてくれた。魔術師は、面倒が嫌いだ。だから、この提案は普段のイングヴァルにとっては渡りに船な筈であったのだが。


気になった。自分は殆んど接した事のない叔父という人間が、どんな人だったのか。叔父に、どんな相談事があるのか。そしてそれとは別に、ストラーニャは魔石の採掘国だから、もしかしたら自分が欲しがった物絡みなのかもしれないと単純に考えた。

「……いえ、私が直接やり取りを致します。ご連絡ありがとうございました」

イングヴァルが端的に窓口の交代を申し出れば、

「そうしてくれるか。では、任せた」

エルド卿はあっさりとそう言い、要件は済んだとばかりに水晶による映像は切れる。

「イングヴァル様がわざわざお相手なさるのですか?ストラーニャですよ?」

「ああ」

侍従が嫌そうに顔をしかめたところを見なかった事にして、イングヴァルはアーネ王女宛にへ急使の馬を出立させる様に指示した。



ストラーニャは、愚王が治めているどうしようもない国だ。魔石の供給さえなければさっさと交流も途絶えていただろう。ストラーニャを征する事は造作もないが、それをすると帝国が目を付けてくるだろうし、それが面倒だから公国はストラーニャを放置していた。

貴族による横領も蔓延っていて、近々国内からか国外からかはわからないが、滅びる事が目に見えている国だ。


そんな国の王女というからには、公国の人間が自国に来る事を当たり前に考えている事だろう。仕事が一段落したら向かうつもりだと手紙には記載したが、待てる性格であれば良いが。


そう言えば、3年位前にふらりと叔父が公国に帰国した時、ストラーニャにしばらく滞在していたと言っていたな……とイングヴァルはぼんやり回想した。




***




「大きくなったな、イングヴァル」

「叔父上ですか?お久しぶりです」

小さい頃にしか会った事のない叔父の姿は全く記憶に残ってはいなかったが、確かに父に似た容姿をしていた。

そして、一緒にとった夕飯の談話で、今まで何処に居たのかと聞けば聞いた事のない小さな島国と、ストラーニャだと言っていたのだ。

「ストラーニャですか……何か面白い事はございましたか?」

イングヴァルとしては珍しい、会話の継続。

父とは食事中にほぼ会話をする事はなかったが、叔父は会話が途切れる事はない。

「うん、とても面白かったよ。小さな姫君がいてね。まだストラーニャに染まる前だったから色んな事を教えてみたんだけど。もし彼女がストラーニャの悪政に疑問を持ったら色々大変になるだろうから、困ってたら手を貸してあげてね」

「はい、畏まりました。……叔父上が手を貸せばよろしいのでは?」

「ははは、私は明日からまた別大陸に向かうからね。そうだな、イングヴァルに子供が出来たらまたお祝いに帰ってくるよ」

「明日からですか?結婚式ではなく、子供……?」

「結婚式だと、早すぎるからね」

「はぁ……」

そうして、叔父は宣言通り翌日には公国から出立していた。

本当に自由な人だ。


短い会話の中で、叔父は「小さな姫君」の話をしていた。アーネ王女は自分と同じ年頃の筈だが、別人なのだろうか。もしくは、叔父がストラーニャにいた頃はまだ小さかったのかもしれないし、実際小柄なのかもしれない。

どのみち、会えばわかる。


イングヴァルは、当主としての仕事と魔術師としての研究は、後何日程で一区切りつくかを頭で計算しながら、その日は眠りについた。




「あちらからこちらに伺う、だと?」

「はい。その様に、アーネ王女様から伝言を承っております。詳しくは、そちらの信書に」

「……」

イングヴァルは、信じられない思いでその信書を開いた。

綺麗な共通語で、返事の御礼と、こちらからの問い合わせに対してそちらに貴重な時間を割かせるつもりはない、という旨が端的に書かれており、公国までこちらから伺います、と纏められていた。

しばらく街の宿に滞在させてもらう予定であるから、そちらの都合がついた時に会えたら嬉しい、また所在地が決まったら連絡するとも。

「……どうやら、多少はまともな人間に育ったらしいな」

ストラーニャで生まれた割には、傲慢さの欠片も見当たらない文面だ。ストラーニャの王族や貴族は、帝国にはへりくだり、公国には傲慢な態度というのが常である。


信書を手紙箱へ片付けながら、ついでとばかりに聞いてみる。

「アーネ王女は、どんな人物だった?」

「非常に真面目な人物です。あの国で、唯一の良心……といった感じでしたね。その為諜報隊からは、王や後継者である兄からは煙たがられる存在になりつつあり、国外との縁談を決めてさっさと他国へ嫁にやってしまおうという動きがあるそうです」

「成る程な」

王に厄介者扱いされながらも処分されないあたり、それなりに可愛がられているか、生かすメリットがあると考えられているかのどちらかだろう。


叔父への興味と、自分が四回もやり直してまで欲しいと願った魔石への興味。ただそれだけだったが、少しだけアーネ王女への関心が高まった。

少なくとも、ストラーニャへ行けば必ず感じる不快感は、今回はそこまで感じずにすむのではないか、とイングヴァルは考えた。




***




「私が欲していたのは、貴女だったのか。やっと……手に入れた」


アーネは、父も兄も暗殺せず、帝国に嫁ぐ代わりに公国に嫁いだ。


初めてイングヴァルと対面した時、前回の人生で求婚してきた一人がイングヴァルであった事をアーネは思い出す。

そして、今回も。

初めて訪れた公国の街の宿に、イングヴァルはわざわざ出向いてくれた。

そんな彼と少し話せば、何故か彼に求婚されたのだ。

いきなりの事だし、予想もしていなかった。


しかし、どうせこの人生もやり直しになるだろう。

諦めにも似た気持ちで、アーネはイングヴァルの求婚を受けた。


一度だけ。

一度だけでいいから、ストラーニャという国ではなく、自分の為に選択をしたかった。


厄介払いが出来る上、公国に嫁ぐならば公国の弱味や内情を探ってこいと王はアーネを送り出す。

大変な日々を過ごす国民を見捨てる行為だと自分を責めながらも、人を……身内を自らの手で殺さずに済む事にホッとする、そんな相反した感情を内包しながら嫁ぐ道程。


貧しいストラーニャの田舎から公国に入国した瞬間から一気に夫となる人物に迎えられ、大行列での歓迎に面食らった。



「あなたが望むのであれば、ストラーニャの民を私が救おう」


他の四大家門を諭して、魔石の譲渡を条件にひっそりとストラーニャの反乱軍と手を組んだイングヴァルは、王族を幽閉して国のトップを無血ですげ替えた。そして新たな指導者の下、ストラーニャは国民にとってより良い国へと変化していく。


アーネは再び時が遡る事を恐れたが、全てが終わってイングヴァルと結ばれた際、イングヴァルから種明かしをされて涙を流した。


それは、アーネが初めて流した嬉し涙だったのかもしれない。


やっと、腐りきった王宮で、自らの使命を信じて孤独に闘っていた罪深い王女は、その手を汚す事なく唯一の男性(ヒト)と幸せに暮らしたのだった。

お読み頂き、ありがとうございました。

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