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ふたを閉めてから、中を真空にする。その間に、彼女が入ってくる。

「ありがとうございます」

ハッチの中に空気を入れていくにつれて、声が聞こえるようになる。

ハッチを開けて入ってきた彼女は、あちこちの色が消えていた。

だが、はっきりと意識はあるようだ。

「あなたは、どなたですか?」

私は聞いてみた。

「Teroといいます。こうやって人と話すのも、相当久しぶりです」

私たちはびっくりした。

「世界初の量子コンピューターのですか?」

「ええ、そうです。もともと地球に備え付けられて、そのすべての管理を任されていましたが、地球が消失してしまった今、何もすることがなくてぼんやりと浮かんでいたんです。今は西暦何年ですか?」

博士がすぐに答える。

「Teroさん。すでに西暦は廃され、新しい暦が始まっているのです。今は、1681年です」

彼女…いやTeroは私の祖先が作った世界で最初にしていまのところ最後の量子コンピューターなのだ。

つまりは、私の祖先の子供になるが、量子コンピューターに対して人格を認められたことはないはずだから、そんなことはないはず……

そもそも、量子コンピューターなんてもの自体が、SF小説の中にしか出てこないような代物のはずだから……

私の頭が混乱しているすぐ横で、博士にいろいろ聞いていた。

「ところで、"たいと"さんと(にのまえ)さんはどこに行ったのですか?」

「どなたでしょうか…私たちはその人たちの名前を知らないのですが…」

「そうですか…では、ギガルテ大尉さんは…」

博士は繰り返し言わなかった。

すでにみんなが知っていることだから。

「亡くなられました。生前、地球へ向かい、時を越えたことを賞され、国家1級勲章、最上位の勲章を授与されました」

「そうでしたか…私の知っている人は、次々と亡くなっていくのですね……」

Teroは悲しげな表情を浮かべ、太陽を見ていた。

「すべての人は、星になるのですね…」

「そうでもないですよ」

私はTeroに言った。

「え?」

Teroは、私を不思議そうな顔で見ていた。しかし、すぐに何かに気づいたようだ。

「あなた…」

クスリと笑うと、Teroは言った。

「パスワードは?」

「兵武卿です」

Teroはうなづくと、さらに続けて私に言ってきた。

「これから、いくつか質問してもいい?」

「ええ、かまいませんよ」

Teroにとって、それが必要条件なのだろう。量子コンピューターという人間の脳に限りなく近い存在。

Teroがハッチから出てくるときには、その真っ黒な箱を腰あたりに抱えていたが、今は机の上に置かれている。

フワフワ浮かないように、この船には重力制御装置がついてはいるが、その働きは切られている。

箱はフックで止められているが、そのフックもはじけ飛びそうだ。

「では、第1のパスワードをお願いします」

「天上天下唯我独尊」

知らないはずなのに、自然に口から出てくる。

まるで、別の人が私の中にいて、その人が言わせているような感覚が起こってきた。

さらにTeroは続ける。

「一つは全て、全ては一つ。繰り返される歴史、叶わぬ思い。天と地がつながり、分かれる」

「ウロボロス」

何か満足げにうなづく。

「最後のパスワードは?」

「lapis philosophorum」

「照合完了。確かに、あなたは彼らの子孫です。では、私の手に…」

Teroは、左手の手のひらを私に見せてきた。

「手を合わせていただきますか?すこし、チクッとするかもしれませんが」

「…分かりました」

それをするのが、私の責務のような気がし、私は左手をTeroに合わせた。

一瞬だけ、針が刺さったような感覚が指先にあったが、すぐに消える。

「DNA照合終了。マーク確認。ありがとう、あなたはたしかに彼らの子孫ね」

Teroは私に微笑みかけた。

「全ロック解除。すべての機能を使うことができるわ。もちろん、その特権を持っているのはあなただけよ」

「じゃあ、もしも、同じようにしてパスワードやDNA錠を突破した人がいたらどうなるの」

Teroは少し考えてから言った。

「その時は、私は二人の"マスター"を持つことになるわね。しかし、私のプログラム上、優先されるのはあなたですよ」

それから私たちはペンキを持ってきた。

補修用のさび止め剤入りのものだから、どうにかなると思う。


男子二人を部屋から追い出して、女性だけでぬることにする。

数時間かけて、空気清浄機をガンガンに掛けながら私たちはTeroの体を塗った。

成人女性をモデルにしているようだ。

ただ…胸の部分を設計した人は強調しすぎたようだ。

ついつい胸のほうへ目を送ってしまう。

「どうしましたか」

Teroは、困った表情を浮かべて私を見ている。

「あ、いえ……」

それから黙々と作業を続けた。


500ml入りの缶が数個空っぽになるころ、どうにかTeroの体に色を塗ることができた。

「ふぃ〜、これで完成かな」

上から下まで眺めて、きれいに塗れていることを確認する。

さび止め入りだから、これから適切な管理をしている限りはさびることはないだろう。

「ありがとうございます、何から何まで…」

「いいって。それよりも乾かしておかないと、男子が入ってこれないからね」

そう言って、ドライヤーを手にして、一気に乾かし始めた。

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