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電子レンジのようなチーンという音が鳴ると、エレベーターの扉が開いた。
「こちらです」
フロッピーを持ったまま、案内をする。
延々と同じ形の扉が続いているが、その扉の上にはプレートが張り付けられていた。
「えっと、古代ギリシア研究室…近代ヨーロッパ研究室…日本研究室?」
「色々な人たちが、ここで働いているのよ。それぞれの研究室の中では、3度の飯より研究好きな人たちがこもってるわよ」
博士は笑いながら言った。
「まあ、私もそのうちの一人よね。研究室は、ちょうどここよ」
指さしたところは、近代コンピューター研究室と書かれたプレートがかかっていた。
「さあ、入って」
そういうと、博士は私たちをその研究室の中へ入れた。
雑然とした研究室は、それでも生活できないことはなさそうだ。
「ごめんなさいね。別の研究も続けてしていたから、なかなか片付ける暇がなくて…」
そう言いながらも、手にはコップを4つ持っていた。
「何か飲みます?」
「ミルクティーをお願いします」
私は二人に目くばせしながら言った。
彼らは何やら震えているようだが、気にするほどではない。
「砂糖は?」
「少しだけお願いします。ミルクは適量でいいんで」
「分かりました」
博士は柔和な微笑みを見せながら、紅茶を入れていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「さて、では早速中を見させてもらいましょう」
そう言って持ってきたのは、てのひらほどに収まる大きさの装置だった。
「これは…」
私は早速聞いてみたが、大体わかっている。
「これが、フロッピーを読み込むための装置よ。手前からフロッピーを入れると、パソコンが読み込んでくれるの」
そう言って、すぐにフロッピーを差し込んだ。
パソコンとは旧式のコードでつながっており、今のような無線では対応できないらしい。
「できるんだけど、中身は少ないからあまり意味がないんだ」
すぐ横で熱々の紅茶を飲んで、舌をやけどしそうになっている匡が説明した。
「少ないって、どれくらいの容量なの?」
「1.44MB。全角なら75万4974字分になるわね。あ、もちろん計算上だから、多少は実際と違うわよ」
博士は最後に言い繕うようにいった。
「それで…」
パソコンを操作している博士に思い切って聞いた。
「中には何が入っていたんですか」
そのために、私はここにいる。
彼らも一緒に来てくれた。
「……残念だけど、この中身を私から言うことはできないわ」
「どうして……」
「本当にごめんなさいね。このフロッピーは中をコピーしてあなたにお返しします」
そう言って、私の目の前でフォルダーをコピーし始めた。
「どんなのが入っていたんですか。なぜ教えてくれないのですか」
「…量子コンピューターのことよ」
背筋が冷たくなるのがはっきりと感じた。
博物館から出た私たちは、近くのホテルで部屋をとった。
「…量子コンピューターの情報が入っているなんて」
想像もできなかったこと。
私の祖先は、いったい何をしていた人たちなのだろうか。
このフロッピーの中は博士がコピーして今や二つに分かれた。
「……俺達で、この中を見ることってできないのかな。原理は分かってるわけだからそれを応用すれさえできれば…」
「そうね……やってみましょうか」
最後の綱がたたれたことによって、私たちは正常な判断ができなくなっていたに違いない。
そんなことをすれば、最悪の場合、中のデータのすべてが失われる可能性もある。
だが、私たちはそのことを実際におこなった。
「よーし、セット完了」
磁気テープであることを考えて、昔のカセットテープの読み方と同じだろうと推測。
その方向で装置をその場で組み立てた。
「読み込み開始」
男手というのは、このようなときに便利なものである。
組み立て開始から30分ほどで実験を開始できるほどになった。
ただ、実験といっても即本番と変わらない。
記録デバイスは、私の携帯になった。
ブーンという回転する音が聞こえてきたら、すぐにデータが読み込まれ始めた。
数分ですべてのデータを読み込むことができた。
そこに書かれていたのを見た。
「…これって、本当なんだろうかな」
私はその文章を読んで驚いた。
「どんな内容だったの」
直斗がひょこっと覗き見してくる。
「簡単にいえば、量子コンピューターの作り方みたいなもの」
ものすごくざっくばらんに言ったが、確かにその通りだった。
量子コンピューターの理論、その構造、さらには作った後の性別の有無や人格形成すら乗っているものだ。
「さすがにこれを見せるのはよくないと思ったんだろうな」
「議会に諮って公開するかどうかを調べる必要があったんだろうね。これは消しておかないと……」
私はそう言って、データの削除を実行した。
フロッピーはこの時点で切り離されている。
だから、何事もないはずだ。