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第3章 白と黒の秘密
私たちがモニターを見ると、数段上のランクの戦艦が浮かんでいた。
「あれに勝てますか」
私は博士に聞いた。
静かに首を横に振る。
「数段上の相手にして、勝てるかどうか聞くのは愚問です」
私たちは、おとなしく彼らの言うことを聞くことになった。
そもそも、彼らとはいずれ会わなければならない。それが今になっただけだ。
そう腹を決めて、一氏と対峙することになった。
船から降りてきたのは、いかめしい人だった。
「はじめてお目にかかるな、我が血筋のものよ」
一は、私を見るやすぐにそう言った。
「どなたでしょうか」
真っ先に聞き返した。
「おや」
手をひっこめる。私の顔を見ながら言う。
「では、自己紹介を先に。旧陸軍参謀長の一西都。ニノマエコーポレーションの社長だ」
「それはご丁寧にどうも」
私は握手をするために彼に手を出したが、彼は普通に無視を決め込んだ。
「それで、あなたがTeroですな」
彼女は、私の2歩後ろに立っていた。
「そうです……いくつか質問をしたいのですが…」
おそらくは私と同じことを聞くのだろう。それが、Teroの封印を解くためのカギになる。
「……すべて照合完了。では、私と手を合わせてください」
そう言って、彼はTeroと手を合わせた。
「DNA部分、不一致?」
「そんなわけないだろ!俺は"にのまえ"家として育ってきたんだぞ」
「しかし、DNA錠が存在してないんです。あなたは一家の一員として育てられてきたのは事実かもしれませんが、私が知っている"ニノマエ"さんと直接血は通っていないようです」
一はその場にへたり込みそうになっていた。
「じゃあ、俺自身は……」
「私を制限つきですが使う権利はあります。しかし、マスターとして、すべての機能を使う権利はありません」
Teroはそれだけ言うと、彼のもとから去った。
そして、私のすぐ横に来て耳打ちした。
その言葉は、私の背筋を冷たくするのに十分だった。
それを聞いてから、西都のところへ向かった。
「フロッピーを持っているのでしょ。少し貸してくださいますか」
「ああ……」
魂が抜けたように、脱力しきって答える。
白色のフロッピーを見せると、Teroは指でなでた。
「残された最後の1枚……」
それをなぞりながらつぶやいていた。
「すべての基礎になる最終プログラム…これがあれば……」
次の瞬間には、Teroは元に戻っていた。
「プログラム組み込み完了。現時点を持って、すべてのプログラムの組み込みを完了しました。以降、プログラムの書き換えはマスターに与えられた権限に従います。三原則導入完了しました」
私のほうをじっと見ていると、ふと気付いた。
「最終プログラムって…」
「私のこれまでのプログラムでは、行えないことがありました。それが権限外行動といわれるものであります。三原則に付随し、マスターの人命を最も尊重することになります」
「つまり…どういうこと」
Teroは、直斗たちを指さして言った。
「彼らが、仮に糸魚川さんに危害を加えそうになったら、全力で阻止します。たとえ相手を殺したとしても」
一同は息をのんだ。それほどにまで守りたいこと…
自らの子孫の存在は、それほどにまで重要なのだろうか。
「DNA錠には、私の封印を解くだけでなく、もうひとつの役割もあるのです。ただ、そちらはできれば使いたくないことですが、それでも私が使う可能性も残されています」
それだけ言って、できればいいたくないようだったので私もそこまで追及しなかった。
「それよりも戻りましょう。この人は明らかに戦意を喪失しているようですし、戒厳令も解除されるでしょう。私の力を欲したばかりに……」
最後の言葉は、ほとんど消え入るように言っていてほとんど聞こえなかった。
船は元の星に戻ると、大歓声で迎えられた。
「さすが閣下です。このものは、我々が連行します」
若手士官が博士に敬礼して伝える。
「父上殿も、天上の世界でお喜びになられていることでしょう」
「そうだったらいいわね」
博士は、疲れ気味に言った。
そんな博士を見てTeroがひとこと声をかける。
「大丈夫ですか」
「ええ、平気よ」
しかし、はた目から見ても疲れているようだった。
「どうです。少し休息がてら、私の家にお泊りになるというのは。戒厳令も解除されたようですし、ちょうどよろしいのではないでしょうか」
私はみんなに声をかけた。
「いいねー、ついでに飯も用意してくれるのかな」
直斗がはっきりといった。
「できればね」
私はあやふやに答えた。
家に向かう軍用車の中で、私は箱を抱きかかえるように座っているTeroに聞いた。
「そういえば、なんで白と黒の2枚のフロッピーを作ったんだろう…」
Teroは笑いかけながら話した。
「昔の伝承にあったのです。男と女のそれぞれに白と黒の布を授けた。白の布を受け取った男は、それを切り売りし莫大な富を得た。黒の布を受け取った女は、自らを黒一色で過ごすことにした」
「それでどうしたの」
私はその続きを知りたくなって聞いた。
「別に、どうしようもないですよ。ただ、それぞれが幸せに暮らしたという、それだけです。伝承といってもほとんど知られておらず、失われたものに近いです」
「そうか…」
博士は研究者としての血が騒いでいるようだ。
冷静に流してから、家に着くまでは、エンジンの音が響いてきた。