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さらに1時間ほど経ったとき、手にペンキがつかなくなってから、初めて服を着させた。
「もう入ってきてもいいわよ」
博士は部屋の外へ追放していた直斗と匡を呼び戻した。
さすがに戦闘機クラスになると、部屋の数も多少は多くなるようなのだが、それでもリビングが二つもあるというのはこんな時のためなのだろうか……
考えるのもアホらしくなって、二人が入ってきた時点で考えるのをやめた。
「大丈夫…?」
「ええ、もういいわよ」
Teroは、博士が持ってきた着替え用の服を着ていた。
「似合ってるのでしょうか…何だかわからないのですが」
「いや…とても似合ってますよ」
直斗がその姿をボケーッと見つめていた。
男から見たら、かなりいいということだろうか。
やはり、男の心というのは分からない。
私の胸は、あまり大きくないから……
いやいやいや、そんなことを考えている場合ではない!
「それよりも、Teroさん」
「なんでしょうか、マスター」
私は一瞬閉口してしまった。
「マスターっていうのはやめてもらえませんか」
「分かりました、糸魚川さん」
Teroはにこっと笑顔を私に向けた。
「……まあいいか。それよりも聞きたいことがあるんです。あなたを生み出した、私の祖先の人は、どんな人だったんですか」
Teroはちょっと困った表情を浮かべた。それから、重い口を開いた。
「…"たいと"彩さんと一 一二三さんは、私にすべてを教えてくださいました。一人で生活していくことになるので、生活に必要なことすべてを……」
何かつらい過去を思い出しているような顔をしていたので、私はあわてて言った。
「そうですか…」
見も知らない、私の祖先に思いをはせながら、船はゆっくりと動き出した。
操縦席には博士が座り、補助席にはTero。私たちは後ろの席に座っていた。
「一周してから、惑星へ戻ることにします。ちょっと調べたいこともありますので」
博士は船を動かす前にそれだけ言っていたが、何を調べるのかは言わなかった。
多分、研究に関する事だろうと思って、私たちは何も言わなかった。
半周ほどした時、博士は船を止めた。
「このあたりでいいかしら」
そういうと、博士は席から離れて私たちを呼んだ。
呼ばれて向かった先には、小型衛星が机の上に置かれていた。
手のひらに収まるような大きさだ。
「これで、旧太陽系の観測ができるようになるの。この小さな機械でね」
愛おしそうになでているその衛星には、さまざまな機能が積まれているような感じだ。
残念ながら、私たちには理解できない様な機能の数々ではあるが。
「じゃあ、これを発射させないとね」
それから、博士の行動は早かった。
すぐに衛星を発射台に載せ、スイッチを押す。
軽い震動も感じさせず、ゆっくりと等速直線運動をしながら衛星が出て行った。
「これでよしっと…あとは帰るだけね。Teroさん、色々と聞きたいことがあるのだけど、大丈夫?」
「ええ、かまいません」
Teroは私をちらちら見ながら言った。
「別にかまわないよ。私も聞きたいことがあることだし」
私がそういうと、Teroは笑って言った。
「分かりました、糸魚川さん。あなたが仰られるのであれば、反対する理由が見当たりません」
そんなTeroを見て、改めて私の祖先のことに思いをはせた。
どこまでも広がるこの世界。
ただ一人を残して、どこかの星へと旅立っていかなければならない状態になった。
その時の心痛はかなりのものだったのだろう。
私にも分かる時が来るのだろうか……
できれば来てほしくない。
「そうでした、ちょっとこれを見ていただきたいのですが」
博士はそう言って、フロッピーを見せた。
「これって」
Teroは不思議そうな顔をして私を見てくる。
「糸魚川さんの祖先が持っていたフロッピーです」
受け取ると、そのまま中のデータを読んでいるようだ。
再び不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「もう一枚はどうなりましたか」
「もう一枚って?」
私たちはまったく理解できなかった。
「"にのまえ"さんは、2枚のフロッピーを残したのです。1枚は黒色、もう1枚は白色でした」
同じものがもう一枚ある…
しかし、その前に"にのまえ"という名前には気になる人物が一人いた。
「もしかして…」
私は博士に目くばせを送った。
「分からないわ、その本人にも聞く必要があるかもしれないわね。このすべての秘密を知るために」
Teroは博士にフロッピーを返すと、再び聞いた。
「黒の分の情報は整理できました。残り白の分、それがそろえば完全なる存在へとなります」
完全なる存在……
それが、少し心に残ったが、じきに忘れた。
「航行中の戦艦に告ぐ。今すぐ停艦せよ。こちらは、一だ」
彼のほうから来てくれた。