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9 松野卓也 前編

主人公以外の視点です。


 どうしてこうなってしまったんだろう。

 どこをどう間違えてこうなってしまったんだろう。

 もう何度も自問を繰り返してきたが、答えは見つからない。



 この世界はクソだ。

 初めから気に入らなかった。

 なにせ転移して右も左もわからない俺たちが苦労して街にたどり着いても武装した兵士たちが出迎え、そのまま水すら出さずに屋敷に軟禁。

 そこから額に角が生えた大男、剛蓋が威圧的に俺たちを見下ろして何を言うかと思えば、俺たちを戦場に送ると言い、さらには女子を無理やり結婚させるとも言い、それが嫌だと言ったら男女平等に鍛えて女子も戦場に送ると言うのだ。

 俺たち男が何か言い返すべきだとは思ったのだが、これみよがしに刀なんか持ってるから反論すらできない。

 とにかく内心は、これだから野蛮人は、という思いでいっぱいだった。



 剛蓋が嫌なら出て行けと言ったのをこれ幸いに、俺たち14人は道場から出るや、外で突っ立てた剛蓋に世話になるつもりがないことを告げた。

 すると、すぐに屋敷から追い出された。


「なにあれ、感じ悪いし」

「餞別くらい寄こせってーの」


 街へと放り出された俺たちは、口々に文句を言った。

 が、それでも街から追い出されることはなかった。

 ……それがどれだけ有難いことなのか、この時点では知る由もなかった。



 初めてこの目で見る異世界の街、藤見の街とやらは古臭い木造建築の建物が立ち並ぶ街並みで、それはまるで中学時代の修学旅行で行った太秦のよう。

 通りを行き交う街の人々は、額に角が生えている以外はほとんど日本人と変わらない。

 格好だって、時代劇でよく見るような着物姿だ。

 このときの俺たちは、無邪気にも観光気分ではしゃいでいた。




 集団で歩く俺たちだが、屋敷を追い出されたため行く当てもない。


「これからどうするよ?」


 直哉が誰に宛てでもなく言うと、それに誰かが答えた。


「異世界転移っていったら、やっぱ冒険者ギルドでしょ」


 そんな軽いノリで方針が決まる。

 しかしいくら探しても、それらしい建物は大通りには見つからなかった。

 ……これは後で知ったことだが、この世界にファンタジー世界の定番であるモンスター、スライムなどは存在しない。

 狼などの獰猛な野生動物はいるが、各統治者が治安維持のために自前の兵力で定期的に駆除しているのだ。

 つまり、民間に任せるのではなく、完全公営ということだ。


 しかもこの世界は、元の世界の江戸時代のように身分がしっかり分けられている。

 武士は武士、町人は町人、農民は農民。

 だから冒険者なんてあやふやな職は存在すらしていない。

 職業ひとつ取ったって、日本の職業選択の自由なんて概念は存在せず、コネがなければ正式には名乗れない狭き門。

 武士なんかなりたくてもなれない上級職だ。


 そんなこととはこの時点では露知らず、俺たちはのん気にも次の方針を相談する。


「冒険者なんてならなくていいっしょ、だってタクヤがチート無双してくれるんだもんねー さっき言ってたもんねー?」


 俺の腕を両手で抱きかかえながらそんなことを聞いてくるのは、河西かさい あかね

 茶色に染めた髪を肩口まで伸ばして緩く巻き、化粧はそれなりにしているがすっぴんでもほとんど変わらない可愛い彼女。

 中学時代から付き合ってる俺の自慢の彼女だ。


 そんな彼女に、俺は自信満々に言う。


「おう、任せとけよ」


「任せとけってお前軽く言うけどよー、具体的にはどうすんだよ?」


「異世界っていえばマヨネーズだろ」


 たいていのネット小説で話題に上がるマヨネーズ。

 実際に作ったことはないが、卵黄と酢と油でできるお手軽調味料だ。

 これで儲ければいい。


 しかし問題があった。


「作ろうにもお金がないんですけどー」


 そう、先立つものがないのだ。

 持ち物を売ろうにも、着の身着のままの転移のせいでポケットに入ってた小物くらい。

 具体的には、スマホに財布、ハンカチ、ガムくらいだ。

 高く売れそうなのはスマホくらいか。

 でもできればスマホは売りたくない。

 こんな序盤で手放すには惜しい代物だし、この街並みを見たら明らかにオーパーツだからな。


 しかし、のっぴきならない状況になりかけていることは嫌でもわかる。

 ここは一つ、いや、二つくらい売るべきだろう。

 幸い全員が持っているため、14個あるのだ。


 そう提案したのだが、ここでも問題が発生した。

 誰のを売るかで揉めたのだ。

 結局、じゃんけんという解決法が出るまでに揉めに揉めて、ずいぶん時間を無駄にしてしまった。


 そうして売るのは、直哉と茜の分だった。

 最初はふてくされていたふたりだが、俺の説得で承諾した茜と違い、直哉はずいぶんごねた。

 が、最終的には全員から発せられる疎ましげな空気を読んで諦めた。


 ぞろぞろと集団で店に押し掛けるのはまずいだろうということで、皆を代表して俺と直哉が表通りに店を構える商人の男に声をかけた。

 だが、返ってきたのは買取拒否。

 こっちが懇切丁寧、未開人向けにスマホの機能を説明してやったのにも関わらずだ。


「なんでだよ! このカメラ……風景も人も鮮明に撮れるやつなんてすごいだろ」


「確かにすごいけどさ、だってそれすぐに使えなくなるやつだろう? 東郷様から注意喚起が来てるよ」


 ちっ、野蛮人のくせに……。

 内心で悪態をついていると、


「少なくとも一月使えるなら考えてもいいんだけどねぇ」


 その言葉に俺は飛びついた。


「それがこいつは使えるんだよね! 改良型だからさ」


 隣で俺の言葉に直哉が面食らっているが、もちろん嘘だ。

 そんなに長期間、充電しないで使えるわけがない。


「本当かい? じゃあその旨一筆書いてもらえるかい? 嘘だったら詐欺で捕まえてもらうからさ」


「っ」


 いきなりの返しで、顔に驚きが出てしまった。

 それがまずかった。


「どうしたんだい? 文字がかけないなら無料で代筆するよ。そんなすごいものを売ってもらえるんだから当然さ」


 相手が紙と筆を取り出してるうちに、俺たちは脱兎のごとく逃げ出した。



「どうだったー? いくらになったのー?」


 俺たちが戻ると、無邪気に聞いてくる茜。

 隠し通せるものでもないので、正直に答えた。


「売れなかった……」


「えー!? なんでよー」


「過去に異世界転移した奴らが売ってたんだよ……だから長期間使えないことがばれてた……」


「じゃあどうするのよー?」


「ほんとだよ、無双してくれんだろ?」


「そうそう、大口叩いたんだからどうにかしろよ。まさかマヨネーズだけじゃないよな?」


 茜だけでなく、他の奴らも俺を責め立ててくる。

 結構チートものは読んでいたのに、思いつくのはマヨネーズくらいだった。

 だって普通は神様にチートもらえるじゃんか。

 金を稼ぐのは冒険者ギルドだし。


 それにしても、一緒に売りに行って詳しい事情を知ってる直哉は、俺を庇ってくれてもいいだろうに我関せずだ。

 だからだろう。

 そのことも合わさって、ぐちぐち言ってくるクラスメイトに対し、


「しょうがねぇだろ、スマホが売れなかったんだから!」


 ついつい語気を荒げてしまった。

 シラーっと静まり返る皆。

 そこで初めて直哉が動いた。

 パンパンと手を叩いて注目を集めると、


「皆で考えようぜ、卓也になんか頼らなくてもどうにでもなるって」


 ……カチンとくる言い方だ。

 直哉は俺と同じくクラスでも学年でも中心的存在で、かなりプライドが高い。

 だから結構の頻度で衝突することがある。

 現に、今も俺にあてこするように視線をぶつけてきた。


 けど俺は直哉とは違って大人だ。

 流すだけの器量がある。

 それに明らかにこの状況はまずいし、喧嘩してる場合じゃない。


 それからは皆で、ああでもないこうでもないと通りで意見を出し合っていると、


「どうやらお困りのようだの」


 しわがれた声がかけられた。


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