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8 蛮族退治


 とうとう約束の期日がやってきた。

 この日のために前日の訓練は、訓練が始まって以来初めて休みだったのだが、逆にそのせいで昨夜は疲れ切った体という睡眠導入剤がなく、クラスメイトたちはいつになく寝つきが悪かったようだ。


 またそれとは別に就寝前、俺のところに来た先生がなにか言おうとしていたが、花凜と丸山に止められていた。

 フラグが~とか言ってたが、よくわからない。



 そうして身支度を整えた俺たちは、朝一番に中庭へと集められると、すぐに刀と甲冑が支給された。

 各部位の詳しい名称はわからないが、脛当てから小手、兜までの全身フル装備。

 それは歴史物で見たことのある武将が着るような派手な甲冑ではないが、それでもしっかりとした甲冑だった。


 俺たちは剛蓋の配下に手伝ってもらいながら着込んでいく。

 陣頭に立った剛蓋が、甲冑を着込む俺たちを見回す姿はどこか満足げだ。




「戦とは言ったが、此度の相手は蛮族。蛮族退治だ」


 準備が整い、剛蓋から蛮族についての軽い説明が入る。

 蛮族と聞いたら元の世界基準で異民族なんかが思い浮かぶが、この世界では徒党を組む盗賊のようなものを指して言うらしい。

 その大半が食い詰め者だが、極まれに牢人、主家を失った武士が混じることがあるという。

 前者なら討伐は容易いが、後者は戦の経験があるために手痛い損害を被る場合があるようだ。


 初陣を前に緊張する俺たちに向かって剛蓋は、


「一月とはいえみっちり鍛えてやったのだから自信を持て。蛮族ごときに後れを取ることはない。もし死んだら運が悪かったと諦めよ」


 そう言って、実際にかかと笑い飛ばして見せた。

 それは初めて見る剛蓋の仏頂面以外の表情。

 配下の兵も驚いているが、どうやら俺たちの緊張をほぐそうとしているらしい。


 が、クラスメイトは鬼の笑う姿に引き気味だ。

 控えめに言っても不気味なのだからしょうがない。


 そんな俺たちを気にすることなく、剛蓋は配下とともに俺たちを引き連れ、蛮族が出たという場所に向かうのだった。




 蛮族の情報は、たいてい街と街を行き来する行商人からもたらされるという。

 なぜ行商人かといえば、それは蛮族にとって、襲いやすいうえにいちばん実のある獲物だから。

 そうして今回も、荷駄を奪われ命からがら逃げ延びた行商人からの報告がいくつもあがっていた。

 領内の治安維持は領主の仕事というわけで、俺たちの初陣に選ばれたというのが蛮族退治の成り行きだ。


 剛蓋配下の兵50人と俺たち14人は、申し訳程度の舗装しかない街道を歩いて、件の現場付近へとたどり着いた。

 そこには、身を潜めるにはちょうどよい森が近くにあった。


 しかし着いたからといって、すぐに蛮族との戦いが始まるわけではなかった。

 たいていの蛮族は根無し草のため神出鬼没。

 いくら潜んでいる場所に目星がついていても、森の中をやみくもに探すのは危険なため、待つしかない。

 そのため、いつ出てくるかは運によるところが大きく、今日は出くわさない可能性だってある。

 そうしたらまた明日、明後日と、出てくるまで足繁く通うことになるのだという。

 まるで刑事の張り込みのようだ。


 早く出てこい、そう願いながら待つ間、緊張しすぎはよくないということで、哨戒しながらであれば多少の会話が許された。

 二人組となり、思い思いに会話に励むクラスメイト。

 必死に緊張をほぐそうとしているようだ。


 が、俺と組んだ武藤は、ひとり神妙な顔をして黙って考え事をしている。

 どうやらまだ悩んでいるらしい。


「殺せそうか?」


 俺から声をかけたら武藤がふっと吹き出した。

 なに笑ってんだと思ったら、


「初めてお前から話しかけてきたな」


「そうか?」


「そうだよ」


 たしかに言われてみれば、クラスメイトにこちらから話しかけた記憶がない。

 今までクラスメイトはクラスメイトであり、友達でも仲間でもなかった。

 そも友達も仲間も作ってる暇はなかったし、そもそも作り方がわからなかった。

 自嘲していると、武藤が最初の質問に答えた。


「それで答えだけど……やるしかないだろ。やらないと生きられないんだから。

 よくよく考えてみれば、日本でも生きるために他の生き物を糧にしてたんだ。ただそれが目に見えてなかっただけ、自分の手を汚してなかっただけでさ。

 ……それでも今回の相手は同じ人だ。でも、それはたぶん同じ世界でもあった話なんだぜ。向こうの世界だってここみたいな戦国時代ならもちろんのこと、現代でだって場所が場所ならさ。だからやれるさ、殺ってやるさ」


 どうやら完全に覚悟を決めたようだ。

 そしてそれは他のクラスメイトも同様、会話をしているうちに迷いは消えてなくなっていた。

 そこへ、


「出たぞ、蛮族だ」


 遠く離れてはいるが、こちらに向かって進んでいた荷馬車に群がる集団の姿が目に入った。

 その数は2、30人ほどはいるのだろうか。

 連中は、悪路と積み荷のせいで速度を出せない荷馬車を追い回している。


「騎馬隊、先に行って退路を断て! 貴様らは走れ! そして殺せ! 手柄をあげてみせよ!」


 剛蓋の合図で、馬に乗ってる兵10人が先駆けていく。

 その後ろを、剛蓋に追い立てられるように俺たちは甲冑をがちゃがちゃ鳴らしながらひた走る。


 蛮族は全員が徒歩だ。

 荷馬車を襲っていたが、猛然と迫る騎兵に気づき恐れをなして逃げようとするが、見る見るうちに追い抜かれ退路をふさがれ、斬り殺される。


 目の前で鮮血が舞っているが、いまだ現実味はない。

 そうしているうちに、乱戦の様相を呈している現場へたどり着く。


 戦意もなく、悲鳴をあげて逃げ惑う蛮族を近くで見ると、汚らしい身なりで浮浪者同然。

 その手に持っている得物は棒だったり、欠けた刀だったり粗末な物だ。

 それに比べてこっちは立派な甲冑に、数打物とはいえ新品同然の刀。

 正直、負ける要素がない。


 クラスメイトたちは刀を抜いたが、一瞬の間逡巡する。

 覚悟を決めていても、土壇場で人を斬ることにためらいが出たのだろう。


 そこをひとり飛び出した影。

 星だ。

 彼女は微塵もためらうことなく、蛮族の男を袈裟斬りにしてみせた。

 そしてそれに数舜遅れて続いたのは花凜で、ほぼ同時に鮮血が舞った。

 それを皮切りに、男子も続々蛮族を斬り殺していく。


 かくいう俺も、もうすでにひとり斬り殺していた。

 巻藁を斬るのと同じように両断した人の身体が、目の前には転がっている。

 肉を斬り骨を断つ感触、人の断末魔の叫び声、頭から吹きかかった返り血の匂い。

 もっと精神的に来るものがあるかと思っていたが、思っていたほどではなかった。


 そうして俺たちが一人一殺している間に、蛮族は全滅していた。


「ようし、よくやった!」


 いつになく機嫌のよい剛蓋の声が響く。

 蛮族退治とはよくいったもので、これは戦ではなくもはや虐殺だった。


 殺人童貞を切った俺たちを、露骨なまでに褒める剛蓋に配下の兵たち。

 それで気づく。

 なるほど、これは度胸付けのための儀式だったのか。


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