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7 真剣


 剛蓋の宣言した一月後の戦までの期日が一週間を切り、訓練内容に変化があった。

 これまで訓練では木剣しか使われてこなかったが、そこに真剣を用いた訓練が追加されたのだ。


 その日は珍しく道場ではなく屋外に整列した俺たちだが、ひとりひとり下賜するように配られたのは、黒塗りの鞘に納められた刀。

 業物ではない数打物の刀というが、見た目、漫画や時代劇でよく見る日本刀そのものである。


 木剣が実戦のために作られているため、手に感じる重さ自体はいつもの訓練同様変わらない。

 が、木で造られた剣と違って、刀の大きな役目はただ一つ。

 人を斬り殺すための道具だ。

 それに加えて、手に伝わる感触も温かみのある木剣と違い、ひんやり冷たい。

 否が応でも差し迫った条件を思い知らされ、縮こまる奴が続出した。



 刀を配られた俺たちだが、それでいきなり斬り合いを始めろ、とは言われなかった。

 刀を扱う上での注意点と手入れの方法をはじめ、基本的動作や鯉口の切り方、抜き打ちの方法などを懇切丁寧に指導された。

 生兵法は怪我のもととはよく言うが、正しい方法でないと自分を斬ってしまうというのだから、皆いつも以上に真剣に聞き入っていた。


 そうしてレクチャーが終わると、竹に藁が巻かれた巻藁が人数分用意される。

 それを前にして、「まずは斬ってみろ」と剛蓋が言う。


 思い思いに斬りかかるクラスメイトたち。

 俺もひとつ大きく息を吸うと、これまで教えられた通りに、振りかぶった刀を振り下ろした。


 スパッと斜めにずれ落ちる巻藁。


 ほっと息を吐き、周りを見れば、一息で斬れているのは女子二人に武藤、それとあと数人といったところ。


 全員が斬り終わると、刀はすぐに回収された。

 許可がなければ真剣は使わせないし、持たせないという方針らしい。


 クラスメイトは剛蓋のことを鬼と思っているようだが、やはり俺はそうは思わない。

 どこぞのBR教師のように、クラスメイト同士で殺し合わせるようなことはないのだから。


 で、いつも通りの木剣での訓練に戻る。

 そうしたら、入れ替わり立ち替わりで剛蓋の配下にボコられるわけだが、最近では逆に一本とれることも珍しくなくなってきた。

 いつも遠慮なくこちらを負かしてくる相手の悔しそうな顔が実に心地よい。


 が、悦に浸ってると倍返しされるので、おくびにも出さず訓練を続ける。

 ほら、今も初めて一本とれた丸山が大声で喜んだが最後、いつも以上に容赦なくボコられている。



 その後も、真剣に慣れる訓練は継続的に続けられた。


 が、真剣を使うと精神的にすり減るのか、訓練後の疲れが増すことを思い知った。

 それがまた、殺し合いをするという実感を助長させてくるようで、クラスメイトの顔が暗くなった。


 これまで訓練を受けてきたおかげで、よくある物語のように、身体が勝手に動くスキルだ必殺技だなんてものは存在しないことはわかっている。

 とにかく実戦では、繰り返し剣を振るうことで身体に刻み込まれた動きを頼りにするしかないということも。


 それを考えたら女子二人は一日の長がある。

 女子とはいえ全国大会に出場する腕前があるのだから。

 実際、俺たち男子より早くに剛蓋の配下を負かしてたしな。




 まあこんな感じで訓練漬けの日々が続く中、また先生の様子がおかしくなった。

 とはいっても、前みたいに明らかに沈んでるわけじゃない。

 逆に浮かれている、と言ってもいいかもしれない。


 それに合わさるように、日中でも先生の代わりに女中が掃除、洗濯、炊事をやるようになったり、皆が寝るしかすることのない夜中にこっそりどこかへ抜け出すようになったり。

 俺的には暗い雰囲気は微塵も見せていないのだから、放っておいてもいいだろうと思うのだが、また面倒くさい連中クラスメイトが俺の背を物理的に押しやった。

 なんでも「男に脅されて逢引きしているに違いない」とか、「寝取られるな」とか、「奪い返せ」とか。


 寝取られるもなにも、そもそも俺と先生は別に付き合ってないんだから関係ないと思うのだ。

 それに先生だっていい歳なのだ。

 異世界とはいえ、佳い人が見つかるのなら、それに越したことはないだろう。


 が、馬の耳に念仏とはこのことか。

 連中に俺の声は届かないので、また先生と隅っこで向き合うことになった。


「…………」

「…………」


 なったのだが、俺と先生は向かい合わせのままハイパー無言タイム突入。

 それも先生はこちらをまともに見ようともせず、もじもじしている。

 その様は年齢よりもずいぶん幼く見える。

 下手したら俺より年下に見える気が……。

 先生の精神年齢にいささかの不安を抱きつつ、俺はこの状況を打開すべく声をかけることにした。


「先生」

「ひゃいっ!」


 俺の声に間髪入れず反応した先生だが、その声は不自然に裏返っている。

 わからない。

 どこにそんなに驚く要素があったのだろうか。

 俺がちょっと間、考え込んでいると、


「な、なにかな、関谷くん」


 威厳を挽回したいのだろうか、その声が弾んでいる。


「単刀直入に言わせてもらいます」


「は、はい」


 なぜか身を固くし、身構えた先生は、


「先生が夜中にこっそり出ていくことで、皆が不安がっています」


「え?」


「それに男子連中いわく、先生が俺たちのために身を挺している、つまり男に身体を売っているんじゃないかと」


「えええええええええええええええええええ!?」


 俺の男子連中に対するささやかな復讐で、大声をあげて驚いていた。


 もちろん俺はそんなこと思っていない。

 この先生は、隠し事がうまくないタイプ。

 そんな事態になったらもっと悲壮感を滲ませるはずだ。

 ……まあ本当に逢引きしている場合、相手の男に言葉巧みに騙されている可能性は捨てきれないが。

 バーのバイトを見つかったときも、カモられそうになってたしな。


 しかし、そんな俺の失礼な考察を先生は必死に否定する。


「ち、違います! なにをしているかは言えないけど、そんないかがわしいことは先生してません!」


「わかってます、わかってますから落ち着いてください」


 どうどうと宥める俺に対し、先生はさらに身を乗り出してくる。


「せ、関谷くんもそんなことを思ってるんですか!?」


「思ってませんから、俺は信じてますから」


「し、信じる……っ」


 適当に衝いて出た言葉のなにがツボにはまったのかはわからないが、急に先生がおとなしくなった。


 そうしてようやくのことで落ち着くと、しみじみと小さな声で言う。


「……先生ね、できることをやるしかないっていう関谷くんの言葉がうれしかったの。それでね、先生もこの世界でできることを見つけられれば、そう思って……。それで行く行くは皆の。ううん、関谷くんの力になりたい、そう思ってるの」


 先生がうるんだ瞳で、じっと俺の目を見つめてくる。

 そんな先生に対し、俺は答える。


「それはいいことだと思います。がんばってください、期待してますよ」


 こんな状況でも生徒に頼り切らない、まさに教育者の鑑だ。

 俺の言葉で、ぱあっと顔を明るくする先生。


 先生はどこへ行って何をしているのか内容は明かせないと言ったが、やはり先生に暗い影はない。

 これで連中の根拠のない懸念も払拭されただろう。

 ミッションコンプリートだ。


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