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6 和解


 それは、厳しい訓練が終わって、黙々と飯を食う時間に起こった。


「いい加減にしてください、花凜」


 声の主は、花凜の親友である星。

 男子は花凜に遠慮して、というかこれ以上刺激しないよう細心の注意を払っている。

 それはもう腫物というか爆発物を扱うかのように慎重に。


 そのため、また今日も消化に悪い空気の中、皆がもそもそ飯をかき込んでいたら、俺たち男子からなるたけ離れた場所で飯を食う女子陣内で動きがあったのだ。


「いきなりなによ、星」


「とぼけるのはやめてください。はっきり言わせてもらいますが、あなたのせいで空気が最悪です」


 ズバッと切り込む星。

 そのあまりの切れ味のよさに、男子連中が息をのんだのは気のせいじゃない。


「あたしのせいじゃないわよ」


 ムッとしながらも受け答えるのは、相手が親友だからだろう。

 そして、その横では先生がおろおろしている。

 なんとも不憫だが、そんな先生を差し置いて、二人の問答は続く。


「いいえ、あなたのせいです」


「いいや、あたしのせいじゃない」


 にらみ合う二人だが、


「あなたのせいです、認めなさい」


「なんであたしなのよ?! どう考えたって丸山が悪いでしょ!」


 何度も指摘され激昂した花凜。

 名指しで糾弾された丸山は、肩身が狭いようで身をすくめた。

 そしてさらに、


「確かに丸山さんは罪を犯しました」


 美少女の容赦ない断罪に、丸山がより縮こまる。

 そらみたことかと胸を反らす花凜だが、星はそこで話を終わらせなかった。


「でも誠心誠意謝罪して、先生にも赦してもらえました。関谷さんにしたって、皆さんだってそうです。引きずっているのはあなただけです」


 自覚はあったのか、「うぐ」と花凜が言葉に詰まる。

 そんな花凜に対し、星はさらに踏み込む。


「わたしとしては、逆に丸山さんには感謝したいくらいです」


「はあ!? なに言ってんの、なんであんな最低男に感謝なんてするのよ、おかしいでしょ!?」


「だって皆さん男性ですよ。それも健康な十代の。その方々がわたしたち女人と同じ部屋での生活を余儀なくされているのです。遅かれ早かれこうなってしかるべきでした。それを関谷さんのおかげとはいえ未遂で終わらせ注意喚起してくれたのですから、感謝すべきでしょう?」


「それは、そうだけど……でもそんな言い分おかしい! 絶対おかしい!」


 星の主張も一理あるとはいえ、極論だ。

 花凜が受け入れられないのもわかる。


 その後も親友同士の遠慮ない押し問答が続いたが、次第に花凜が混乱、というか錯乱し始めた。


「そもそもなんであたしたちがこんな世界にいるのよ! それもこれも剛蓋が悪い! そもそも異常なこの世界が悪い!」


「花凜、剛蓋さんもおっしゃってましたが、郷に入れば郷に従う。この世界ではわたしたちの方が異常なのでしょう」


 それでも静かに諭そうとする星だが、そう簡単に納得できない花凜はというと、


「……星、あんたこの世界のせいでおかしくなったんじゃないの? 目を覚ましなさいよ!」


 星の肩を揺さぶって正気に戻そうとする。

 正直傍から見たら錯乱しているのは花凜なのだが、当事者とは得てして気づかないものだ。


「わたしは正気ですよ。あなたはわたしの実家、一ノ瀬の道場を知っていますよね」


「もちろんじゃない。あたしだって門下生よ」


「だったら何が言いたいのかわかるんじゃないですか? うちの道場は古武術の流れを汲んでます。わたしたちがこの世界での訓練に曲がりなりにもついていけているのは、あの時代錯誤ぶりも甚だしい稽古のおかげですよ」


「それは……っ」


 女の身でこの世界の訓練についていけてるのだ。

 相当にスパルタだったのだろう。


 錯乱から一転、落ち着きこそしたが、なかなか納得できない花凜。

 そんな花凜に対し、星は最後通牒を突き付けた。


「このままでは、あなたに待っているのは……ろくでもない未来でしょう」


「……なんでよ?」


「これからわたしたちが赴くのは戦場ですよ。どのような場所なのかはまだわかりません。ですが、そこで人を殺さなければならないことだけは確かです」


 星の口からあっさり飛び出した、『殺さなければならない』という言葉。

 その言葉の重みは、花凜だけでなく、男子にものしかかる。

 訓練に打ち込みつつも、そのことは考えないようにしていたのだろう。

 武藤ははじめ別の選択肢ができるかもしれないと言っていたが、今のところ避けられない未来だ。


「この世界でわたしたちが頼れるものは多くありません。この場にいる皆さんだけでも信頼し合わないと生きていけませんよ」


「……」


「花凜、わたしはどんなときでもあなたの味方でいたいと思っています。逆にあなたもどんなときでもわたしの味方だとも。だから元の聡明なあなたに戻ってください」


「…………ひ、星ぃ……うん……ごめん……っ……あたしおかしくなってたみたい……っ……だって、だってぇ!」


 これまで内に溜め込んでいた心情を、泣きながら吐露し始める花凜。

 激情に駆られた言葉は支離滅裂だ。


 しかし思えば半月と少し前、突然荒野に投げ出され、厳つい鬼男と出会い、分裂するクラスメイト。

 それからすぐに厳しい訓練に叩き込まれ、どんどん脱落していく女子連中。

 そして周りは男だらけとなり、挙句の果てに未遂とはいえ丸山の暴走。

 なかなか十代の女子に耐えられるものじゃない。

 ……だからこそ、片割れの異常さが際立つのだが、俺以外の誰もそのあたり疑問には思っていないのだろうか。

 そんな俺の疑問をよそに、震える花凜の身体をぎゅっと抱きしめる星。


「大丈夫、大丈夫ですから」


「星ぃ……っ」


 ひしと抱き合う二人。

 一見感動的な光景のはずだが、俺の周りでは、前かがみになる男子が続出していた。

 自重しろとは思うが、禁欲中の身に美少女二人の抱擁だからしょうがないのか。




「今までごめんね、丸山」


「いえいえ! 僕が悪いんですから謝らないでください!」


 潔く頭を下げる花凜に、恐縮する丸山。

 これで和解は完全に成立。

 さらに花凜は、先生や他の男子にも謝罪。

 皆が快く受け取ることで一件落着、かと思いきや、どんより沈んでる者がいた。

 先生だ。


 どうやら自分の不甲斐なさに打ちひしがれてる様子。

 それも無理もない。

 本来なら教師で年長者、俺たちを導かなければならない立場だ。

 が、この世界に来てからそれが逆転、不可抗力とはいえ庇護される立場に成り下がってしまったのだから。


 かといって、俺にはどうすることもできない。

 これまで迷惑かけてた花凜か、花凜をうまいこと諭した星がフォローするだろう、そう思っていた。


 それなのになぜ。

 俺は日が落ちて薄暗い部屋の隅で、先生と向かい合って座っているのだろうか。


 しかも連中クラスメイトは俺と先生を隅に追いやるや、プライバシーに配慮して~とか、声が聞こえないように~とかほざきつつ、一番遠い壁際にひっつき、遠巻きに眺めてやがる。

 今の今までいがみ合ってたくせに男女でだ。

 それにどうせこの距離じゃ普通に話したら丸聞こえだろ。

 まあ声を絞れば聞こえない分まだマシなのか。


 それにしても、損な役目を押し付けられている。

 だが嘆いていても変わらないなら、嫌なこと、面倒くさいことはさっさと終わらせるに限る。

 俺は夏休みの宿題なんかは初日に終わらせるタイプだ。

 しかし、


「先せ――「本当、駄目だね先生は」


 連中に聞こえないように絞った俺の声は、普通に話す先生の声音にかき消された。

 それじゃあ向こうまで声が届いてしまうんだが。

 それもガチの弱音を吐こうとしているようだが、それでいいのかこの教師。

 俺の内心をよそに、先生は続ける。


「間宮さんが思い詰めてたことはわかってたのに、私は……この世界じゃ無力な私には力になれないことだからって言い訳して見て見ぬ振りしてた……」


 どうやら周りが見えない、というか俺が教え子であることを忘れるくらい神経衰弱しているようだ。

 連中の姿は見えないが、先生の弱音を聞いて動揺しているのはなんとなくわかった。


「先生はよくやってると思いますよ」


 俺の役目は先生を宥めること。

 目上の人に向かってこの上から目線の発言はどうかと思うが、向こうも向こうで教師としてはどうかと思うので、問題ない。

 仮にあったとしても、俺は悪くない。


「戦えないのは仕方ないですよ、だって先生は女性ですから」


「でも」


「どうしたって戦えないものは戦えないんですから、先生は先生にできることをするしかないでしょう。それに今だって俺たちのために掃除や洗濯をしてくれているんだし、気にすることないですよ」


「関谷くん……」


 薄暗くてもわかる。

 先生の表情が気持ち明るくなった。

 精神科医ではない俺にこれ以上できることはない。


「さあ、もう寝ましょう。明日も朝早いですから」


「うん……励ましてくれてありがとうね……本当にありがとう……」


 先生の湿った声を聴きつつ、連中のもとに戻る。

 無論、俺の声は先生と違って常時絞っていた。

 小声でボソボソとしゃべる俺の声は聞こえていないはずだ。

 その辺抜かりはない。

 無駄に連中を楽しませてなどやるものか。


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