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大家族便具店_人民食堂

 西暦20XX年。未曽有の感染症蔓延による社会活動の危機を迎えた世界は個人を隔離し徹底的な汚染度管理体制を敷くようになって、早半世紀が過ぎた。


 人々はみな、国が指定した住居に分散居住し、労働は端末上の遠隔操作で行われ、衣食もその健康状態を管理するために、国の機関が指定した企業のデザインと内容のものが推奨されるようになった。


 家庭環境も激変した。保護養育が必須な年齢を超えた青少年は否応なく隔離された。生活こそ政府が発行する給付金により保障されてはいたが、かつては当たり前であった家庭の団欒はもはや過去のものとされた。


 国定企業はそんな社会背景を元に、その資本の赴くところ遍く手を広げていく。国が彼らに指示した衣食住の規定は辛うじて厳格に守られていたが、製造される被服、食糧、健康住宅はかつての幸福な家庭を模倣しつつも、どこか無機質で、薄っぺらいものであった。


 

 田中マッケンジーノッブ春 (24歳) はその日の職務を終え、据え付けの端末とその他の機材が乗るデスクだけが置かれた、一畳半程度の執務室を後にした。


 続いてすぐに隣の運動室に入る。運動室ではトレッドミルが稼働しており、機械加重式の多目的ウェイトマシーンが用意されている。


 田中はこれを毎日、パーソナルドクターから指定された回数と時間だけ利用する。パーソナルドクターは常に手首と頸部にインプラントされたセンサーによって健康状態を把握し、最適な運動負荷を計算する。


「有酸素運動が増えたな……」


 モニターに表示されたトレッドミルの使用時間を見て田中はうんざりした。先月と比較して15%も増えているのだ。


 運動プランには個々人のリクエストが反映されることになっているとはいえ、政府公認のアプリケーションシステムであるパーソナルドクターにとっては健康増進が優先される。


「ようは『食いすぎるな』ってことか」


 うだうだ言っても仕方ない。運動室から出るには既定の運動をこなさなければいけないのだ。田中はトレッドミルに乗った。

 

 汗だくになった田中は着替えを済ませ、今日一日を過ごした衣服を纏めて袋に入れる。


 専用の袋に入れられたそれは自動回収され、洗浄滅菌されて田中の元へと帰ってくるのだ。


「シャワーは……明日でいいや」


 国定規格の『健康住宅』では24時間に一回以上入浴しない入居者がいるとアナウンスされる。田中は寝る前より朝起きてから汗を流す方が好きだった。


「さて、今日は何を食べるかなぁ」


 田中は自室の貯蔵庫をチェックする。労働と補償金のお陰で食事に困ることはないとはいえ、毎日同じものでは飽きる。 


 とりあえず『大家族便具店』謹製ビールを二本取り出し、キャップを開けて口に付けた。


「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁ!うめぇ!」


 労働と運動後の疲れた体に染み渡る炭酸とアルコールの刺激に唸りながら、次々に貯蔵庫から食料を取り出す。


 これらは全て『大家族便具店』の『人民食堂』と呼ばれるプライベートブランド製品だ。『大家族便具店』はいくつかある国指定の生活供給企業の中でも、特に田中が贔屓している企業だ。


 『人民食堂』は主に食料品に付けられるブランド名で、その温かみを感じさせる名称の通り、昔ながらの手作り料理を思わせるフードを多彩なラインナップで提供してくれるのだ。


 今日の田中の夕食は『ソイゼリー・チリ』と『ライス』、さらにフリーズドライの『味噌汁』に、『野菜のピクルス各種』である。


 これらのパックを順次開けながらテーブルに広げると、その美味しそうな匂いが鼻孔を刺激してやまない。


「これだから運動が増えちゃうんだようなァ」


 などと言いつつ、田中は開けたフードに手を付ける。うん、うまい。特にソイゼリーのチリは最高だ。これ一つでライスのパックがいくつでも食べられそうだ。


 だがここはあえてライスは一つだけにして、他の物を食べてもいいかもしれない、と思い、田中は貯蔵庫をもう一度チェックする。


「うーん……」


 悩む田中。どれも一度は食べたことがあり、どの味も捨てがたい。


 その中で選んだのは『動物タンパク質のステーキ』だった。


「やはりアルコールにはこれだよな」


 全く自制心のない自分を笑いつつ、田中はパックを開けた。中から肉の焼けた美味そうな匂いがぷんぷんと漂った。


 

 そのようにして夕食を楽しんでいた田中に電話がかかってきた。田中は頼りない足取りで通信端末の前に座ってキーを押した。


「もしもし、春ちゃん? 私だけど」


 画面に出てきたのは田中の母親だった。


「もしもし。私だよ。どうかしたのかい母さん」


「いやね。たまにはあなたの顔くらい見たいものだなと思ってね。どうだい、そっちの暮らしは」


「まぁまぁだよ。仕事は楽しくやってるし。ご飯も食べてるよ」


「とかなんとか言って、どうせパックばかりなんでしょう?」


「あら、バレた?」


 画面に向かって田中は笑う。母はため息を吐いた。


「もう、しょうがない子ね。でも仕方ないわね。生鮮品は高価だし」


「そうだよ。この前同僚の子が誕生日で、みんなでお金を出し合ってフルーツのセットを注文したんだけど、結構いい値段がしたよー」


「やれやれ……いつまでこんな生活なんだかね」


「いつまでって……いつまでもじゃない。私は別にいいんだけど。人に会わなくても仕事は出来るし、話も出来るし」


「そうは言っても、家庭ってものがあるでしょ。あんただって早くお婿さんを迎えて貰いたいものだよ」


「母さん、その言い方は古いよ。今時ねぇ……」


 と、田中は片手のビールを啜りながら、母にむかって今どきの出会いというものについて高説をはじめるのであった。

 

 

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