地下鉄の恐怖
強い雨の日の出来事。
折から振り続ける豪雨、スマホからは度々、警告のアラーム音がなり、避難を呼びかけ
続けている。
事務所内も社員のスマホが一斉に鳴り続けるので、より一層の不安がかきたてられる。
次第に皆がざわつきだす。
部長が電話をしている、おそらく上司に対応を相談しているのだろう。
気の早い、主婦の佐々木さんは、もう身の回りを整理して、帰る準備を万端にしていた。
私は水上環、26歳、しがないOLをやっている。
私はPCに、今月の売上を入力しながら、目で部長の様子をうかがっている。
部長が電話を切る。
手を振りながら告げた。
「みんな、仕事はここまで。安全を確保して早急に帰る様に」
佐々木さんは、我先にと一番手で部屋を飛び出した。
若い男子社員たちも次々部屋を後にする。
次にベテラン社員だ。
しがない下っ端OLの私は、部長と一緒に、会社を閉める作業と片付け、戸締りを行った、おかげで、みんなよりも30分も遅れた。
「送って行こうか」
部長が私に声をかける。
「大丈夫です。彼に迎えに来てもらいます」
「そうか、分かった」
部長は微笑み、会社の前で別れた。
彼がいるというのは、実は嘘だ。
彼とは一か月前に別れた。
でもね、こういうのって誤解されそうで、まずいじゃんと思ってしまう、部長は妻子持ちだし変な噂でもたてられたらねぇ。
考えすぎか、私は真面目かと、苦笑し折りたたみ傘を開いた。
一歩、外へ出る。
折りたたみ傘は全く、その機能を果たさなかった。
弱い骨組みは、強風でぐにゃりと曲がり、横殴りの豪雨で、私は一瞬にてずぶ濡れとなってしまった。
私は部長の申し出を断ったのを後悔しつつも、後には引けないので雨の中を走った。
地下鉄までは後3分、自分に言い聞かせて。
地下鉄までは後2分、自分を励まして。
地下鉄までは後1分、自分を誤魔化して。
着いたぞ、バカヤロー!
階段を駆け下りる。
中段で滑って転びそうになり、慌てて手擦りを両手で掴む。
もう、最悪だ。
ようやく雨をしのげる場所につき、一息つく。
地を叩きつける雨音が激しく、かなりの騒音となって、地下内に反響している。
落ち着くと、服がべっちょり濡れて気持ちが悪い。
パンツまで染みてきている。
もう、あの日なのに。
私はやり場のない怒りが込み上げ、イライラする。
このままじゃ帰れない。
そう思った私は、少し離れた地下街まで歩き、下着と服のあるお店で一式買った。
お店の店員さんには悪かったけど、ビニール袋を頂いて、ずぶ濡れの服を無造作に投げ入れる。
上から紙袋をかぶせたら、見られる心配もないだろう。
私は少し落ち着いた。
店を出ると、今度はお腹が減っていた。
「地下は危険です。急いでください!」
豪雨を警戒して呼びかける巡回の人の声が響く。
でも、私は圧倒的にお腹が空いている。
人影まばらな地下街の奥のファーストフード店で、ハンバーガーをテイクアウトし、駅へと急ぎ足で戻る。
どこのお店もシャッターを閉め、皆足早に避難をはじめている。
地下鉄は大丈夫だろうか。
不安はあったが、駅まではあと少しだ。
駅の改札が見える。
私は財布からニモカ(ICカード)を取り出した。
その時、凄まじい轟音が響いた。
ゴー、ゴーと水が流れる音。
振り返ると、恐ろしい濁流に、私は飲み込まれていた。
私はそこで目を覚ました。
(なんだ夢か・・・)
私は胸をなでおろす。
部屋の隅には、無造作にあの紙袋が投げ置かれてあった。
早く豪雨、おさまるといいですね。
安全確保で気をつけましょう。
では、次回もよろしくお願いします。




