♯7 Interlude
かなり短めです
「第2槍兵隊、第5分隊、第6分隊は工兵隊を死守せよ! 魔術師隊は援護、鉄砲隊撃て!」
「右翼回り込め、左翼突撃! 工兵は確実に落とせ!」
会敵間もないため、まだ血の匂いはしない。これから赤く塗られるこの場所はイルルガ帝国ヘリクス子爵領領都付近――またの名を、戦場。
帝国は世界有数の大国ではあるが、土壌があまりにも痩せているために人口はさほど多くない。代わりに豊富かつ高品質な鉱山資源が採れるため、大国と言われつつも他の国に攻め込まれる事が多い。無論帝国がそれを見過ごすはずが無く、国境付近には帝国軍の実に7割近くが常駐している。
――つまり、他国からすれば国境を抜ければやりたい放題なのだ。
ヘリクス子爵領は帝国の数少ない穀倉地帯。ここだけで食糧供給の2割を占める。よってここには特に多くの部隊が置かれているのだが、――それなのに、押されている。
これが異常であるということは誰の目にも明らかだ。
「戦線はギリギリ保ちそうです! ですが予備部隊を出されると難しいです!」
「報告ご苦労」
イルルガ帝国軍南方部隊指揮官であるスーラ将軍はしばし瞑目する。そして、
「夜のうちに仕掛けるぞ。斥候を出し、敵の本陣を探れ!」
「了解!」
伝令を飛ばした。
そして夜。
「本陣が、撤退した?」
「はい、本陣を構えていた形跡はありました。間違いありません」
夜襲作戦が読まれていたのか。それでも不思議ではないが、長年の勘か将軍には何か別の思惑があるように思えた。
翌朝、後方に控えていた予備部隊が全滅したという知らせが入った。
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「順調かね?」
「はっ。敵の予備部隊は壊滅し、現在は輜重隊との分断を図っております」
レーヴェ聖国聖都王城謁見の間にて。
とにかく広大かつ煌びやかなこの空間において、この言葉が何のことか分からない人間は誰一人としていない。聖王が「重畳」と満足げに数回呟くと、
「次はどう動かれるおつもりで?」
そう尋ねたのは聖王のすぐ左後ろに控えている人物。その名はサイファー・グラント。近衛騎士団団長にしてレーヴェ聖国軍の総てを握る者。見た目は取り立てて強そうという印象は抱かせないが、剣の腕は世界で見ても五指に入るほど。やれ1000以上の兵の猛攻をその身ひとつと刃が欠けた剣一本で凌いだだの、やれ彼が本国にいる間はどこも攻めて来ないのに公用で国を離れるや否や数多の国が宣戦布告をしてきただの、逸話に事欠かない人物である。
「国境付近の兵達を集められればすぐに潰されるのは明白。あと一手、強力な手札があれば良いのだが――」
「勇者召喚を行いましょう」
そう提案したのは、この国が冠する『聖国』という名の由来たる者、聖女だ。
聖女を名乗れるのはこの国が興った時に天から舞い降りたとされる天使の末裔、その長女のみ。聖女は自らの名を持たず、一生を国に捧げることを強いられる。反面、それに見合った高い地位と自由を約束される。
さておき、勇者の召喚自体は多くの魔力を要するがそう難しい技術ではなく、実際過去に幾つもの国が行なっている。しかし、『成功』と言える例は数えるには片手で足りる程度しかない。欲をかいて召喚した結果、勇者に国を滅ぼされる例が多いのだ。
「勇者召喚とな。だが、どうやって言いなりにさせるつもりじゃ?」
勇者の手綱を握ろうとした国々は勇者達に対し幾度も魔法による洗脳や催眠、隷従を試みた。そのどれもが失敗に終わっていることを王は知っていた。それが故の質問。
「魔法を使った洗脳が駄目なら魔法を使わなければ良いのです」
その笑顔は聖女という肩書きにおよそ似つかわしくないものであった。
そして2ヶ月の準備期間の後、勇者の召喚が執り行われた。