♯5 白銀の大伝道師
夜は何も起こらなかった。あくまでも早ければという話だったらしいし、そんなもんだろう。その分、衛兵や冒険者達は魔物を迎え撃つ準備が整った、との事だ。一睡もしていないというスティーブ曰く。
また、敵の規模も分かったとか。斥候が確認した数は2000。途中の他の町や村でも減っているだろうから、この街に来るのはおよそ1500との見通しだ。
俺はいつも通りの時間に起き、早朝ランニングに出る。非常時だからとやめるつもりは無い。ルーティーンって奴だ。
途中で、アビィと会った。
「昨日は来なかったけど、どうしたの?」
「少し遠くに行ってたからな。来なかったんじゃなくて、来れなかった」
「へ〜。で、どこ?」
「樹海」
「……へ?」
「樹海」
「……ってことは、魔物とか倒しちゃったり?」
「まあ、そういうこと」
そう答えると、途端にアビィの目が輝き始めた。
「もっと具体て――「それじゃあ、俺はやることがあるから」――ああ、ちょっと!」
完全に長引く奴やん。その前に逃げる。また時間のあるときにでも話そうか。
家に戻り、身支度を整え、朝食を済ませると、スティーブとナタリアが入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
ナタリアと挨拶を交わすと、スティーブが口を開いた。
「今日の予定についてだ。斥候からの情報によると、魔物達はあと1時間後に来るらしい。ギルドから防衛の緊急依頼があるんだが、俺はやることがあるから出れない。という事で、代理でナタリアとウィルに行って欲しいんだが、良いか?」
「分かったわ」
「分かりました」
「レナは俺の手伝いをして欲しい」
「承知しました」
「よし。俺は基本家にいるから、何かあったら連絡してくれ。ナタリアとウィルは、30分後にギルドでミーティングがあるから、まずそっちに向かってくれ」
「母上はともかく、僕が行っても問題ないのですか?」
ナタリアは冒険者として登録しているが、俺は年齢制限のためにまだ登録出来ていない。部外者という扱いだが、大丈夫なのだろうか?
「話は通してある。これを持ってけ」
そう言って、封書を渡された。
「着いたら、これを職員に見せろ」
「分かりました」
これでこの場は解散となった。俺は部屋に戻り、簡単に剣の手入れをする。ついでにカバンから非常用の魔法薬や回復薬を取り出し、服のあちこちに忍ばせておく。準備はこれだけだ。カバンと剣を取って、部屋を出る。
にしても、戦う時にカバンがあると動きにくい。どうにかならないものか……。
と、そこで良い案を思いついた。まだ時間少しはある。やってしまおう。
部屋に戻り、机の引き出しから模造紙大の紙を取り出す。そこに描かれていたのは、魔法陣だった。
着ていたコートを脱ぎ、魔法陣の上に置く。魔法陣に魔力を流しながら、無限に入るポケットをイメージする。すると魔法陣が光り輝き、その効果を発動する。
光が収まった後、コートを手に取り、試しにポケットに適当な物を入れる。――成功だ。
今行ったのは、コートへの魔法の付与だ。具体的には、コートのポケットに、ほぼ無限に物が入る魔法を付与した。
カバンの中身をポケットに移し替えるのも面倒なので、カバンごとポケットに入れておく。そのままコートを羽織り、俺を待っていたナタリアと共に冒険者ギルドに向かった。
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ギルドの前は冒険者でごった返していたが、何とか職員を捕まえ、封書を渡した。
「少々お待ちください」
職員は封書を見るなりそう言って、慌ててどこかへ行った。テンプレだと、ギルドマスターに会って……、と、先ほどの職員が戻ってきた。よし、テンプレ来い! テンプ――
「申し訳ございませんが、ギルドマスターは現在手が離せない状況でしたので、伝言を託かって参りました。『緊急依頼の代打の件は承った。ギルドの集会には出なくていい。指示も聞かなくていい。敵と会ったらとにかく殲滅しろ』だそうです」
――レェ……。崩れ落ちそうになるのを堪える。
「あと、ナタリア様はギルドの方で指示を出して動いて頂くので、集会には参加して下さい」
「分かったわ」
「それと、あの……」
「どうしたの?」
「私、『白銀の大伝道師』様のファンなんです! 握手して下さい!!」
『白銀の大伝道師』? まさか……。
「ありがとう。嬉しいわ」
ナタリアが笑いながら握手している。顔が赤い。
職員が去った後、ナタリアが急に蹲った。
「……ずかしい恥ずかしいまさか息子の前で黒歴史暴露されるなんてあの時みたいな白のコーデは避けてるのにやっぱ魔法で顔変えたいせめて仮面でも買っておいた方がでもそれだと明らかにウィルに不審に思われるしならいっそケーニッヒみたいに受け入れると言わずとも開き直ってってそんなの無理よ絶対あんなの開き直れる訳無いじゃないこうなるならあのときもっと周囲を警戒してから変装を解けば良かったああ恥ずかしいでも過去のことばかり振り返ってちゃダメよねって言って抜けたの私じゃないせめてその言葉通りにしないとって出来ないわよこれでウィルに『白銀の大伝道師』って何って訊かれても知らぬ存ぜぬで通し切れる自信なんて微塵もないわよいっそ自殺しようかしらいやでもそれだとスティーブもウィリアムもレナもイサクもミルカもエリーもエレナもヨーゼフも天国の父さんも母さんもジュダも師匠も悲しむしあとケーニッヒはどうでもいいわねそれによく考えたら師匠はあまり悲しまないわよねむしろそうかの一言で済ませそうやっぱ死ねないわよねああこれがいっそ死んだ方がマシだけど死ねないっていう生き地獄なのねそんなものあるのかって懐疑的だったけどやっと理解したわジュダごめんね散々バカにして今から貴方のもとへって違う違う生きなくちゃそれがあの子との誓いだものってそもそもジュダまだ死んでないしそうだこうなったら過去に戻る魔法を発明するか教会の禁書庫から『始祖の魔導書』を盗み出せばでもどっちも実現性低いしどうすればそうだ今回の防衛戦で戦役以上に活躍すればもう一つ二つ名貰えてそれで白銀の方を上書き出来ないかしらでも『剣聖』って確か無茶苦茶二つ名持ってたわよね本人も『剣聖』って呼ばれるのを嫌って武勲を挙げたら二つ名が増えただけで結局呼ばれ方は変わらなかったって言ってたし今更呼び方変えろって言ったって無理よね私だって『剣聖』は『剣聖』のままだし世間的には『白銀の大伝道師』のままなのよね私は一生この称号と付き合っていくとか何の拷問よ全くそれもこれも全部アイツのせいだわアイツがいなけりゃ戦役だって無かったわけだしああムカつくもっと甚振ってから殺せば良かったでもそれも後の祭りこれからどうし……」
ブツブツブツブツ……。
ダメなやつだこれ。思った以上に重症だった。どうしよう……。
「あの〜、母上?」
ブツブツブツブツ……。
「母上?」
ブツブツブツブツ……。
「『はk「何?何か言った?」……いいえ?」
「そう」
凄い勢いで睨んできた。ヤベェ、ムッチャ怖い。『白銀の大伝道師』については忘れよう。
「母上、もうすぐ集会が始まるそうですよ」
「……もうこんな時間なの」
ナタリアが立ち上がった。
前には即席のステージが出来ており、そこにバーコード頭のおっさんが登る。あれがギルドマスターだろう。
にしても、小学校以来だな。あの髪型見るの。
「え〜、冒険者諸君、今日はよく集まってくれた。感」長いしつまらないので以下略。
内容は、要約すると「頑張ってね」だった。以上。リアルに内容が0だった。
集会は一時解散で、街の東門に再集合という形になった。そこで役割の分担を行うらしい。俺はギルドの指示に従わず自由にして良いと言われているので、そこでナタリアと別れた。
一足先に町の外に出て、待機しておく。
遠くに砂埃が舞っているのが見えた。あれが魔物の大群だろう。視力を強化すると、魔物の一体一体が識別できた。
先頭を行くのは逃走中の一般市民を保護する冒険者。こちらと合流する気だろう。その後ろに一般市民がいて、さらに後ろにも冒険者がいる。
そこから少し離れて、魔物化した動物やゴブリンなどの、所謂雑魚がいる。その後ろにはやや強い魔物化した動物(熊など)がおり、さらに後ろにはオークやオーガがいる。その後ろは見えない。
空からは、ヒッポグリフやキメラ、グリフォンが来ている。
視力を元に戻す。まだ距離は遠いので、手は出さない。もう少ししたらこちらに着くだろう。戦闘の準備だけはしておく。と言っても、コートのポケットから剣を取り出すだけだ。
しばらくして、冒険者達の準備が整ったようだ。しかし、俺は1人で全滅させる気満々である。何てったって、ギルドマスターからGOサインは出てるからね。
既に敵は目視できるまで近付いている。他の冒険者達は動いていないようなので、先に俺が動く。
水の基礎魔術で辺りに水を散布し、剣を鞘ごと地面に突き立てた状態で待機。
――市民が範囲外へ抜けた。
すかさず剣のギミックを作動。剣を帯電させ、地面に向かって雷撃を撃つ。
ズガァァン!!
爆音が鳴り響き、散布した水を伝って範囲内に雷撃が発動。すかさず俺も動く。
「【氷床】!」
身体強化をした状態で走りながら、魔法を使う。雷撃に使った水を全て凍らせ、範囲内の魔物の動きを封じる。氷上に乗った時点で靴の底に氷のブレードを生み出し、スケートの要領で移動する。対して、敵のほとんどは氷で足を固められているか、滑って動けないかだ。
空を飛ぶ魔物と当たるのはもう少し後だ。今のうちであれば、先頭の魔物を削れる。ということで、その利を最大限生かすべく、
「〝劈開〟」
二刀流での無双を開始。手始めに、近くにいたゴブリン3匹の内2匹を両の剣で切り捨てる。3匹目には滑走の勢いを乗せた飛び膝蹴りを放ち、近くにいたサルの魔物2匹の方へ飛ばす。身体強化の恩恵をフルに使った攻撃は、同時に3匹の命を断つことを可能にした。
飛び膝蹴りの着地から体制を整えるために回転。その力を以って、さらに3匹を斬る。やはり剣の切れ味は抜群で、すんなりとその首を刎ねた。
その後も、氷上の敵は全て良い的にしかならず、あっという間に殲滅した。索敵魔法で冒険者達の位置を探ると、接敵どころか、まだ魔法の射程範囲にも入っていなかった。敵の移動を阻害した上、前線も下げたのだから当然と言えよう。
いよいよ飛行系の魔物が射程に入った。地上の魔物はすでにオーク程度の強さになっている。ここまで来ると、最早氷は意味を成さない。氷があったところで飛行系の魔物はどうしようもないし、地上の魔物も氷を避けようとするからだ。ということで、この氷には最後の仕事をしてもらう。
追加で辺りに水を撒き、火の魔法で氷を全て溶かす。俺がそこから避難すれば準備完了。
「【獄炎】!」
水を一気に蒸発させることで、敵に火傷を負わせる。これには上空の魔物も回避できず、ある程度の範囲を一掃できた。
俺は自分の体の周囲に障壁を展開し、熱をカット。そのまま突っ込む。残った敵をどんどん切り捨て、遂にはオーガまで到達。そこで変化が起きた。脅威と悟ったのか、魔物が俺を迂回し始めたのだ。
「させねぇよ」
土魔法【石壁】を使い、逃げ道を塞ぐ。空の魔物には【火球】を連射し、撃ち落とす。ついでに空を飛べる奴らは全滅させておいた。
ここまでで、3分の1ほど終わった。被ダメージは0。魔力もほとんど減っていない。冒険者達も動いてはいるが、まだ来ていない。これはワンチャンスある。
戦闘再開。敵に突っ込み、片っ端から斬る。斬る。斬る。
攻撃が来ても、当たる前に敵を斬れば問題ない。当たる前に攻撃自体を斬れば問題ない。
さて、その後数分で魔物もかなり減ってきた。もう目前の敵の後ろには緑豊かな平原が見える。俺の後ろには1000をゆうに超える死体。ゴールはすぐそこである。
残りおよそ100、80、50、20、5、
――0。
所要時間約14分。ついに1542体の敵を1人で殲滅した。
――いや。まだだ。
索敵魔法に強い反応が1。テンプレですね、ハイ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、街では────
「凄ぇ……。あのボウズ、1人で全部倒しちまったよ……」
「マジか」「どうすんだよ……」
冒険者達に動揺が走る。というのも、
彼らが狩って得るはずだった魔物の素材による稼ぎが、丸っきりのゼロになってしまったのだから。
スティーブはそれを見越してウィルを止めたのだが、ウィルにそれは届いていなかったようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最後の一体。このような状況において、ソイツはこの騒ぎを起こした元凶である。もちろん、元々はダンに憑いていた悪魔が引き起こしたものであるが、一体、どうやって引き起こしたのか。それも含めての、『テンプレ』である。
「〝結合〟」
剣を鞘に戻し、奴が来るのを待つ。
──────大勢の魔物が逃げ出す状況を作る最も簡単な方法。
「……来たな」
辺りの石壁を全て破壊し、元のように地面を均す。その他の、地形に影響を与えた箇所を元どおりにする。
目の前に先ほどのような土煙は無い。ただ、圧倒的なまでの熱と、殺意が伝わってくる。季節外れの陽炎が揺らめき、そこに居るのが何者かを顕示する。
口の端が吊り上がるのを、確かに感じた。どうやら、俺は戦闘狂という部類の人間だったらしい。先ほどまでの『作業』とは違い、心の底から闘いたいという感情が湧き出る感覚を、確かに感じた。そう思わせるだけの力もまた、同様に。
──────それは、『辺りのボスを刺激する』である。
その姿は陽炎に包まれ、まるで幻の鎧を纏っているようであった。
四の足に支えられたその身体は、人の身にとっては大きくとも、魔物の部類においては決して大きくはない。それでも尚、その裡に秘めたる存在感は計り知れない。
九の尾が揺らめく様は神の焔のようであり、これまでに重ねた時の流れをも彷彿とさせる。
狐が魔物と化し、更に時が経つとキュウビとなる。では、そのキュウビが更に時を重ねるとどうなるか。その答えが、現在。目の前にいる。
天狐。最強の魔物の一角である。