♯1 Coda
初投稿です。よろしくお願いします!
2021/12/23 改稿
──── 2
衝撃が全身を駆け巡る。持っていた革の黒いカバンのように、身体が宙を舞う。地面との距離が離れていき、今度は地面に近づいていく。そんな俺を、雪が押し潰す。
全く動かせない程に身体が痛い。骨が何本も折れた。全身の至る所から血が流れている。灰色の空から無表情に落ちてくる真っ白な雪が俺の体温を奪い、融け、消えゆく。男性がトラックから降り、走り寄ってきた。男性の呼び声が、電話で救急車を呼ぶ女性の声が耳元で響く。
──── 3
産まれたのはごく普通の家庭だった。会社員の父と専業主婦の母、そして俺と弟の4人家族。どこにでもある平凡な、それでいて幸せな家庭だった。
そう、だったのだ。高校2年生のある日まで。
その日は休日で、父と中3だった弟は2人で映画を観に行き、俺と母は家に残っていた。夕方になって、母の携帯にメールが入った。父からのメールで、外で食べて帰るので夕食はいらないという旨が書かれていた。そのメールを最後に、父からの連絡は無くなった。
2人は深夜になっても帰っては来なかった。不審に思った俺と母は父と弟に電話をかけたが、どちらにも繋がらなかった。これはおかしいと思い、翌日警察に捜索願いを提出した。俺と母も2人の足跡を追うべく、聴き込みやビラ配りをした。
──── 5
2人が失踪して丁度1年。弟が見つかった。
死体で。
それを聞いた母は酷く取り乱すということは無かったものの、何事にも手が付かなくなった。
弟の死体には不審点があった。死体が見つかったのは山の中。身体のあちこちに刃物による傷や火傷の痕があった。こんなネタをマスコミが逃すはずは無く、すぐに家に取材が殺到した。母は最初それら全てに応じていたが、すぐにやつれていった。
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国会議員の不祥事が発覚した。マスコミの関心がそちらに流れていったために、騒ぎはすぐに落ち着いた。しかし、ほっと一息ついたのは束の間。マスコミがいなくなれど、曰く弟を殺したのは未だ行方不明の父だの、曰く真犯人は母だの、ネットでは依然様々な憶測が飛び交っていた。ゴシップ好きな週刊誌がそれを見逃すはずも無く、世間では再び論争が繰り広げられた。そしてまたやって来た取材の数々。そのストレスに耐えられず、母は自殺した。
──── 11
俺は父の兄である伯父に引き取られた。当然、伯父の家にも取材が来ていたが、伯父はそれをことごとく拒否していた。伯父はとても優しく、俺が成人するまでは面倒をみると約束してくれた。
成人後、俺は苦しいと知りながらも某広告代理店に入社。体が弱く入退院をを繰り返していた伯父に少しでも恩返しがしたいという思いで、毎月僅かながらも仕送りをしていた。
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ある日、伯父が死んだと入院していた病院から連絡があった。すぐに病院へ駆けつけたが、それで何が変わるわけでもない。俺は身寄りが1人もいなくなった。
伯父の枕元にはメモが置いてあった。そのメモに従い、彼の葬儀が執り行われた。何故だか、涙は全く流れなかった。
そして、
気がついたら国道に立ち尽くし、迫り来るトラックのライトをただ眺めていた。
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どれ程経っただろうか、依然、純白の雪は漆黒のアスファルトに降り積ろうとし、地に落ちると同時、儚く消えてゆく。救急車がサイレンを鳴らしながら俺を迎えに来る。俺も雪のように消えてしまうのだろうか。
ふと、浮遊感があった。救急隊員が俺を担架に乗せたのだ。しきりに呼びかけて来るが、その言葉の意味が分からない。脳が上手く働かない。
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無彩色で彩られた世界から白が消えていく。
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──── 29
………
どこが分岐点だったのだろうか?
どこを曲がれば切り立った崖に立つことはなかったのだろうか?
────いや、違う。
思い返せば、運命に流されるだけの生涯だった。
最初から、曲がることなど不可能だったのだ。
濁流に呑まれるが如く、俺は運命に流されていたのだ。
どうしてその流れの中で行く先を決められようか。
────でも、それでも己が道を己が決められるのであれば―――。
叶いもしない、叶うはずの無い幻想を抱きながら。
俺は死んだ。
〝そ──み、叶──見──うぞ″
────え?
目を開くと、若い女性の顔が目の前にあった。黒髪を後ろで纏めた、碧い眼の綺麗な人だった。
「#¥∀¬%^∈▽$! %##¥∈*∀!」
何と言っているか分からない。少なくとも俺の知っている言語ではない。何と言っているのか、聞き返そうとして、
「あう、ぅあ〜」
思う通りに声が出なかった。
何が起こっているのか理解できない。確かに自殺しようとした事は覚えている。現在自分が生きていることも分かる。だが、それが理解出来ない。なぜ俺は生きている?
周りを見渡す。すると、自分の手足が短くなっていることに気付き、ある仮説が思い浮かぶ。
(もしかして……)
いつの間にか世界に色彩が戻っていて、世界はこんなにも鮮やかだったのかと驚き、思い出し、再び生を受けたことへの驚きと喜びとがごちゃ混ぜになって――。
気がつけば、自分でも訳が分からぬままに、泣いていた。
俺は、転生した。