料理
コンコン。
どうして、私?
と思いながら、レネはジルディークと王太子がいるサロンの扉を叩く。
「レネか、入ってくれ」
ジルディークの声がして、サロンにはいれば、ジルディークと王太子らしき人物がソファーに向かい合って座っており、扉のすぐ近くには、見知らぬ男性が立っている。
レネが驚いたのがわかったのか、男性は少し苦笑いした。
「私の護衛だ。驚かせたか。
私は驚いたぞ、まだ子供ではないか?」
ソファーに深く背中を預けているのが王太子なのだろう。
11歳はもう子供ではありません、公爵家で2年働いてます。
言いたいけど言えるはずなくレネは、礼をするだけだ。
公爵家で教育を受け、貴族令嬢に劣らない知識とマナーを身に付けている。
深い礼はロイヤルカーテシー。
ロザリーナに褒められるまで練習をしたのだ、
「よい、顔をあげてくれ」
ローゼルは紫の瞳が見たい。
紫の瞳ということは、ハヴェイの高位貴族の流れである可能性が高い。
敵国の孤児院にいたということが、不思議なのだ。
頭を下げて礼をしていても、豊かなブロンドに目が惹かれる。
お茶の用意をしたカートを引いて来た時から俯いていた。
年は貴族令嬢がデビューする15歳よりずっと下であろうと思われる程、身体は小さい。
それでも期待は高まる。
ありふれた料理のはずが思わず美味かったからか、とローゼルは自分でも分かっている。
この国で、紫の瞳が生きていくのは難しい。公爵家の庇護があったから、生き延びたであろう。
だが、生き延びた紫の瞳には価値がある。
それは、公爵もジルディークもローゼルも分かっている、ゲイルも分かっているだろう。
その瞳は違和感なく、ハヴェイに潜り込めるだろう。
和平の足掛かりにできるかもしれない。
両国間で会話を作る事が出来るかもしれない、それが大きい。
ゆっくりと顔をあげたレネに、ローゼルが目を見張る。
想像していたよりも美しい。
「寵妃という手もあるな」
うん、いい案だ、とローゼルが思うも、ジルディークがギロリと睨む。
「いや、冗談だよ。そんな簡単にはいかないって。」
「当然だ」
ジルディークがローゼルをけん制しながら、レネを近くに呼ぶ。
「ジルディーク様」
泣きたいような気持でレネはジルディークの側に駆け寄った。
ガラガラ、ワゴンが音をたてたが、かまっている余裕はない。
寵妃、って何?
孤児で身分がない平民だよ、王太子殿下にお会いすること自体があり得ないことなのに。
「ジルディーク様、お茶をお出ししたら、下がってよろしいでしょうか?」
お茶を出すなら、ターニャさんとか、先輩侍女の皆さんの方がいいはずです、なのにどうして私が?
「ほお、いい香りだな。お茶を淹れさせる為に呼んだのではない」
答えたのはジルディークでなく王太子ローゼルだ。
「レネ、ワゴンにあるのは?」
今度はジルディークが聞いてくる。
アマディに用意したケーキをワゴンに持ってきたのだ。
「ドライチェリーのパウンドケーキです」
「殿下はレネの料理が気に入ったようだ。それも出してくれ」
え?
どうして王太子殿下が、私の料理を?
まさか、ジルディークに持たせたランチボックスを王太子が食べたなど想像できるはずもない。
「レネというのか、料理の礼に来たのだ」
ローゼルの言葉に、レネは何度目かのどうして? と思うばかり。
わからないがケーキを切って、ジルディークとローゼルに出す。
「ケーキ自体は甘みが少ないが、このドライフルーツは甘いな」
「レネが干して作ったのです。手をかけてますから」
レネは一言も話さないが、ジルディークが説明する。
「そうか、甘いものが苦手だが、これは食べれるな。
王宮のケーキは甘たるくってな」
贅を尽くし、砂糖を存分に使う事で高級なスイーツと認識されている。
王宮ではコック達が、高価な料理とスイーツを作るのだろう。
ジルディークがローゼルにレネを誉めるのが、レネには嬉しくって仕方ない。
「父上達も、夜会の後はレネの食事がいいと、朝食を共に取るようになった」
この言葉で翌朝、王太子が朝食に訪れるようになる。
しかもレネの作ったスープを妹に食べさせたい、とお土産にまでするのだ。