その夜
メイナードは目の奥が熱くなっていくのを感じていた。
遠くにいる、妹エミリローズに何かが起こっているのだ。
力を込めたわけではないのに、目が赤くなっている。
軽く腕を振るうと、風が起こり机の上の書類が舞い上がる。
「はは、こんな時間まで仕事をしているから、幻覚でも起きたか」
現実と分かっていて、椅子の背に身体を深める。
「これが、破壊の女神か」
ならばと、立ち上がり部屋を後にする。
「殿下、どちらへ」
ジュナシスがメイナードに問いかける。
「ちょっと、王位を取ってくる」
軽く言う言葉に、理解が付いていかないジュナシスが立ち遅れる。
父も同じように体の違和感を感じているだろうが、これが何かは知らないだろう。
王家に生まれ、問題もなく王太子となり、隣国の王女を娶り、王となった父は知らない。
5歳で王宮に一人放り出され、力を求め、知識を求め、王族の赤い瞳を探求した。
直系は同じ薄紫の王族から、赤い瞳の抑え方を学ぶ。
メイナードは父ではなく、王弟のオーウェン公爵から学んだ。
それは、王家直系の秘密。
今は、直系の証を隠すためとなっているが、それをする理由は他にもあるはず、と長年追求した。
何故に直系にだけが赤い瞳に変わるのか?
過去に生まれた王女の記録。
王、王太子の結婚式の儀式。
王家の歴史。
王、王太子と最初の正妃にしか赤い瞳は生まれない。薄紫の瞳の色は赤い瞳を隠す色なんだろう。
直系を継ぐ者の結婚式では、花嫁は禊の儀式を行う。
結婚式の前夜、神殿に籠り祈りを捧げる。そして朝食を取り、ウェディングドレスに着替え、結婚式に向かう。
母にも聞いた。
「何か特別なことはあったのか?」
「いいえ、不思議な事は何も起こらなかったわ」
祈りに意味があるかと思ったのだ。
「でも、朝食のサラダの飾りにあった小さな赤い実は、あれから見たことないわ」
「赤い実?」
「ええ、芥子パールみたいな赤い実が一粒、奇麗な実だったわ。
食事はそれだけだったから、全部食べたわ」
セレステアは思い出したと、飲み物は炭酸水だった、と付け足す。
過去に生まれた王女は、激しく興奮した時に、赤からもっと深い深紅に変わったという。
それは命の危険にあった時だという。
王女の周りに竜巻が起こり、雷が鳴り響き、王女は助かったという。
神殿の奥深くには、初代王の正妃の涙が納められている伝えがある。
代々の神官長だけが場所を知っている。
神殿は数多の神々を祀っており、その中に、初代王の正妃となったと言い伝えの破壊の女神がいる。
破壊の女神は再生の女神でもある。
メイナードは、仮説を立てていた。
赤い実は、破壊の女神の涙かその欠片。
その涙を食した正妃のみが、すでに体内に涙の力を持っている王家直系と交わることで、女神の直系の子供を宿すことが出来る。
その子は生まれた時から女神の涙を体内に持つのだ。それが赤い瞳。
その繰り返しで、ハヴェイ王家は赤い瞳を守ってきたのではないか。
その力が顕現するのは、女神と同じ女性のみだとしたら。
その仮説は身体に集まる熱で、確信する。
エミリーローズが、命をかけるような興奮状態にあるということだ。
それは、同じ赤い瞳を持つ直系の男達にも影響をするのだろう。
メイナードは庭園に出ると大きく腕を振るう。
「殿下、何を?」
追いついたジュナシスが問いかけても、メイナードはニヤリと笑うだけだ。
メイナードの瞳の色が赤く赤く染まる。
バン!!
突風に、ジュナシスが足元をすくわれる。
大人の男性でも立っていられないほどの風である。
王宮からは悲鳴があがるが、その声さえ風に消される。
王宮が揺れる程の風だ。
ガチャン!
窓ガラスが割れ、風が城の中で荒れ狂う。
「行くぞ」
ジュナシスにメイナードが声をかける。
その姿は、風に揺れていない。
「殿下を中心に風が吹いている?」
ジュナシスが漏らした言葉に返事はしないメイナード。
「王宮と王都の被害状況を調べねばならない」
自分でこれ程の力だ、エミリローズ自身はどれ程であろうとメイナードは思う。
「さあ、陛下はどのような指示を出すかな?」
側室アリアの側を離れないだろう、と分かっている。
多分、瞳は赤くなっているが、力の存在を知らないだろう。
「緊急時に側室を守って出て来ない王は、どうだろうな?」
メイナードの意味を正しく理解したジュナシス。
「すぐに大臣を招集しましょう」
「母上には警護を増やせ」
正妃の祖国からの圧力に、王が正妃に危害を加える恐れもある。
暴風の中を登城した大臣や軍司令官は、王太子に膝をつく。
「陛下は、自室にいらっしゃる。
全権を僕が指示する、いいな?」
メイナードの瞳は血のように紅かった。
ハヴェイ王宮という修羅場を生き抜いた王太子が、牙を出したのだ。




