エミリーローズ逃げる
エミリーローズは、宿の馬屋に繋いであった馬に飛び乗ると駆け出した。
同じように、ライア、キャスリンが続く。
貴族令嬢なのに、強くなったものだ。
オスロが開いてくれた逃げ道だ。
遠くの国境沿いの町に炎が上がり、オスロ達がエミリーローズ達の部屋の扉を叩いたのは、深夜になろうかという頃だった。
「姫様、始まりました!」
その言葉に、飛び起きて窓の外を見ると、遠くに光が見えた。
何処に隠れていたのか、ミュゼアの軍隊が侵攻したようだった。
遠すぎて音は聞こえないが、夜の闇を炎が照らす。
ガダン!!
宿の入り口から大きな破壊音が聞こえ、たくさんの足音が雪崩れ込んでくる。
「女を探せ!
紫の目の女だ!」
遠くから聞こえる声に、ライアの顔が真っ青になる。
紫の瞳を狙われるとは、まるでトウゴ伯爵の時のようだ。
ライアは急に手を引っ張られて、気を取り直した。キャスリンだ。
「姫君を守るのよ」
止まっている時間はない、とばかりにキャスリンは背を向ける。
オスロがエミリーローズを逃がすべく、廊下に飛び出した。
護衛の騎士達が侵入者に対応していた。
侵入者は少数だが、かなりの腕前の精鋭であるようだったが、メイナードがエミリーローズに付けた騎士達も精鋭揃いであった。
騎士達の背後を駆け抜け、エミリーローズ達は馬に乗ったのだった。
紫の目の集団は、デモアの国では目立つ。
ハヴェイの王女エミリーローズ、狙われるのは分かっていたからメイナードは小隊をつけたのだ。
それが、デモアのハヴェイを憎む者か、ミュゼアの策略か、他の要因か、狙われる理由はたくさんある。
目指すは、闇夜に燃える炎。
近づくにつれ、町から逃げ出した人に多くすれ違う。
エミリーローズ達の馬に、追手が近づいて来ている。
それが、オスロ達なのか、侵入者なのかはわからない。
地響きのような怒声、炎で建物が崩れ落ちる音。
何故わかるのかなんて知らない。
ジルディークの馬が高台から駆け下りて行くのが見える。
デモア軍が、ミュゼア帝国軍に向かって土煙をあげる。
エミリーローズが馬の進路を変えた。
炎に包まれた町に馬を向ける。
「姫様!」
キャスリンの声が離れていく。エミリーローズの馬がスピードを揚げたのだ。
何かが違う。
それはもう馬のスピードではない。
夜の闇に紛れながら、馬が駆ける。
エミリーローズは、ジルディークが死に行くように見えた。
傷を負いながら戦場に駆けていく姿。
後ろからは、追手に追われ焦燥にかられる。
ずっと逃げているばかりでは嫌だ。
ジルディークと未来を歩みたいのだ、逃げて手に入るものではない。
ハヴェイからも、縁談からも逃げてきた。
これでいいのか? いいはずない。
エミリーローズの瞳が赤く赤く染まる。
ライアもキャスリンも、エミリーローズの馬に追い付けない。
まるで、闇に溶けるかのように駆けていく後ろ姿が遠ざかっていく。
突然、爆音と共に眩しいほとの光が辺りを包む。
焼け焦げた匂いは、火災だけではない。
雷だ。
雲の多い新月の夜であったが、雨は降ってなかった。
鳴り響く雷鳴と、戦場を狙ったかのように落ちる雷に軍馬達が隊列を乱す。




