国境
エミリーローズは、ロザリーナに別れを告げ、国境に向け馬を走らせた。
昨夜、オスロから聞いた話では、ミュゼア帝国の軍隊が補強しながら、新しく領地となったオレンバルの国境に集結しているという。
そして何より驚いたのは、ミュゼア帝国軍師アマディ・ブランダール。
若干18歳の軍師は、アマディ・ユレイアである可能性が高いという。
容疑まではわからないが、デモア軍司令部に連行されたアマディが逃亡し、行方がつかめていない。
戦争に向かう国。
戦地となる国境。
怖くないはずがない。
だが、国に戻り父王から結婚を決められるなど、受け入れることは出来ない。
好きな人と一緒にいたい。
それが難しい。
王女と自覚した今、一緒に死ぬわけにはいかない。
一緒に生きるのだ。
仕えてくれるライアやキャスリン、騎士達。誰一人失くすわけにいかない。
エミリーローズには、気になる場所があった。
普通の貴族の屋敷としか認識されていないが、一部の人間には別の意味で知られている。
今は誰も住んでいず、広い屋敷、地下に続く通路には秘密の部屋が並んでいる。
人知れずケガの治療も出来るだろう。
だが、ライアとキャスリンを連れて行くわけにいかない。
元トウゴ伯爵邸。
あそこならば、軍隊を率いて潜伏する場所がある。
オレンバルとの国境には近くない。
それでも気になるのだ。
「オスロ隊長」
エミリーローズが馬を止め、オスロを呼び寄せる。
ライアとキャスリンに警護を付けて残していこうとするのだ。
「姫様、私達もお供いたします」
ライアがくいさがるが、エミリーローズは頷かない。
「ここに戻ってくるから。
待っていて欲しい。偵察するだけだから」
小さな町の宿屋で落ち合うと約束して、エミリローズは騎士達を連れてトウゴ伯爵邸に向かう。
人の住まなくなった伯爵邸は荒れていた。
あの事件から1年経っていないというのに、草が生え、手入れがなくなると、もっと長い年月放置されているようにさえ感じる。
「姫様、人の気配はありません」
先行隊として、屋敷に入った騎士が報告をする。
「ですが、最近まで誰かがいたようでありました。
複数の足跡と、軍の携帯食料が放置されてました」
ジルディークが居たのならば、傷が良くなって出て行ったと思いたい。
「わかりました、ありがとう。
宿に戻りましょう」
ライア達と落ち合うと、国境に向かう。
国境の町の少し手前の町で、エミリローズ達は宿に入った。
一軍の全部は入れないので、複数の宿に分散して情報を収集することにした。
宿の使用人に湯を用意してもらうと、エミリローズ達は疲れをとる。
湯で身体を拭き、服を着替えると、身体が緊張していたのだと気が付く。
「姫様、この宿は食事が自慢のようですよ」
うれしそうにキャスリンが言うのを、エミリローズも頷く。
野宿さえ厭わなかったが、宿に泊まれるならその方がいい。
ジルディークの痕跡は見つからなかったが、国境近くまで来た。
必ず近くにいるはずだ。
国境の向こうでは、軍が整えられていた。
十分に休ませた軍馬達を調整し、武器の整備をする。
国境からは遠い位置にあるが、前線基地が作られていた。
総指揮は第2王子ディック。
側に仕える軍師アマディ。
隊長達を集め、細部の打合せする。
アマディには、エミリーローズが小隊に守られ、デモア王国に来ている情報も入っている。
そして、国境に向かっていることも。
国を壊したいわけではない、王家と主要貴族を潰して制圧するのだ。
新月の夜は近づいていた。




