手紙
ユレイア公爵家に戻ったエミリーローズは、オスロを呼んで状況を確認する。
「姫様、我々が考えつくような事は、すでにデモア王太子がやっているでしょう」
オスロの言葉は、もっともなことだ。
「姫様、公爵家を襲撃した犯人が外国の者なら、直ぐに国境を越えるでしょう。
王太子は、当然国境の警備を厳重にするはずです。
だが、それらしい人間を見つける事は出来なかった。
襲撃が国内の者によるものか、国内に潜んで脱出を待っているか」
オスロは軍人としての見解を言う。
それを聞きながら、エミリーローズはジルディークを思う。
王太子の言うように、生きているのなら、何故出てこないのだろう?
命を狙われて、隠れて傷の治療をしている?
違う気がする。ジルディークは怖くて隠れる人ではない。
王太子はきっと居場所を知っているに違いない。
他国の人間の私に話すはずないわよね。
ふー、とエミリーローズが息を吐く。
目の前に差し出されたカップを受け取ると、お茶の香りに心が落ち着いてくる。
「ありがとう、ライア」
あげた顔が窓の外を見る。
そこには、庭園が広がり、奥には木々が茂っている。エミリーローズがうっぷん晴らしをしていた木々だ。
エミリーローズが立ち上がると、駆け出した。
いつもジルディークと会っていたのは、あの木の下だった。
エミリーローズを守るように、ハヴェイから付いて来た騎士が横を走る。
木の下に来ると、辺りを見渡す。どこも変わったところはない。
いつも野菜くずを埋めていた木の根元、土が柔らかくなっている。
屈んで土を掘りだすエミリーローズに、驚いた騎士が声を出す。
「姫様いったい?」
少し掘っただけで、箱があるのに気付いた。
エミリローズがそっと、箱を取り出し、ふたを開けると手紙が入っていた。
『レネへ。
この手紙を読んでいるということは、ハヴェイを飛び出してきたのだろう。
私は、負傷しているが大きな傷ではない。
私を心配してくれるのは嬉しいが、ここは危険だ。すぐにハヴェイに帰るように。
ジルディーク・ユレイア』
ジルディーク様、生きているのね、嬉しい、などという感動すると思っているの!?
「みくびらないで!
絶対に見つけてみせるから!」
ぐぐっ、と拳を握りしめ、立ち上げるエミリローズに騎士達が驚く。
ローゼル王太子の協力はなく、ジルディーク本人にさえ拒否され、エミリーローズは闘志を燃やす。
ジルディークは潜伏しているのだ、何かの目的の為に。
「オスロ、私を守り切りなさい」
瞳を深紅に染めたエミリーローズは後ろにいるオスロに命令する。
「は、もとよりその覚悟です」
いままでにないエミリーローズの様子に、膝を突く騎士達。
緊迫感だけではない違和感が王女の背中に感じ取れた。
振り返って騎士達を見たエミリーローズの瞳は、薄紫に戻っていた。
「私はハヴェイ王国の王女。知らないではすまされない。
今の状況を教えなさい」
アマディの事も知らないと知った。
自分が出てから、このユレイア公爵家に起こった事を知らねばならない。
「お兄様からは、口止めされてますか?」
王太子であるメイナードは、デモア王国だけでなく、ミュゼア帝国のことも情報をもっているだろう。
エミリーローズの警護に回されたオスロが知らされてないはずがないのだ。
「いえ、必要なら伝えるように言われています。
今がその時かも知れませんね」
まずは部屋に戻りましょう、とオスロに促され、エミリローズは庭園を後にする。
土の着いた箱の中に手紙を戻すと、大事そうに抱え持つ。
エミリーローズの身を心配したジルディークが、念のために用意したものだろう。
その気持ちが嬉しい事には違いない、従う気がないだけだ。




